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水と塩とリチウム電池 ~リチウムイオン電池のはなし2にかえて~

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Tshozoです。別にヒマじゃないんですが定期的についついまとめてみたくなる成果がどんどん出てくるので書いていこうと思います。今回は東京大学 山田淳夫教授、JST、物質・材料研究機構による共同研究の成果で、論文の題名等はこちら。

“Hydrate-melt electrolytes for high-energy-density aqueous batteries”
Yuki Yamada, Kenji Usui, Keitaro Sodeyama, Seongjae Ko, Yoshitaka Tateyama, and Atsuo Yamada,
Nature Energy 1, Article number: 16129, 2016. DOI: 10.1038/nenergy.2016.129

平たく言うと

「混合リチウム塩に極僅かに水を入れて『燃えない電解液』にしました!」
「しかも単電池で3.0Vを超える出力電圧を達成しました!」

という成果をたたき出した今回の論文。何がポイントでどう凄いのか、ざくっと書いていってみることにいたしましょう。

背景

前回(リチウムイオン電池のはなし1)で書き残したこと、それは今なお燻る「安全性の問題」です。良い機会なので今回にまとめて書いていくとしましょう。現行のリチウムイオン電池の材料構成を改めて見てみると(下図)、「ガソリンみたいな可燃性液体の中にどぶ漬けの火打石(正極/負極)がある」状態なわけです。

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リチウムイオン電池の基礎構成

何故そんな物騒な表現をするのか。この電解液の溶媒として現在よく使用されている材料の主要な分子構造を挙げてみるとよくわかります。

liw_02

代表的な電解液の「溶媒」成分
通常これにLiPF6等の可溶リチウム塩を混ぜて使う

いっぺんでも触ったことがある方ならすぐ理解出来ますが、どいつもこいつもボーボー燃えるレベルのもんばっかですね(リチウムイオン自体に配位出来てかつ電気化学的安定性が高いような材料はこうしたラインナップが中心になる、ということでもあります。蛇足ですがメーカだと宇部興産殿、三菱化学殿、富山薬品工業殿が有名)。

ということは万一局部的に温度が急上昇したり、万一破壊されて両極がマトモに短絡したりするととんでもないことになるわけで。筆者のような入門レベルの人間が、ここ10年くらいで起きたリチウムイオン電池に関するトラブルの例をザッと調べただけでも下記のようなケースが簡単に見つかってしまうのですね。

liw_04

左上は某社ノートPC炎上、右上は昨年起きた某社電気自動車炎上、
左下は某社で発煙した航空機搭載電池ユニット、
右下の写真はこの9月に起きた某社スマホ搭載バッテリーによると考えられる炎上風景
文献[1], 文献[2], 文献[3]より引用

特に記憶に新しい航空機でのリチウムイオン電池のトラブル(2013年・高松空港で発生・上の図の左下の画像)、これは結構深刻でしょう。飛行機に載せる機材は全て非常に厳しい審査をパスしなければならず、その製造工程は厳密な規格・基準を満たさねばなりません。加えて航空機に採用される場合、多くの市場実績があってかつ経験も豊富なメーカしか対象にならないというのが実態ですが、そうした電池メーカであっても上記のような重大な不具合が発生してしまうという状況。さらにアメリカ国家運輸安全委員会(NTSB)から出た報告書を以てしても電池作製工程上に数点の懸念が見つかった程度で「(発煙を再現できず)実質的に原因不明」であったようで[文献4・オススメ]、果たしてこの問題は解決し得るのか、と疑心暗鬼になってしまうところです。

・・・話が逸れました。結局上記のようにエーテル/エステル基が混在している有機溶媒を使用する限り、それらの可燃性については言を要しません。もちろん電池メーカ各位もこれに対し手を拱いているわけではなく、正極材の材料をいじる、セパレータの材質を変える、電極構成を変える、電解液に混ぜ物をする、制御方法を変える等等のあらゆる手を尽して安全性向上に努めています。近年で最も効果があったのがセパレータの材質の改良と電池の制御方法(のもよう)ですが、結局破壊的な力がかかったりして破損した場合にはその効果も発揮されないケースが多く、結局安全性は有機電解液系リチウム電池が抱える永遠の課題であるとも言えるわけです。

今回の論文のポイント

前置きが長くなりましたがようやく今回の論文。上記のような懸念がついてまわる従来の有機溶媒系電解液に対し、今回の構成は超濃厚水複塩電解液という概念からなる材料を電池に適用し、しかもその結果3.1Vという高い起電力での発電を実証したという点がポイントになります。

liw_01

論文の主要イメージ 東京大学のプレスリリースより引用[文献7]

不勉強ながら今回の調査で初めて知ったのですが、元々この「水電解液でリチウムイオン電池を創ろう」と考えた頭おかしい蛮勇は1994年、Scienceに発表された”Rechargeable Lithium Batteries with Aqueous Electrolytes”というタイトルの論文において世界で初めて成されました[文献5]。この論文の要旨は大量の硝酸リチウム(LiNO3)と微量の水酸化リチウム(LiOH)と水を合わせて5mol/L程度の高濃度溶液を電解質として使用し、「リチウムイオン」電池としての動作を実証したというもの。しかし、実際に電池設計(正極・負極材料構成)を見てみると水電解を怖がるあまりリチウムイオン電池の良さを毀損して無理矢理動作させたような結果でこりゃまたオソ〇ツ、という感じでした。

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文献5より 起電圧がニカド電池とかと大して変わんねぇじゃねぇかとかいうレベル
あと耐久性も有って無い程度のものだったもよう

その後この水系リチウムイオン電池において諸々の取組がなされてきましたが、この論文から20年後の2015年、ようやくこの低起電圧という障壁を意外な発想、「Water-in-Salt」という概念により打ち破った論文がアメリカの名門Maryland大学と米軍陸軍研究所の共同研究から発表されます。タイトルが”“Water-in-salt” electrolyte enables high-voltage aqueous lithium-ion chemistries”[文献6]で、今回論文のベースメントとなったものと思われます。

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[文献6]より 充放電もOK(左図)、数百サイクル回してもOK(中央図)を実証
右図は大量の塩の中だと水分子が自由水としては存在しないことを示した模式図
背景などはPhys.orgのこちらの記事に詳しい

が、この電池も性能的にはまたタイガイで不十分で、たったの2.3Vしか起電圧がありません(筆者注:その後2.5Vまで上昇、こちらの論文)。要はコンセプトとしては極めて興味深いものであったものの、まだまだリチウムイオン電池の特長を毀損していたのです。

そこで、今回の論文。東京大学山田淳夫教授のグループは電解質組成を見直し、高濃度であればいいと言うわけではないとの路線で複合リチウム塩と極少量の水を用いることを提案しました。

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本論文及び[文献7]より筆者が一部編集して引用
TFSI, BETIともにちょっと高価だが、量産効果でカバーできる可能性は十分ある

いずれの塩もフッ素原子とスルホン酸基の高い電子吸引性によりリチウムイオン解離性が超強酸レベルで、高いイオン伝導性を示すことが予想されます。加えて電極も最適化し、こうした結果遂に3.0Vの大台を超え、A123社がLiFePO4で達成していた3.5Vレベル、つまり市販レベルで使用し得る出力性能に匹敵する起電圧を実証することに成功したわけです。

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今回起電力でチャンピオンデータをたたきだした電極構成での実力値
結構な大電流(約7C)でもきちんと繰り返し性能が出ていることがわかる
本論文より引用

しかも性能マップ(上右図)を見ると、まだまだ性能的に右上の方へ持って行き得る余地が十分にあると予想されます。ここらへんは細かいチューニングによって大きく性能向上を見込み得るのではなかろうか、と考えております。

なお今回本論文のDiscussion部で論じられているように、特にポイントとなったのは負極(Li4Ti5O12)表面及び集電体(Al)の不動態化(passivation)による水素発生の抑制であり、まだ十分な証拠が得られていないものの、特に負極に対しては充放電サイクル後に負極内に発生しているフッ化リチウム(LiF)が重要と思われる、と記載してありました。ここらへんの現象が明らかになれば「どういう組み合わせならより安定な充放電が成立し得るか」という方法論にもつながることから、是非とも詳細な解析を期待したいと考えております。筆者の予想としてはLiFが端部でインターカレーションされて水電解活性が抑制されて云々、という現象があるかもしれない、というのがゾクゾクくる変態なのですが、まずは追加報を待つことにいたしましょう。

以上が今回の成果の時系列での流れ、位置付けでした。

凄さと懸念

正直ここまでガッチガチに高濃度の電解質材料が、「液」として態を成すことがまず驚きでした。加えて普通、ここまで高電位が発生する環境だと微量に添加された水分子がすぐ水電解を起こしそうなもんですが、なぜか発生しない。論文中には自由水が無いのが主な理由であると推定されていますが、実際のところリチウムイオンの濃度が高すぎてイオン伝導反応の方が競争的に早く起こり、水電解が起きる余地が無いのではないかと思われます。

また大量に入っているTFSI-Li, BESI-Li、これらが実質有機物ながら高い電気化学的安定性を持ちかなり燃えにくい点も魅力です。分解温度がいずれも300℃を越えていますから、よっぽどの大電流でも流れない限りまず問題が無い。腐食性が少し気になりますが、まぁそんなことすらも思い過ごしレベルでしょう。こうしたことから成果としては驚異的なもので、ある意味「コロンブスの卵」的なこの試みは大いに敬意と賞賛に値すべきと考えられます。

ただ、筆者の経験的・個人的懸念があります。それは低温での性能低下(もう一つ電解液中のリチウムイオンの濃度が極端に高いことで発生しうる懸念がありますが、確証が持てないため今回は割愛)。あくまで一般的な話として、電解質は固体成分が含まれるほど分子の回転などの自由度合が下がってイオン伝導性の温度依存性が高くなる傾向にあります。要は温度が低くなるとイオンが動きにくくなり、ヘタすりゃ電解質自体が固まって極端に内部抵抗が上がり性能がガタ落ちするケースだって考えられるのです。

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代表的な電解質の温度依存性を示すグラフ
[文献8]より引用 固体は特に伝導率(σ)がアレニウスの式に従うケースが多いため、
ダダ落ちする傾向がある 液体も基本的には固体に類似

・・・と、ここまで書いたところで気が付いたのですが、ベースメントとなった論文[文献6]を見るとTFSI-Li塩はなんと-90℃でも析出が起こらないとのこと。となると結局イオン伝導性(S/cm)がどこまで維持できるか、ここらへんの詳細なデータも是非明らかにして頂きたいところです。というのも、特に移動体や航空機だとかなり過酷な条件で使用されることが前提条件となってしまうためです。このことから実際に電池が使われる環境にあわせた、例えば高温・低温環境での実証と懸念のスクリーニングが非常に重要な部分となるのではないかと。「実はフル充電後に放置しとくと少しずつ電解が進んでしまって・・・」とかなってしまったらそりゃえらいことになってしまいますので。こうしたことさえクリアできれば、今流行りの「固体電解質」系の電池を全て一掃し得るポテンシャルを持っているのではないかとも思われます。

いずれにせよ水系のリチウムイオン電池実用化への可能性を大きく発展させた今回の成果、一連の経過含めて引き続き関係各位の成果を見守ってまいりたいと思います。

それでは今回はこんなところで。

【文献】

1.  “Battery Market Development for  Consumer Electronics, Automotive, and Industrial: Materials Requirements and Trends”, Avicenne Energy, Qinghai EV Rally 2015, June 15, China (資料こちら

2.  “Materials Issues in Energy Storage”, G. Ceder, APS workshop – San Antonio, 2015, March 1,  TX (資料こちら)

3. “Florida Man Says Samsung Note 7 Set Family Jeep Ablaze”, NBC Universal Media, September 9, 2016 (リンクこちら)

4. “Auxiliary Power Unit Battery Fire Japan Airlines Boeing 787-8″, NTSB, January 7, 2013” (資料こちら)

5. “Rechargeable Lithium Batteries with Aqueous Electrolytes” Science, Vol 264, 20, May 1994 (リンクこちら)

6. ““Water-in-salt” electrolyte enables high-voltage aqueous lithium-ion chemistries”, Science, Vol 350, 6263, November 2015 (リンクこちら)

7. 本論文に関する東京大学プレスリリース (リンクこちら)

8. “A lithium superionic conductor”, Nature Materials, 10, 682, 2011 (リンクこちら)

Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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