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スポットライトリサーチ

パラジウム触媒の力で二酸化炭素を固定する

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第66回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院薬学研究院(佐藤美洋研究室)・博士課程3年の樋口裕紀さんにお願いしました。

樋口さんが一貫して取り組んでおられるテーマは、二酸化炭素(CO2)をそのまま取り込む有機合成法の開発です。温室効果ガスとして名高い分子ですが、見方を変えれば炭素源として捉えることもできるため、CO2を化合物骨格に取りこめる化学反応は近年盛んに研究されています(こちらのケムステ記事も参照ください)。樋口さんは、先日開催されました第46回複素環化学討論会にて学生講演(Heterocycles)賞を受賞された一人です。

直接指導されている美多剛 助教は、樋口さんを下記の通り評しています。

現在のテーマを見つけるまでに1年間近く結果が出ない期間がありましたが、モチベーションを維持しつつ、論文を読み漁り、思考し、手を動かして、これまで我々が取り組んできたスズやケイ素を使った化学(α-アミノ酸やα-ヒドロキシ酸の合成)とは違う分野から結果を掴んできました。その樋口君の実行力には目を見張るものがあります。ゼロからイチを見つける研究は非常に困難ですが、それを楽しんでできる学生です。このような経験をもつ学生だからこそ、今後どんな環境に置かれてもサバイブできること間違いなしです。研究者としてのさらなる飛躍に期待しています!

Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

求核性アリルパラジウム種を利用した二酸化炭素固定化反応の開発」です。

二酸化炭素(CO2)は、枯渇性の化石資源に代わる炭素源の一つとして注目を集めており、有機分子へのCO2固定化反応の開発は近年、精力的に研究されています。しかし、その化学的反応性の低さから、CO2を用いた炭素—炭素結合形成反応の例は未だに限定的であるのが現状です。

本研究では、種々の基質から得られるπ-アリルパラジウム錯体に対し、ジエチル亜鉛を作用させることで生成する求核性のσアリルエチルパラジウム種(極性転換)が、温和な条件下(室温から60 ℃、1気圧)、CO2と円滑に反応することを見出しました。この反応性を利用することで、Pd触媒によるアリルアルコール[1](トップ図)およびビニルシクロプロパン[2]の新規カルボキシル化」、「アレン誘導体に対する環化カルボキシル化(論文投稿準備中)」の開発に成功しました。また、開発したこれらの反応は、バクロフェン(痙性麻痺治療薬)の形式合成などに応用できることを明らかにしました(図1)。

図1

図1

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

研究テーマの設定を自分なりに工夫しました。修士課程の頃は、スズ試薬やケイ素試薬を利用したα-アミノ酸[3,4]およびα-ヒドロキシ酸[5]の合成研究に携わっていましたが、博士課程では全く別のCO2導入法を開発したいと思いました。紆余曲折を経て、考え出したテーマが「アリルアルコール誘導体(1)に対するカルボキシル化の開発」です。

図2

図2

アリル位でのカルボキシル化の例として、アリルスズやアリルボロン酸エステル(2)を基質とする反応[6]がすでに報告されておりましたが、基質適用範囲や収率に課題を残しておりました(図2)。加えて、事前にアリルアルコール誘導体やアリルハライド(1)からそれらの基質(2)を調製する必要があるため、1を直接カルボキシル化できれば、より効率性の高い変換反応を開発できるのでは?と考えました。また、本反応成績体3は、後にカルボキシル基とオレフィン部位の誘導化が可能であるため、本カルボキシル化を用いた生物活性化合物の合成研究への展開も期待しました。

本研究途上で、「Ni触媒を用いたアリルアセテート(X = OAc)のカルボキシル化」がRuben Martinらにより報告され[7]大変焦りましたが、結果的に、アリルアセテートへの誘導化が不要で、直接アリルアルコール(X = OH)のカルボキシル化が可能な触媒系を見出しました [1]論文をはやく仕上げ、投稿することは本当に大切ですね。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

新規反応の開発研究では当たり前のことですが、反応条件の確立に悪戦苦闘しました。特に、初期検討の進め方に関しては非常に悩みました。短期間で本研究テーマの実現可能性を示したいと考えていたため、まずは実用性を完全に無視し、“反応しやすいと思われる”基質を選択して検討を開始しました。幸いにも早い時期に、低収率ながらカルボキシル化体が得られる条件が見つかり、先生から本研究を継続する許可を得ました。しかし、目的物の収率向上が難しかったため、その後は用いる遷移金属や基質を徐々に変更しながら検討を進めることで、上記の反応条件を見出すことができました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

可能な限り長い期間、化学の研究に携わることで、純粋に化学を楽しんでいきたいと考えています。「化学の進歩のために」、「社会の発展のために」という志しを持つことは大切ですが、その目的のみで毎日夜遅くまで研究室にこもれる程、私は立派な人間ではありません(怒る人もいるかもしれませんが、、、)。取り組んでいる研究の意義を常に考えつつも、“おもしろい”と思う感性を大事にしたいと思っています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

学部3年生の10月に研究室に配属されてから約6年が経ち、今年度の博士後期課程卒業を目指している身ですが、「あっという間だったな」というのが正直な感想です。「論文をもっと多く出したかった」、「よりインパクトの高い反応を考案・開発したかった」という思いが強いです。研究だけが全てではないですし、人それぞれ置かれている環境も異なるでしょうが、時間は限られているので、今行っている研究に必死に取り組んでもらいたいなと思います。

本研究を遂行するにあたり、終始御懇篤なる御指導、ご鞭撻を賜りました佐藤美洋教授および美多剛助教に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

また、「ビニルシクロプロパンに対するカルボキシル化の開発」において、粘り強く検討を進めてくれた共同研究者の田中寛之修士に深く感謝致します。

 

参考文献

  1. Mita, T.; Higuchi, Y.; Sato, Y. Chem. – Eur. J. 2015, 21, 16391. doi: 10.1002/chem.201503359
  2. Mita, T.; Tanaka, H.; Higuchi, Y.; Sato, Y. Org. Lett. 2016, 18, 2754. doi: 10.1021/acs.orglett.6b01231
  3. Mita, T.; Higuchi, Y.; Sato, Y. Chem. – Eur. J. 2013, 19, 1123. doi: 10.1002/chem.201202332
  4. Practical synthesis of α-amino stannanes: a) Mita, T.; Higuchi, Y.; Sato, Y. Org. Lett. 2011, 13, 2354. DOI: 10.1021/ol200599d b) Mita, T.; Higuchi, Y.; Sato, Y. Synthesis 2012, 44, 194. DOI: 10.1055/s-0031-1289597
  5. Mita, T.; Higuchi, Y.; Sato, Y. Org. Lett. 2014, 16, 14. DOI: 10.1021/ol403099f
  6. a) Wu, J.; Hazari, N. Chem. Commun. 2011, 47, 1069. doi: 10.1039/C0CC03191G b) Duong, H. A.; Huleatt, P. B.; Tan, Q.-W.; Shuying, E. L. Org. Lett. 2013, 15, 4034. DOI: 10.1021/ol4019375
  7. Moragas, T.; Cornella, J.; Martin, R. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 17702. DOI: 10.1021/ja509077a

 

研究者の略歴

sr_y_higuchi_3樋口 裕紀 (ひぐち ゆうき)

所属:北海道大学大学院生命科学院生命科学専攻 佐藤美洋研究室 博士後期課程3年(日本学術振興会特別研究員DC2)
研究テーマ:二酸化炭素を一炭素源として利用した新規カルボキシル化反応の開発
略歴:1989年北海道恵庭市生まれ。2012年3月に北海道大学薬学部薬科学科を卒業後、同年4月北海道大学大学院生命科学院に入学。2014年3月に博士前期課程を修了し、同年4月に博士後期課程へ進学。2015年11月から2016年2月にかけて、Michigan大学(John Montgomery研究室)へ短期留学。
受賞歴:
2012年 日本薬学会北海道支部第138回例会 学生優秀発表賞
2013年 創薬懇話会2013 学生優秀ディスカッション賞
2014年 第26回万有札幌シンポジウム ベストディスカッション賞
2016年 第46回複素環化学討論会 Heterocycles賞(学生講演賞)

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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