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化学者のつぶやき

とある化学者の海外研究生活:イギリス編

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さてケムステでは昨年から海外研究記として、海外へ留学した化学者の経験談に対するインタビューを行っています。

今回は特別編(第16回)として、現在米国のバイオベンチャーで働いている向山貴佑さんを紹介します。

彼は私の研究室の1つ下の後輩で、共著の論文もいくつかあります。正直に書きますが、格段にできたというわけでもなく、ちょっとおっちょこちょいですが、真面目でよく頑張り、愛すべきキャラというのが彼の学生の時の印象です。

彼は修士で当時の就職氷河期に最難関であった日本のファイザー製薬の研究所就職を勝ち取りました。しかし、その2年後、知っての通り研究所の閉鎖で職を失うこととなります。そこからが彼の海外研究生活の人生の始まりです。自己都合も含めていろいろと転々としていただけで、マイナス要素は一つもありません。また、彼の名誉のため述べますが、現在彼はグリーンカードも所有し、給料も日本のどの大学教授よりも製薬会社研究員よりも高いです。彼の多様な経験が影響していることは疑いようもありません。

私の知っている限りでは、至って普通に生活していたにも関わらず、このような多彩な研究人生になったひとはあまりみたことがないので、ぜひ皆に知っていただきたく、執筆のオファーを出しました。彼は快く引き受けてくれて今回の記事に至った次第です。折角の内容ですので3回ほどにわけて紹介したいと思います。今回はイギリス編。それではどうぞ!

はじめに

私は現在サンディエゴにあるeFFECTOR Therapeuticsというバイオベンチャーで創薬研究を行っています。抗がん剤を世に出すことを目的に、創薬化学者として勤務しています。本サイト代表の山口潤一郎さんは学生時代の一学年上の先輩で、同じ研究室で林雄二郎先生(現 東北大学教授)の指導のもと一緒に研究を行っていました。 昨年末に潤一郎さんの研究室に遊びに行った際に私の今までの経験を少し話したのですが、これが意外にも面白かったようで、今回ケムステにその内容を書かせていただけることとなりました。

私はこれまでに様々な偶然が重なったことで、日本、イギリス、スイス、アメリカでの研究生活を経験することができました。大学生のときに受けたTOEICの点数が380点、英語に全く縁のなかった私が、今アメリカで仕事をしていることが自分でもたまに信じられなくなります。独り言のような内容ではありますが、化学を通じてこんな経験ができる、可能性がある、ということを感じ取っていただければ幸いです。

イギリスでの研究生活

1. なぜイギリス行きを決めたか

修士卒で入社2年目、当時勤務していたファイザー社名古屋中央研究所の閉鎖発表がきっかけでした。今後の進路を考えていた際に、一番早くおとずれた機会がファイザーのイギリス、アメリカにある研究所への移籍でした。もし面接に通過すれば、研究所見学に費用は会社負担でいけるという話を耳にし、「研究所見学という名の海外旅行にタダでいける」と思い応募しました。

運良くイギリスの研究所からオファーをもらうことができたのですが、移籍することは全く考えていませんでした。

5月にSandwichという田舎町にある研究所に見学にいきました。

研究所よりも、街並みや菜の花が咲いた風景に心奪われました。今後どうなるのだろうという漠然とした不安を抱えていたのですが、滞在中の数日は気にならず、ただひたすら心が癒されたことを良く覚えています。こんな環境で生活したいという思いからイギリス行きを決めました。一緒に行く仲間がいたことと、サッカーが好きなので本場のサッカー文化を体験したい、というのもありました。

近所。羊がたまにでてきました

 

今振り返ると、「この研究がしたい!」という研究者らしい動機ではないのですが、きっかけは何でもいいと思います。行って初めて感じる何かがあるかもしれません。

2.研究生活

私は探索化学部門に所属していました。構造活性相関や標的タンパク質と化合物の相互作用などをもとに新規化合物をデザインし、実際に合成して薬の候補化合物へと育てあげていく部署です。

構造活性相関研究からの化合物の選定、100グラム程度のスケールアップに耐えうる合成ルートの検討、結晶形の検討などを経て、開発候補品を作り出す過程に関わることができました。 [1] プロセスケミストと共同でスケールアップの検討をしたことが個人的には面白かったです。

Sandwichの探索化学部門の特徴は、有機合成化学を大切にしていたことです。探索研究では活性の高い化合物を一刻も早く見出すことが最優先なので、有機合成化学はそのためのただのツールだという認識を持っていました。しかしこの認識は徐々に変わっていきました。

毎年Reaction of the yearといって、面白い反応を開発した人を表彰する機会がありました。3位まで表彰されるのですが、それ以外にもノミネートがあるわけで、毎年多くの新反応を探索化学部門が開発するという環境には衝撃を受けました。

外部への論文発表はできないので、これらは社内論文にまとめられ、全研究所から閲覧できるようになっていました。有機合成化学に特化した研究所内での学会や、アカデミアの教授を招いての講演会などでは偉い人々が楽しそうに有機合成化学の議論をしていた姿が印象的でした。

Sandwich研究所からバイアグラ、マラビロック、フルコナゾール等の医薬品が創出されたのは、有機合成化学を含む基礎研究を大切にする文化が大きかったのではと思っています。

左の建物が勤務先でした。晴れの日の写真があれば良かったのですが。

3. 良かったこと

イギリスに行って一番よかったことは人との出会い、特に私の上司となった上記論文の筆頭著者のピーターとの出会いです。

反応がうまくいかないときにディスカッションすると、「こういう条件で行ったらすごいよ」「ここをこう変えてこんな基質で反応いったら論文でるよ」「副生成物ができるメカニズムはこうだから、こうすればうまくいくよ、前例はないけど」などとアイデアを次々に楽しそうに語ってくれました。この人に出会って有機合成化学を心底面白いと思うようになり、後の私の進路に影響を与えました。

Sandwichで出会った人たちの助けがなければ、私がアメリカで職を得ることはできなかったと思います。

日本から共に渡英した人との出会いにも恵まれました。日本にいたら部署や職位、あるいは会社が違って話す機会がない人たちと親しくなれることも、海外にでる大きな利点の一つです。

4. 悪かったこと

苦労したことはたくさんありますが、悪かったことはないです。強いていえば外食が高額なので自炊せざるをえなかったことでしょうか。

でもそのおかげである程度料理できるようになり、今でも役にたっています。

5. 言葉について

イギリスに行った当時、周りの人が言っていることが全然わかりませんでした。諸手続きを電話でしなければならないときは軽い恐怖を覚えたほどです。

よくわからないまま通話が終わり、何度途方にくれたことか。危機感を覚え、少しでも英語を上達させなければならないと思い、同僚と毎日ランチを食べたり、部署のサッカーに毎週参加したり、仕事後や休日のスポーツイベントに参加したりといったことを続け、家では毎日英語の練習をしていました。

今でも英語には苦労していますが、地道な努力を継続して少しずつ改善していくしかないように思えます。

おわりに

私がイギリスでの研究生活を送れたのは、多くの方のサポートがあったからです。関係者の皆様にはこの場を借りて深くお礼申し上げます。

ほんとはもっと生活や文化の違いとか紹介したいのですが、それを始めるとキリがないので少しだけ紹介させてください。特別な日に同僚とパブで昼食をとる際は、たいていの人はビールを飲んでいました。その後に仕事があるのに関わらずにです!これには最初驚きましたが、次第に自分も飲むようになりました。サッカーしたり仲間と飲みに行ったりと、生活自体は単純に楽しかったです。

少し真面目なことを書くと、このSandwich研究所も会社の方針により数年前に閉鎖されました。その前には大きなレイオフが2回あり、多くの同僚が去りました。これらの経験のせいか、「いつ勤務先がなくなるかわからない 」ということを日常的に意識するようになりました。こういうことを少しだけ意識して、大学での研究でできる限りのことを吸収して将来に備えてほしいなと思います。

イギリスでの研究生活をあまりにも気に入ってしまったので、研究所閉鎖後、もう一度海外で仕事をするにはどうしたらいいか考えました。

海外で研究職に就くためには博士号が必要なので、日本の大学で博士号をとった後、もう一度挑戦することにしました。29歳にもなって大学院に入り直す、というのはリスキーな選択ではありましたが、有機合成化学を一から叩き直すことができたので良かったと感じています。林雄二郎教授には感謝してもしきれません。次回以降は、スイス留学アメリカでのポスドク、就職活動などを紹介できればと思います。

関連文献

1 “Design and Synthesis of a Pan-Janus Kinase Inhibitor Clinical Candidate (PF-06263276) Suitable for Inhaled and Topical Delivery for the Treatment of Inflammatory Diseases of the Lungs and Skin” Jones, R. I. Storer, Y. A. Sabnis, F. M. Wakenhut, G. A. Whitlock, K. S. England, T. Mukaiyama, C. M. Dehnhardt, J. W. Coe, S. W. Kortum, J. E. Chrencik, D. G. Brown, R. M. Jones, J. R. Murphy, T. Yeoh, P. Morgan, I. Kilty J. Med. Chem. 2017, 60, 767. DOI: 10.1021/acs.jmedchem.6b01634

ある化学者ー向山貴祐さんの略歴

2016 – present eFFECTOR Therapeutics, Research Scientist I
2014 – 2016 The Scripps Research Institute (Prof. Dale L. Boger), Research Associate
2012 – 2014, Ph. D. Tohoku University (Prof. Yujiro Hayashi)
2012 (Aug – Oct) ETH Zurich (Prof. Dieter Seebach), Visiting student
2011 – 2012 Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)
2007 – 2011 Pfizer, Worldwide Medicinal Chemistry, Sandwich, UK, Scientist
2005 – 2007 Pfizer, Discovery Chemistry, Nagoya, Senior Associate Scientist
2003 – 2005, MS Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)
1999 – 2003, BS Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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