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ペプチド合成におけるエピメリ化/Epimerization in Peptide Synthesis

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概要

ペプチド合成におけるエピメリ化(epimerization)とは、アミノ酸残基のα炭素の立体配置が 反応中に反転し、望まないジアステレオマー(多くはL体に対するD体)が生じる副反応を指す。アミノ酸のα炭素は通常ただ一つの立体中心であり、ここが1個でも 反転すると、生成物は本来のL,L,L…配列に対する「エピマー」となる。ラセミ化 (racemization)とほぼ同義に用いられるが、ペプチドという多重立体中心分子では 「1残基だけの反転=エピマー化」と捉えるのが正確である[1]

エピメリ化は主に、(i) カルボキシ基を活性化して縮合(カップリング)する段階と、 (ii) 塩基による保護基の脱保護(Fmoc-SPPSでのFmoc除去など)の段階で起こる。 生じたエピマーは目的物と分子量が同じでクロマトグラフィーでの分離が難しく、 医薬ペプチドでは活性・安全性に直結する不純物となるため、合成戦略の 根幹に関わる問題である。本記事では、その機構・起こりやすい要因・抑制法・ 検出法を、近年の知見を交えて整理する。

反応機構

エピメリ化は伝統的に、次の二つの経路で説明される[1][2]

経路A:直接エノール化(α-プロトン引き抜き) :塩基がアミノ酸α位のプロトン(Hα)を引き抜き、エノラート(カルバニオン)を 生成する。平面化したα炭素が非選択的に再プロトン化されることでL/D混合物を与える。強塩基条件や、側鎖でカルバニオンが安定化される残基(後述のPhg、His、 Metなど)で寄与が大きい。

経路B:オキサゾロン(アズラクトン)形成 :カルボキシ基を強く活性化すると、主鎖のアシル酸素が分子内で環化して 5員環のオキサゾロン中間体を生じる。この環のα位プロトンは酸性度が高く、 塩基により容易に脱プロトン化されて平面的な共役系となり、開環時に立体が 乱れる。カップリング時のエピメリ化では、こちらが主経路と考えられている。

これら二経路のうち、ペプチド伸長で経験的に知られる重要な事実として、 Nα-ウレタン型保護(Fmoc, Boc, Cbz)のアミノ酸は活性化してもオキサゾロン化しにくい点がある。環化に必要な求電子的環境が整いにくいためで、これが 「段階的(stepwise)なSPPSはエピメリ化が少なく、あらかじめ伸長したペプチド断片どうしをつなぐセグメント縮合(C末端がアシル/ペプチジル)は 要注意」という定石の分子論的な裏付けとなっている。

オキサゾロンラセミ化の塩基による促進: 古くはオキサゾロンのラセミ化を単純なケト–エノール互変異性で説明したが、 DFT計算により、純粋なケト–エノール互変異性の活性化障壁は室温反応と整合しないほど高い(>75 kcal/mol)一方、塩基が介在するエノラート化経路 (脱プロトン→エノラート→再プロトン化)は約10〜14 kcal/mol程度で室温進行と整合することが示された[3]。同計算では、2-アルコキシ型オキサゾロンの障壁が高いことも示され、ウレタン保護がエピメリ化を抑える理由と符合する。「エピメリ化は本質的に塩基が絡む現象であり、塩基の種類・量・接触時間の制御が要になる」という実務的な結論につながる知見である。

残基特異的な機構の例: システインの場合は硫黄原子のd軌道と脱プロトン化によって生じるカルバニオンが相互作用して安定化を受け、ラセミ化が促進されると考えられている。ヒスチジンでは、側鎖イミダゾールのπ位窒素 N(π) が分子内塩基として 自らのα-プロトンを引き抜くため、活性化時に特にエピメリ化しやすいと 説明される[4]。また、アスパラギン酸残基では、塩基(Fmoc脱保護のピペリジン等)が Asp直後の主鎖アミドN–Hを脱プロトン化し、生じた窒素が側鎖カルボニルを 分子内攻撃してアスパルチミド(5員環イミド)を形成、そのα位が酸性化して エピメリ化する(Asp-Gly, Asp-Ser, Asp-Asn配列で顕著)[1]。これは 共役塩基を経る脱離・環化(E1cB型と見なせる)で、塩基誘起・側鎖介在 エピメリ化の代表例である。

エピメリ化を促進させる要因・条件

活性化法(縮合剤): カルボジイミド活性化ではO-アシルイソ尿素を経由し、 添加剤がなければオキサゾロン化してエピメリ化しやすい。同じ添加剤でも DIC ≪ DCC < EDC の順で、DICが最もエピメリ化が少ないとされる。 ウロニウム/ホスホニウム系では、HOAt骨格(HATU, PyAOP)がHOBt骨格 (HBTU, PyBOP)より抑制的とされる。

アミノ酸残基:α位アニオンが安定化されやすい残基ほど高リスクである。

  • フェニルグリシン(Phg):EDC/HOAtで29.8%、DIC/HOAtで4.2%と、縮合剤選択だけで 数倍変わる[5]
  • グリコシル化セリン(Ser):糖の立体電子効果で桁違いに変動し、 Fmoc-Ser(Ac₃GalNAcα)で0.8%、Fmoc-Ser(Ac₃GlcNAcα)で72.5%と報告される[6]
  • システイン(Cys):塩基存在下、特にC末端で問題になりやすく、生じた D-Cys体が目的物とHPLCで共溶出し見逃されやすい[7]
  • ヒスチジン(His):上記N(π)機構により活性化時にラセミ化しやすい[4]
  • メチオニン(Met):側鎖硫黄でHα酸性度が上がり、酸化を受けると らに増大する(未酸化5.14%→酸化29.43%)[1]

塩基: エピメリ化は塩基性中間体を経るため塩基の性質が決定的で、 窒素まわりの立体障害が大きい塩基ほどHα引き抜きが抑えられる。嵩高い DIPEAが低エピメリ化とされる一方、塩基を過剰に用いると急増するため、 「嵩高い塩基を、必要最小限で」が原則である。

溶媒・温度・立体(環サイズ): 溶媒はカルバニオン中間体を安定化することでエピメリ化に影響し、温度上昇も一般に悪化させる。環状ペプチドの閉環では環サイズ・立体ひずみがα-プロトンの引き抜かれやすさを左右し、 より窮屈な8員環は9員環より高いエピメリ化を示した例が報告されている[1]

エピメリ化抑制法(縮合剤・添加剤・塩基・特殊戦略の比較)

エピメリ化抑制の戦略は大別して、(a) 活性種をオキサゾロン化させないよう活性エステルへ素早く変換する、(b) 塩基への接触時間を抑える、 (c) そもそもカルボキシ活性化を経ない、の三つに整理できる。

添加剤(HOBt → HOAt → Oxyma → Oxyma-B):カルボジイミド活性化にHOBt/HOAt/Oxymaを加えると、不安定なO-アシルイソ尿素を安定な活性エステルへ変換し、オキサゾロン化と直接エノール化の双方を抑える。 HOAt[8]はベンゾトリアゾール7位のアザ窒素の隣接基効果で反応を加速しつつラセミ化を抑える。Oxyma Pure[9]は爆発性のベンゾトリアゾールを避けつつ 同等以上の抑制を与え、Oxyma-B[10]はさらに優れるとされる。

Oxyma-B論文の比較データ(DL体%)[10]: 逐次縮合ではOxyma Pure/Oxyma-Bが優秀で、難所であるセグメント縮合では Oxyma-Bが最良という傾向が読み取れる。

添加剤 逐次縮合 (Z-Phg-Pro-NH₂) セグメント縮合 (Z-Phe-Val-Pro-NH₂)
HOBt 11.0% 14.8%
HOAt 3.9% 5.9%
Oxyma Pure 0.9% 7.7%
Oxyma-B 1.0% 5.1%

縮合剤の使い分け:上述のとおり、カルボジイミドではDICが低エピメリ化[1][5]、 ウロニウムではHOAt骨格が有利。実合成では、環化点でHATUがAlaのラセミ化を招いたケースでHBTUに変更して解消した報告があり[11]、試薬変更が有効な 一手であることを示している。COMUも安全性と抑制を両立する選択肢とされる[12]

塩基:DIPEAのような嵩高い第三級アミンを、過剰にならない当量で用いる。

金属塩:各種無機塩の中でCuCl₂が突出して抑制的で、当量・活性化時間に 依存せず低い%Dを与えると報告される。自動SPPSでそのまま使えるCu(OBt)₂/ Cu(OAt)₂[13]や、セグメント縮合向けのHATU–HOAt–CuCl₂系[14]も知られる。

カルボキシ活性化を避ける・オキサゾロンを塞ぐ戦略:いずれの戦略も「活性化の強さ」と「エピメリ化リスク」のトレードオフを、 どの局面で・どちらに振るかという設計判断に落とし込むためのものである。

  • 擬プロリン(pseudoproline):Ser/Thr/Cysを環状オキサゾリジン/ チアゾリジンとして導入し、C末端が擬プロリン様になることでオキサゾロン化を回避する。凝集抑制効果もある[15]。特にC末端Cysの擬プロリン保護は、 Cys(Trt)で見られたエピメリ化・副生成物を実質的に解消した[7]
  • Native Chemical Ligation(NCL):ペプチドチオエステルとN末端Cysを つなぐこの手法はカルボキシ活性化を経ないため、エピメリ化の主因を原理的に回避できる[16]
  • ヒドロシラン媒介カップリング:シリルエステル中間体を経ることでオキサゾロン経路を遮断し、金属フリーでエピメリ化のないアミド形成を進行させる[17]
  • メカノケミストリー(ボールミル):C末端活性化で断片縮合をエピメリ化なしに行った例も報告されている[18]

反応例

Nocardiotide A(海綿由来の環状ヘキサペプチド)

head-to-tail閉環の際、縮合剤にHATUを用いるとアラニン残基でラセミ化が生じ、¹H/¹³C NMRで約1:1の二組のシグナルとして観測された。 縮合剤をHBTUに変更するとラセミ化が検出されなくなった。 試薬選択でエピメリ化を回避した明快な例である[11]

Coibamide A(高度にN-メチル化された環状デプシペプチド)

立体的に混み合ったN-メチルアミノ酸のカップリングはエピメリ化しやすく、 HATU/DIPEA条件で相当量のエピメリ化が生じる一方、塩基を排した非塩基性の DIC/HOAt条件では抑えられる(ただし縮合効率とのトレードオフがある)と 報告される[1]

フェニルグリシン(Phg)を含む合成

バンコマイシンをはじめPhgを含む天然物合成では、Phgの高いエピメリ化傾向が 問題になる。モデル系ではEDC/HOAtで29.8%、DIC/HOAtで4.2%と、 縮合剤の選択だけで%Dが数倍変わることが定量的に示されている[5]

グリコシル化セリンを含む糖ペプチド合成

糖の種類によりFmoc-Ser(Ac₃GalNAcα)の0.8%からFmoc-Ser(Ac₃GlcNAcα)の72.5%まで大きく変動し、糖鎖の立体電子効果がエピメリ化を左右することが 示されている[6]

検出・定量のコツ

  • Marfey試薬(FDAA)による解析:ペプチドを酸加水分解し、遊離アミノ酸を Marfey試薬で誘導体化してRP-HPLCでL/D体を分離・定量する古典的手法。 ただし酸加水分解そのものでもD体が人工的に生じうるため、重水素化塩酸 (DCl/D₂O)で加水分解して質量シフトから「合成由来D」と「加水分解由来D」を 質量分析で区別する方法が報告されている[19]
  • HPLC/UPLCによるジアステレオマー分離:%Dはピーク面積比から求めるが、 共溶出に注意(特にC末端Cysで目的物とD体が重なりやすい)[1][7]
  • NMR(¹H/¹³C):エピマー混在時に約1:1の二組のシグナルが現れることが 多く、決定的な証拠になりうる[1][11]
  • キラルHPLC-MS/MS(誘導体化なし):近年は誘導体化・加水分解を経ずに キラル固定相+タンデムMSで直接D体を検出・定量する手法が報告され[20]、 実際の医薬ペプチド(GLP-1医薬など)中の微量D-アミノ酸不純物の解析にも 応用されている[21]
  • よくある誤解Kaiser test(ニンヒドリン反応)は遊離一級アミンの 有無=カップリングの完結/欠損をモニターする試験であり、エピメリ化は検出しない。「Kaiser陰性=反応完結」であってエピマーフリーの保証ではない。

参考文献

  1. Duengo, S.; Muhajir, M. I.; Hidayat, A. T.; Musa, W. J. A.; Maharani, R. Molecules 2023, 28, 8017. DOI: 10.3390/molecules28248017
  2. Muramatsu, W.; Hattori, T.; Yamamoto, H. Chem. Commun. 2021, 57, 6346–6359. DOI: 10.1039/D1CC01795K
  3. de Castro, P. P.; Batista, G. M. F.; dos Santos, H. F.; Amarante, G. W. ACS Omega 2018, 3, 3507–3512. DOI: 10.1021/acsomega.8b00060
  4. Jones, J. H.; Ramage, W. I.; Witty, M. J. Int. J. Pept. Protein Res. 1980, 16, 1–8. DOI: 10.1111/j.1399-3011.1980.tb02581.x
  5. Liang, C.; Behnam, M. A. M.; Sundermann, T. R.; Klein, C. D. Tetrahedron Lett. 2017, 58, 2325–2329. DOI: 10.1016/j.tetlet.2017.04.047
  6. Zhang, Y.; Muthana, S. M.; Farnsworth, D.; Ludek, O.; Adams, K.; Barchi, J. J., Jr.; Gildersleeve, J. C. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 6316–6325. DOI: 10.1021/ja212188r
  7. Han, Y.; Albericio, F.; Barany, G. J. Org. Chem. 1997, 62, 4307–4312. DOI: 10.1021/jo9622744
  8. Carpino, L. A. J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 4397–4398. DOI: 10.1021/ja00063a082
  9. Subirós-Funosas, R.; Prohens, R.; Barbas, R.; El-Faham, A.; Albericio, F. Chem. Eur. J. 2009, 15, 9394–9403. DOI: 10.1002/chem.200900614
  10. Jad, Y. E.; Khattab, S. N.; de la Torre, B. G.; Govender, T.; Kruger, H. G.; El-Faham, A.; Albericio, F. Org. Biomol. Chem. 2014, 12, 8379–8385. DOI: 10.1039/C4OB01612B
  11. Muhajir, M. I.; Hardianto, A.; Al-Anshori, J.; Sumiarsa, D.; Mayanti, T.; Nurlelasari; Harneti, D.; Hidayat, A. T.; Supratman, U.; Maharani, R. ChemistrySelect 2021, 6, 12941–12946. DOI: 10.1002/slct.202103441
  12. El-Faham, A.; Subirós-Funosas, R.; Prohens, R.; Albericio, F. Chem. Eur. J. 2009, 15, 9404–9416. DOI: 10.1002/chem.200900615
  13. Van den Nest, W.; Yuval, S.; Albericio, F. J. Pept. Sci. 2001, 7, 115–120. DOI: 10.1002/psc.299 <!– 巻・頁 要確認 –>
  14. Nishiyama, Y.; Ishizuka, S.; Kurita, K. Tetrahedron Lett. 2001, 42, 8789–8791. DOI: 10.1016/S0040-4039(01)01924-4 <!– 要確認 –>
  15. Wöhr, T.; Wahl, F.; Nefzi, A.; Rohwedder, B.; Sato, T.; Sun, X.; Mutter, M. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 9218–9227. DOI: 10.1021/ja961509q
  16. Dawson, P. E.; Muir, T. W.; Clark-Lewis, I.; Kent, S. B. H. Science 1994, 266, 776–779. DOI: 10.1126/science.7973629
  17. Muramatsu, W.; Yamamoto, H. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 6792–6797. DOI: 10.1021/jacs.1c02600
  18. Yeboue, Y.; Jean, M.; Subra, G.; Martinez, J.; Lamaty, F.; Métro, T.-X. Org. Lett. 2021, 23, 631–635. DOI: 10.1021/acs.orglett.0c03209
  19. Goodlett, D. R.; Abuaf, P. A.; Savage, P. A.; Kowalski, K. A.; Mukherjee, T. K.; Tolan, J. W.; Corkum, N.; Goldstein, G.; Crowther, J. B. J. Chromatogr. A 1995, 707, 233–244. DOI: 10.1016/0021-9673(95)00352-N <!– 要確認 –>
  20. Strege, M. A.; Oman, T. J.; Risley, D. S.; Muehlbauer, L. K.; Jalan, A.; Lian, Z. J. J. Chromatogr. B 2023, 1219, 123638. DOI: 10.1016/j.jchromb.2023.123638 <!– 要確認 –>
  21. Zhang, B.; Xu, W.; Yin, C.; Tang, Y. J. Pharm. Biomed. Anal. 2023, 224, 115164. DOI: 10.1016/j.jpba.2022.115164

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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