[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ケクレン、伸長(新調)してくれん?

[スポンサーリンク]

Bi(OTf)3触媒によるビニルエーテルの環化反応によりジグザグエッジ伸長型ケクレンが合成された。合成されたケクレン類縁体はベンゼノイド型のπ共役構造であることが明らかにされた。

ケクレンの化学

ケクレンは12個のベンゼン環が環状に縮環した多環芳香族炭化水素である。その構造から、ケクレンはアヌレノイド型とベンゼノイド型のどちらのπ電子分布をもつかが注目されていた(図1左上)。1978年にDiederichとStaabがケクレンを初めて合成し、ケクレンがベンゼノイド型芳香族であることを明らかにした[1]。ケクレンの合成以降、縮環様式の異なるケクレン類縁体が合成されてきた[2]。例として、ベンゼン環を減らした類縁体(コラニュレン[(62, 61, 62, 61, 62)2]; 図1左下)や辺の数を増やした類縁体(セプチュレン・オクチュレン; 図1 中央下)がある[3–5]。これらはケクレンと同様にベンゼノイド型芳香族である。

著者らは今回、Bi(OTf)3触媒によるビニルエーテルの環化反応によりジグザグエッジ伸長型ケクレンを合成した。また、種々の解析手法を用いてジグザグエッジ伸長型ケクレンの芳香族性を明らかにした。ちなみに、著者らは本反応を用いて、いくつかのケクレン類縁体を合成している[6, 7]

図1. ケクレンとケクレン類縁体

 

Expanded Kekulenes

Fan, W.; Han, Y.; Wang, X.; Hou, X.; Wu, J. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 13908–13916.

DOI: 10.1021/jacs.1c06757

論文著者の紹介

研究者:Jishan Wu

研究者の経歴:

1993–1997 B.Sc., Wuhan University, China

1997–2000 M.Sc., Changchun Institute of Applied Chemistry, Chinese Academy of Sciences, China (Prof. Xianhong Wang and Prof. Fosong Wang)

2000–2004 Ph.D., Max-Planck Institute for Polymer Research, Germany (Prof. Klaus Müllen)

2004–2005 Project leader, Max-Planck Institute for Polymer Research, Germany

2005–2007 Postdoc, University of California, USA (Prof. Sir Fraser Stoddart)

2007–2011 Assistant Professor, National University of Singapore, Shingapore

2012–2017 Associate Professor, National University of Singapore, Shingapore

2017– Professor, National University of Singapore, Shingapore

研究内容:構造有機化学、超分子化学、近赤外線吸収色素の開発

 

論文の概要

著者らはまず、種々のビルディングブロックを用いた鈴木–宮浦カップリングにより前駆体1を合成した(図2A)。続いてBi(OTf)3触媒を用いたビニルエーテルの環化反応により[m,n] = [3,4], [4,4], [3,5], [4,5]のケクレン類縁体2を合成した。

1H NMRにおいて、2の環内側の水素シグナルは全て低磁場領域(9.3–11.3 ppm)に現れた(図2B)。2がアヌレノイド型芳香族であれば、環内側の水素は分子全体に広がる環電流から遮蔽効果を受け、シグナルは芳香族領域よりも高磁場で観測されると考えられる。今回、環内側の水素シグナルが低磁場領域に出現したので、2は局所的に芳香族性をもつベンゼノイド型芳香族であると考えられる。

理論計算を用いて2の芳香族性を解析した。ここでは[m,n] = [3,5]の場合(2a)について示す(図2C)。2aの最安定構造における炭素炭素結合長に着目すると、2aの頂点に位置する環C1では結合交替が見られた一方で、ベンゼン環C2およびアントラセン環C3では結合交替が見られなかった。さらに、C1のNICS値はC2およびC3よりも小さい負の値を示したので、C1の芳香族性はC2C3よりも低いといえる。加えて、2aの磁気的遮蔽効果(ICSS: isochemical shielding surface)を可視化すると、C2C3環内は強く遮蔽されており、2aの環内側、および外側周辺では脱遮蔽されている(図2D)。このICSS解析の結果は2aのNMRスペクトルを裏付けるものである。これらの理論計算結果は、どれもベンゼン/アントラセン環(C2, C3)へのπ共役電子の分布を示唆している。したがって、理論計算からも2aはベンゼノイド型芳香族であることが支持された。また、一連のジグザグエッジ伸長型ケクレン2でも同様の計算結果が得られたので、2はベンゼノイド型であると結論づけた。

図2. (A) [m,n]シクロアレーン2の合成と共鳴構造 (B) 2の1H NMRスペクトル (C) 最安定構造における結合長とNICS値 (D) 2aの磁気的遮蔽効果(ICSS)の等高線図 (論文から一部改変)

以上、Bi(OTf)3触媒によるビニルエーテルの環化反応によりジグザグエッジ伸長型ケクレンが合成された。実験と理論計算の両面から、合成されたケクレン類縁体はケクレンと同様にベンゼノイド型芳香族であることが明らかにされた。また、このケクレン類縁体がもつ反応性の高いアセン構造は、さらなる化学修飾の足掛かりとなるため、ケクレン類縁体を出発物質とした新たなベルト状分子やナノグラフェンの合成が期待される。

参考文献

  1. Diederich, F.; Staab, H. A. Benzenoid versus Annulenoid Aromaticity: Synthesis and Properties of Kekulene. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1978, 17, 372–374. DOI: 1002/anie.197803721
  2. Buttrick, J. C.; King, B. T. Kekulenes, Cycloarenes, and Heterocycloarenes: Addressing Electronic Structure and Aromaticity through Experiments and Calculations. Chem. Soc. Rev. 2017, 46, 7–20. DOI: 1039/c6cs00174b
  3. Funhoff, D. J. H.; Staab, H. A. Cyclo[d.e.d.e.e.d.e.d.e.e.]decakisbenzene, a New Cycloarene. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1986, 25, 742–744. DOI: 1002/anie.198607421
  4. Kumar, B.; Viboh, R. L.; Bonifacio, M. C.; Thompson, W. B.; Buttrick, J. C.; Westlake, B. C.; Kim, M.-S.; Zoellner, R. W.; Varganov, S. A.; Mörschel, P.; Teteruk, J.; Schmidt, M. U.; King, B. T. Septulene: The Heptagonal Homologue of Kekulene. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 12795–12800. DOI: 1002/anie.201203266
  5. Majewski, M. A.; Hong, Y.; Lis, T.; Gregoliński, J.; Chmielewski, P. J.; Cybinśka, J.; Kim, D.; Stępiń, M. Octulene: A Hyperbolic Molecular Belt that Binds Chloride Anions. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 14072–14076. DOI: 1002/anie.201608384
  6. Fan, W.; Han, Y.; Dong, S.; Li, G.; Lu, X.; Wu, J. Facile Synthesis of Aryl-Substituted Cycloarenes via Bismuth(III) Triflate-Catalyzed Cyclization of Vinyl Ethers. CCS Chem. 2020, 2, 1445–1452. DOI: 31635/ccschem.020.202000356
  7. Fan, W.; Matsuno, T.; Han, Y.; Wang, X.; Zhou, Q.; Isobe, H.; Wu, J. Synthesis and Chiral Resolution of Twisted Carbon Nanobelts. J. Am. Chem. Soc. 2021,143, 15924–15929 DOI: 1021/jacs.1c08468
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. その置換基、パラジウムと交換しませんか?
  2. 電子豊富芳香環に対する触媒的芳香族求核置換反応
  3. 光で2-AGの量を制御する
  4. セミナー/講義資料で最先端化学を学ぼう!【有機合成系・2016版…
  5. 転職を成功させる「人たらし」から学ぶ3つのポイント
  6. 高分子界の準結晶
  7. ケトンをエステルに変えてぶった斬る!脱アシル型カップリング反応の…
  8. 目が見えるようになる薬

注目情報

ピックアップ記事

  1. 二水素錯体 Dihydrogen Complexes
  2. 第46回ケムステVシンポ「メゾヒエラルキーの物質科学」を開催します!
  3. ヒドロメタル化 Hydrometalation
  4. 第71回「分子制御で楽しく固体化学を開拓する」林正太郎教授
  5. アルケンの実用的ペルフルオロアルキル化反応の開発
  6. キニーネ きにーね quinine
  7. 作った分子もペコペコだけど作ったヤツもペコペコした話 –お椀型分子を利用した強誘電体メモリ–
  8. Carl Boschの人生 その11
  9. Illustrated Guide to Home Chemistry Experiments
  10. 酵素合成と人工合成の両輪で実現するサフラマイシン類の効率的全合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年11月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP