[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

鍛冶屋はなぜ「鉄を熱いうちに」打つのか?

[スポンサーリンク]

 

 

鉄は熱いうちに打て

時は昔、さすらいの侍は厳しい修行の後、 すこしでも良い名刀を手にするために職人のところに向かった。

そこには頑固で人とほとんど喋らない背中を丸めた初老の男性がひたすら熱した刀を叩いていた…

 

こんな場面、時代劇なんかでよくみませんか? さて、なぜこの職人は刀をたたいているのでしょう?

言葉を変えればことわざになっている「鉄は熱いうちに打て」。これはなんでなのでしょう?

実はこのことわざには、最先端ナノテクノロジーが隠されていたのです。そして2011年のノーベル化学賞のテーマである準結晶もすこし絡んできます。

そんな訳で2009年のScienceからある論文を紹介しようと思います。

Strengthening Materials by Engineering Coherent Internal Boundaries at the Nanoscale

Lu, K.; Lu, L.; Suresh, S Science 2009, 324, 350.  DOI: 10.1126/science.1159610

“固いもの“を作るというのはマテリアルエンジニアリングの最高峰の課題です。磨耗してしまう部位に必要な材料や、壊れて欲しくない部分など、硬ければ硬いほど良いものというのは世の中に沢山あります。

ただし、硬ければ何でも良いというのでは違います。硬さが必要な部分にすべてダイヤモンドを敷き詰めれば事が足りるかというとそういう訳ではありません。つまり手持ちの材料(例えばある金属など)を”エンジニアリング”することによって強度を増すような、そのような指針があることが求められています。

それではどのような状態が硬さを得る上で重要なのでしょうか?このReviewはそのことに関する研究がまとめられた記事です。

 

Untitled.png

(文献より引用)

正解は金属内の結晶サイズをナノサイズにすることです。金属内の結晶が小さければ小さいほど、かかる力が結晶の”境界”に逃げ、結晶そのものに直接負荷がかからなくなり、その結果”強靭な”マテリアルができます(Hall-Petch効果)。油揚げを冷凍庫に入れたものが、普通の柔らかい油揚げよりも簡単に割れる。論理を何段階か無視して極めて雑に説明すると、そういうものと同じような理屈です。

つまりあの刀職人の鍛冶屋さんは、 鉄が熱いうちに刀の中の金属の結晶のドメインを小さくするために、外部から衝撃を与えていたのです(※)。おそらく手練の鍛冶屋なんかは然るべき強さ、方向から鉄を打つことによって、かなり良い感じの結晶サイズをそのなかに作っているということなのでしょう。

ここで少し個人的な感想なのですが、こういう伝統技術は、科学的裏付けがなかった時分、一体どうやって培われていったのだろうと感心します。今までの人間の練習や研究のような営みに対して尊敬するし、これからもいままで感覚として捉えられていたものが「科学」という言語で読み解かれていくのだろうし、そして現代の“伝統技術の継承者“である我ら化学者がこれらの技術を次の次元にいけるようにしていかなくてはなぁと素直に思うのです。

そんな文脈で準結晶の存在が注目されます。有機化学美術館でもすこし触れられていますが、準結晶には硬いマテリアルとして期待がかかっていたことがあったようです。これはおそらく、この結晶面が直線的ではないために、力がどこかひとつに入らず、分散することによって、”折れない””硬い”マテリアルの開発が期待されていたのでしょう。

しかし素の準結晶自体が結晶内の結合レベルであまりに脆いものしか見つかっていないため、硬いものを作るという方向での研究は頓挫してしまっているものと思われます。

現在は主にこういうナノドメインな金属は、メカニカルミリングなどのトップダウン(つまり大きい物を小さくしていくアプローチ)によって達成されるものが主流なようです[1]。ボトムアップ型(つまり小さいものを集めて大きくしていくアプローチ)ではコントロールされた電着による方法なんかが提唱されています[2]。しかしやはり化学者たるものがっちりビルディングブロックを使ったボトムアップ型の方法で勝負したいもの。ごく最近Cornell大学、ニューヨーク州立大学のグループが、ナノパーティクル自体にHall-Petch効果があることなんかも報告していて[3]、この分野からはいろいろと新しいものが見つかるにほひがします。

(※)追記

本文で用いた”強さ”という表現は強度と延性が優れているものを意味しており、このことはいわゆる「ナノメタル系」で達成されるもので、実際の刀の中にも観察される重要な特徴であるものです。叩くというプロセス(鍛造)はこの微細構造を作るにあたり重要なステップということは言えると思います。

ただし実際の日本刀の制作には非常に多くのステップがあり、叩けば硬くなるというような単純化されたものではありません。さらに鍛造には成形という大きな役割もあります。また使われている鉄は主に炭素との合金になっているもので、当然その比率も合金の硬さや結晶性を決めます。

追加参考サイト
刀鍛冶 宗近兵衛 (http://www.katanakazi.com/newpage164.html)
日本刀の刀身構造    (http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_051.htm)

  • 参考文献
[1] 新エネルギー・産業技術総合開発機構 公開報告書 平成15年3月“ナノ組織制御による超高強度化・高耐食工具鋼の研究開発“ http://mandala.t.u-tokyo.ac.jp/~project/DB/reports/tatepj/metal/H14/H14m2.pdf

[2] Lu, L.; Chen, X.;  Huang, X.; Lu. K. Science 2009, 323, 607 DOI: 10.1126/science.1167641

[3] Quan, Z.;  Wang, Y.;  Bae, I-T.;  Loc, W. S.; Wang, C.;  Wang, Z.  Fang, J Nano Letters 2011, ASAP. DOI: 10.1021/nl203409s

やすたか

投稿者の記事一覧

米国で博士課程学生

関連記事

  1. フローケミストリーーChemical Times特集より
  2. 植物毒素の全合成と細胞死におけるオルガネラの現象発見
  3. オンライン|次世代医療・診断・分析のためのマイクロ流体デバイス~…
  4. 農工大で爆発事故発生―だが毎度のフォローアップは適切か?
  5. 宇宙なう:結晶生成サービス「Kirara」を利用してみた
  6. 第54回天然有機化合物討論会
  7. 炭素繊維は鉄とアルミに勝るか? 番外編 ~NEDOの成果について…
  8. Grignard反応剤が一人二役!? 〜有機硫黄化合物を用いる<…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 書籍「腐食抑制剤の基礎と応用」
  2. 「赤チン」~ある水銀化合物の歴史~
  3. 島津、たんぱく質分析で新技術・田中氏の技術応用
  4. 角田試薬
  5. マテリアルズ・インフォマティクスにおける予測モデルの解釈性を上げるには?
  6. 米メルク、業績低迷長期化へ
  7. アリルオキシカルボニル保護基 Alloc Protecting Group
  8. 高効率・高正確な人工核酸ポリメラーゼの開発
  9. アセトアルデヒドが香料に 食品添加物として指定了承
  10. ビオチン標識 biotin label

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年11月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

十全化学株式会社ってどんな会社?

私たち十全化学は、医薬品の有効成分である原薬及び重要中間体の製造受託を担っている…

化学者と不妊治療

これは理系の夫視点で書いた、私たち夫婦の不妊治療の体験談です。ケムステ読者で不妊に悩まれている方の参…

リボフラビンを活用した光触媒製品の開発

ビタミン系光触媒ジェンタミン®は、リボフラビン(ビタミンB2)を活用した光触媒で…

紅麹を含むサプリメントで重篤な健康被害、原因物質の特定急ぐ

健康食品 (機能性表示食品) に関する重大ニュースが報じられました。血中コレステ…

ユシロ化学工業ってどんな会社?

1944年の創業から培った技術力と信頼で、こっそりセカイを変える化学屋さん。ユシロ化学の事業内容…

日本薬学会第144年会付設展示会ケムステキャンペーン

日本化学会の年会も終わりましたね。付設展示会キャンペーンもケムステイブニングミキ…

ペプチドのN末端でのピンポイント二重修飾反応を開発!

第 605回のスポットライトリサーチは、中央大学大学院 理工学研究科 応用化学専…

材料・製品開発組織における科学的考察の風土のつくりかた ー マテリアルズ・インフォマティクスを活用し最大限の成果を得るための筋の良いテーマとは ー

開催日:2024/03/27 申込みはこちら■開催概要材料開発を取り巻く競争や環境が激し…

石谷教授最終講義「人工光合成を目指して」を聴講してみた

bergです。この度は2024年3月9日(土)に東京工業大学 大岡山キャンパスにて開催された石谷教授…

リガンド効率 Ligand Efficiency

リガンド効率 (Ligand Efficacy: LE) またはリガンド効率指数…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP