[スポンサーリンク]

一般的な話題

化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解めっきの還元剤編~

[スポンサーリンク]

このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。今回は無電解めっきに用いられる代表的な還元剤についてご紹介します。

無電解めっきにおいて還元剤として用いられる化合物には、主なものに次亜リン酸塩ジメチルアミンボラン(DMABギ酸(塩)ヒドラジンホルムアルデヒド水素化ホウ素カリウムなどがあります。これらはいずれも、十分な還元力(還元電位)を有しており、水素原子の放出反応が反応の引き金となるという共通点があります。

次亜リン酸塩

次亜リン酸塩はきわめて強力な還元剤で、無電解ニッケルめっきをはじめ幅広い無電解めっきにおいて還元剤として利用されています。次亜リン酸イオンは触媒金属表面上で強力な還元剤である水素原子を遊離し、自身はメタ亜リン酸イオンPO2へと酸化されます。メタ亜リン酸イオンは水と結合して亜リン酸イオンとなります。この亜リン酸イオンもさらに還元剤として働く場合があります。

H2PO2 → PO2 + 2 H

PO2 + H2O → H2PO3

なお、この水素原子から生じた電子によって、次亜リン酸イオン自身が単体のリンへと還元される副反応も生じます。こうして生じたリンは金属中に合金として共析し、その物性に重大な寄与を及ぼします。

H2PO2 + 2 H+ +e → P + 2 H2O

ジメチルアミンボラン(DMAB

ジメチルアミンボラン(DMAB)はボランにジメチルアミンを配位させて安定化させた化合物で、水溶液としても扱うことが可能です。やや高価ではあるものの、その取扱いの容易さも相俟って、ニッケルや金をはじめ無電解めっきに広く用いられています。

(CH3)2NHBH3 + 3 H2O → H3BO3 + (CH3)2H2N+ + 5 H+ +6 e

次亜リン酸のときと同様に、DMABもまた自身から生じた還元電子によって還元される副反応を起こし、単体ホウ素を生じます。こうして生じたホウ素は金属中に合金として共析し、その物性に重大な寄与を及ぼします。

ヒドラジン

ヒドラジンも強力な還元剤ですが、上記の次亜リン酸塩やDMABとは異なり共析することがなく、また反応中の水素発生も起こらないという特長があります。

N2H2 + 4 OH → N2 + 4 H2O + 4 e

ホルムアルデヒド

ホルムアルデヒドは塩基性条件で顕著な還元作用を示します。塩基触媒下でホルムアルデヒドは水和されてメチレングリコールアニオンとなり、これがギ酸イオンへと酸化される際に電子を供与します。共析のおそれがなく、無電解銅めっきに広く用いられています。

HCHO + OH → HO(CH2)O → HCOO + 2 H+ +2 e

還元剤と金属イオンの相性

上に代表的な還元剤を示しましたが、十分な還元力(酸化還元電位)を持つ還元剤であっても特定の金属イオンの還元には適していない場合があります。例えば、次亜リン酸塩はニッケルのようなd電子軌道に空孔をもつIII族金属に対しては有効ですが、銅のようなIB族金属に対しては還元剤として作用しない[1]ことが経験的に知られてきました。金属イオンと還元剤の’相性’は概ね下表に示す通りです。

めっき金属と最適な還元剤の種類(画像:[1]より抜粋)

近年、こうした金属イオンと還元剤の反応性に関する軌道論的な知見が、計算科学の発展によってもたらされつつあります[2]。

たとえば、次亜リン酸塩H2PO2の酸化反応は、①触媒金属への吸着過程、②水素原子の脱離過程、③ヒドロキシ基の配位課程の3段階を経て進行しますが、特に②の水素原子の脱離過程において、高い触媒活性を示すNiやPdではエネルギー変化が負となって円滑に進行するものの、触媒活性を示さないCu上では正となって反応の進行に不利となることが確認されています。

このような選択性が生じる理由を、筆者らは軌道論的見地から考察しています。次亜リン酸のHOMOは軌道の分布がH原子に偏っており、P-H間に節がありませんが、LUMOではP-H間に節を有する構造をとっています。それゆえ、金属からの逆供与によりLUMOに電子が入るとP-H結合が弱められ、水素原子の供与が円滑に進行することとなります。Pdでは次亜リン酸のHOMOから空のd軌道への供与と同時にこの逆供与が生じることで水素原子の供与が円滑に進行しますが、一方でCu上ではd軌道に空きがないことから次亜リン酸のHOMOとの反発が優先し、さらにエネルギー差が大きいために次亜リン酸のLUMOへの逆供与も低調で、結果として触媒活性を示さないこととなります。

次亜リン酸との軌道相互作用(画像:[2]より抜粋)

一方でホルムアルデヒドはCu上での反応性が卓越しており、その原因は軌道相互作用のみからは説明がつかず、依然として不明なままです。今後の研究の展開が期待されます。

・・・

長くなりましたのでこのあたりで区切ります。次回からはいよいよ代表的な無電解めっきについて具体的に詳細まで紹介します。お楽しみに!

参考文献

[1] 松岡 政夫, 無電解めっきの原理, 表面技術, 1991, 42 巻, 11 号, p. 1058-1067

[2] 國本 雅宏, 電解・無電解析出反応機構の分子レベルからの理論解析, 表面技術, 2019, 70 巻, 2 号, p. 82-87

関連書籍

gaming voltammetry

berg

投稿者の記事一覧

化学メーカー勤務。学生時代は有機をかじってました⌬
電気化学、表面処理、エレクトロニクスなど、勉強しながら執筆していく予定です

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2020年6月号:Chaxine 類・前周期遷…
  2. 【日本精化】化粧品・医薬品の原料開発~「キレイ」のチカラでみんな…
  3. 化学ゆるキャラ大集合
  4. フラッシュ自動精製装置に新たな対抗馬!?: Reveleris(…
  5. 転職を成功させる「人たらし」から学ぶ3つのポイント
  6. 免疫/アレルギーーChemical Times特集より
  7. ネコがマタタビにスリスリする反応には蚊除け効果があった!
  8. 合成手法に焦点を当てて全合成研究を見る「テトロドトキシン~その1…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第83回―「新たな電池材料のモデリングと固体化学」Saiful Islam教授
  2. 誤った科学論文は悪か?
  3. キノリンをLED光でホップさせてインドールに
  4. 炭酸ビス(ペンタフルオロフェニル) : Bis(pentafluorophenyl) Carbonate
  5. 近年の量子ドットディスプレイ業界の動向
  6. 高脂血症治療薬の開発に着手 三和化学研究所
  7. ハネシアン・ヒュラー反応 Hanessian-Hullar Reaction
  8. NCL用ペプチド合成を簡便化する「MEGAリンカー法」
  9. 光化学フロンティア:未来材料を生む有機光化学の基礎
  10. 東亜合成と三井化学、高分子凝集剤の事業統合へ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年12月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP