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化学者のつぶやき

「極ワイドギャップ半導体酸化ガリウムの高品質結晶成長」– カリフォルニア大学サンタバーバラ校・Speck研より

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ケムステ海外研究記の第39回はカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)材料科学科のPhD課程に在籍されている伊藤剛輝さんにお願いしました。

伊藤さんは、日本で修士号を取得後、数年間企業に務められ、その後アメリカのPhD課程に進学されました。留学先ではSpeck研究室に所属され、半導体材料である酸化ガリウム(Ga2O3)の結晶成長に取り組まれています。インタビューでは、材料科学分野屈指の名門校であるUCSBでの研究の様子や、社会人を経てからのPhD留学というご経験について語って頂きました。

どうぞ、お楽しみください!

留学先ではどのような研究をされていますか?

ワイドギャップ半導体材料の中でも酸化ガリウムは大きなバンドギャップと非常に高い絶縁破壊電界を持つことから近年注目を浴びるようになりました[1]。また、これまでのワイドギャップ半導体と違い、酸化ガリウムは融液成長が可能であることから、低コストで極めて高品質なバルク基板を得ることが可能です[2]。現在の研究室では、プラズマ分子線エピタキシー(PAMBE)で高品質な酸化ガリウムの結晶成長を目指しています[3]。所属するコンソーシアムの中では他大学の研究室がMOCVD法やHVPE法で結晶成長や第一原理計算、TEM解析等を担当し共同研究を進めています。

その中でも当研究室が最近出版した論文の一つに、低温ホール測定で電子移動度が12000に迫る高品質な酸化ガリウム結晶成長を実現できたことを報告しました[4]。これは窒化ガリウムや炭化ケイ素に匹敵する値であり、高機能パワー半導体材料としての酸化ガリウムの将来性を示しています。

図1. 酸化ガリウム(ベータ相)の結晶構造と低温ホール測定結果。

なぜ日本ではなく、海外で研究を行う選択をしたのですか?

海外で研究するという選択をしたのは、どうしても英語をものにしたかったのは理由の一つだと思います。海外研究室へは、日本で博士号を取ってからポスドクで目指すか、会社の派遣留学制度に応募するという選択肢もありました。学位留学に決めたのは、英語で学ぶコースワーク、授業を教えるTAが卒業要件に入っているからです。現在のところコースワークを全て終了しましたが、渡米直後と比べると講義の理解度、プレゼンする時や質問対応の流暢さは格段に上がっていると実感しています。英語で論文を書いても、英文を直されることはそれほど無く議論に集中できます。指導教官は私に家庭内でも英語で話すように指示したり、会議の最中で発音を直す等私の英語教育にも熱心です。

研究経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

良かったことは、材料研究に必要な施設が大変充実していて、最先端の施設を使いたければ専属スタッフにトレーニングしてもらってから使うことができます。全米最大規模のクリーンルームがあり、半導体プロセスに必要なほぼ全ての設備が揃っています。大学関係者だけではなく、グーグルやアップルの研究者、スタートアップ企業の方も契約して使えるので、実験の合間に交流が広がります。大学院からのサポートが手厚く、論文、グラント執筆指導やスピーキングのワークショップ等が随時開催されていて、完遂するとお金までもらえるプログラムもあります。キャンパスからビーチまで徒歩ゼロ分なのは、実験の合間の一番の癒しです。

図2. クリーンルームがあるEngineering Science棟とキャンパスに隣接する海。

悪かったことは、アメリカの大学は日本の大学のように1つの研究室に複数の准教授、講師、助教がいないので、忙しい指導教官と面会するのが非常に難しく、やっとアポイントが取れても約30分と進捗会議に辿り着くのが一苦労です。

現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

サンタバーバラ市は観光地で、海に面している穏やかな町です。UCSBは市街地から約10マイル離れていて、キャンパスの周りは学生寮や飲食店等で学生街を形成しています。治安が良く気候も安定しているので非常に過ごしやすいです。

図3.(左)サンタバーバラ市街地と(右)学生街Isla Vista

所属研究室は研究好きな同僚が多く、「週末の予定は?」と聞いてきたらそれは遊びに行くという意味ではなく装置の使用予定の確認です。また、MBE Labという複数のPIの学生からなる実験装置のグループ単位で、85歳になるProf. Gossardが定期ミーティングを主催してくださったり、学生街で飲み会したり離島でキャンプしたりするなどの活動をします。専攻全体でも、毎週他大学から先生を招いてセミナーを開いたり、毎年マラソン大会やBBQ、晩餐会を開催したりと、毎週のようにイベントがあり研究以外の活動も豊富です。

図4. 毎週開かれるセミナーと年一度開かれる専攻全体の晩餐会。

渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください

渡航前は保険や年金等の手続きで留学に向けて入念に準備できたとは言えず、留学ビザが下りてから飛行機のチケットを取ったのは出発10日前ほどでした。現地到着後はその場その場で対応してなんとか生活を落ち着かせました。

困ったこととしては事務処理上のトラブルに見われることが多かったことです。例えば事務から間違えて給料が多めに振り込まれたことがあり、返還手続きの案内を待つのに二か月間掛かりました。さらに振込手数料など自費で返還しましたが、領収書を日本の実家に送ったり、システムエラーで返還されていないことになっていて後日また督促状のようなものが送られてきました。徹夜で実験の時に大学駐車場に車を止めて仮眠を取っていたら、警察官に叩き起こされて身分確認されたのはアメリカンな洗礼でした。

海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

社会人を経て海外留学することは、自分が思った以上に茨の道でした。毎日睡眠時間3時間でも思うように学習時間が取れず、TOEFLやGREの点数は目標に届きませんでした。奨学金に応募しようにも、年齢制限や在学制限に引っかかってしまうので非常に限られた奨学金にしか応募できませんでした。アメリカ大学との繋がりはなくキャンパス訪問もしたことはありませんでした。それでも材料分野のトップスクールからオファーを頂けて、さらに今年度は自分と同じように会社勤務を経験した友達がMIT、UCLA、Johns Hopkinsといった名門校の博士課程に合格しており、この経験を様々なバックグラウンドを持つ方でも海外の大学院を目指せるように役に立てたらいいなと思っています。

最後にメッセージをお願いします。

このような機会を与えてくださったChem-Stationに感謝を申し上げます。またこの場を借りて推薦状を書いて送り出してくださった先生方に感謝を申し上げます。大学院留学は、東大時代の研究室の皆様と会社員時代の上司のご指導なくして実現できなかったことであり、ご恩に報いることができるよう研究を頑張りたいと思います。

アメリカへの留学というと、高額な授業料や高い物価のイメージがあったため、留学したいという思いがあったものの半ば諦めていました。現在は大学院からの給料で、大学の寮に住み家族三人で安定した生活を送ることができています。

留学を考えている方は、経済的な支援が得られるアメリカの博士課程も選択肢の一つとして考えて頂けたら幸いです。

関連論文・参考資料

  1. M. Higashiwaki et al., Semicond. Sci. Technol. 31 034001 (2016). DOI:10.1088/0268-1242/31/3/034001
  2. E. Ahmadi et al., J. Appl. Phys. 126, 160901 (2019). DOI:10.1063/1.5123213
  3. A. Mauze et al., APL Mater. 8, 021104 (2020). DOI:10.1063/1.5135930
  4. F. Alema et al., APL Mater. 7, 121110 (2019). DOI: 10.1063/1.5132954

研究者のご略歴

名前:伊藤 剛輝(いとう たけき)

所属:UCSB, Materials Science PhD課程 Speck研究室

研究テーマ:極ワイドギャップ半導体酸化ガリウムの高品質結晶成長

海外留学歴:2年(アメリカ)

略歴:
2009-2013年 東京大学工学部応用化学科 尾嶋研究室(学部)
2013-2015年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 藤岡研究室(修士)
2015-2018年 ソニー株式会社勤務
2018-現在 カリフォルニア大学サンタバーバラ校 材料科学専攻 Speck研究室(PhD)

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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