[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

錯体と有機化合物、触媒はどっち?

[スポンサーリンク]

 

「金属錯体を触媒として利用することによって、有機化合物を合成する」という手法は、現在様々な分野で幅広く利用されています。ところが「有機化合物を触媒として、新規な金属錯体を合成する」という反応例はこれまであったのでしょうか??

 

(写真:Science)

今回、Science誌から「N-ヘテロ環状カルベン(NHC)を利用した新しい鉄錯体の合成」という論文を報告したいと思います。

 

近年、様々なタイプのN-ヘテロ環状カルベン(NHC)が、遷移金属錯体の配位子として利用されています。その理由は、NHCの電子供与性が強い為、より中心遷移金属を活性化し、触媒能を向上させることができると同時に、窒素原子上の置換基を幅広く変えることで、目的に沿った触媒構造を構築できるという利点があるためです。

 

一方で、遷移金属錯体の配位子としてではなく、NHC自身が触媒として機能する反応例もいくつか報告されています。これはカルベンがσ電子供与-π電子授与能を持つ為、まるで遷移金属のように振る舞う性質も持っていることを示してます。

 

ところが、この度 Robert H. Grubbs(California Institute of Technology)らは、NHCとFe(COT)2の反応によりFe-Fe結合を持つ新しい錯体の合成に成功しており[1]、そこではNHCがこれまでとは変わった触媒の役割をしているようです。

 

まずNHCとFe(COT)2を1:1で反応させることから、この物語が始まります(下図)。この反応からは4つの鉄と2つのNHCを含む錯体3が得られています。

 

10.gif 反応から予想できる通り、NHCを配位子とした鉄錯体を合成することが当初の目的だったようです。鉄は触媒として利用できることも既に知られていますし、なにより他の金属に比べ値段が安いので最近注目されている金属です。興味深いことに、NHCの窒素上の置換基をMes基からより嵩高いDipp基に変えると鉄三核錯体が得られています(下図)。

 

20.gifこの反応はNHCが触媒量(10mol%)でも進行し、少し加熱(45℃)するだけで高収率を叩き出しています。

論文中に提案されている反応機構は以下の通り(下図)。

30.gif

・NHCとFe(COT)2との反応から、COTの脱離及び錯体4の生成
・4と二分子目のFe(COT)2との反応から、COTの脱離を伴った錯体5の生成
・5からFe-Fe結合を持つラジカル種6へ異性化

ここから
・R=Mesの場合→二量化により錯体3が生成
・R=Dippの場合→NHCの脱離を伴う鉄二核錯体9の生成。その後、COTの脱離を伴った鉄三核錯体8の生成
求核剤として反応を開始させたはずのNHCが脱離基として機能しているところなんか、興味深いですね。筆者はここにポイントというか、大きな可能性を感じています。

NHCとCOT、中心金属の組み合わせを上手く変え、反応を予想したりコントロールできるようになると、いろいろな多核金属錯体の開発へと発展していく気がします。

 

きっと組み合わせ次第で、狙っていたであろうNHCを配位子とする鉄錯体4も合成できることでしょう。

 

それにしても、配位子交換というシンプルな反応から、予想しなかったこのような展開をしっかり論文(しかもScience!)という形にしてくるあたり、流石だなぁと感心しますね。

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3527314008″ locale=”JP” title=”N-Heterocyclic Carbenes in Synthesis”][amazonjs asin=”9400733704″ locale=”JP” title=”N-Heterocyclic Carbenes in Transition Metal Catalysis and Organocatalysis (Catalysis by Metal Complexes)”][amazonjs asin=”3639184041″ locale=”JP” title=”Metal Complexes of N-heterocyclic Carbene”]

引用

[1] Vincent Lavallo and Robert H. Grubbs, SCIENCE, 326, 559 (2009).

 

関連記事

  1. 付設展示会に行…けなくなっちゃった(泣)
  2. 化学者のためのエレクトロニクス講座~半導体の歴史編~
  3. 最後に残ったストリゴラクトン
  4. キラルLewis酸触媒による“3員環経由4員環”合成
  5. 「Python in Excel」が機能リリースされたときのメリ…
  6. 【追悼企画】鋭才有機合成化学者ーProf. David Gin
  7. 正立方体から六面体かご型に分子骨格を変える
  8. KISTECおもちゃレスキュー こども救急隊・こども鑑識隊

注目情報

ピックアップ記事

  1. 女子の強い味方、美味しいチョコレート作りを助ける化合物が見出される
  2. SNSコンテスト企画『集まれ、みんなのラボのDIY!』~結果発表~
  3. 芳香族ニトロ化合物のクロスカップリング反応
  4. 有機アジド(1):歴史と基本的な性質
  5. 【PR】Chem-Stationで記事を書いてみませんか?【スタッフ・寄稿募集】
  6. 科学雑誌 Newton 2019年6月号は化学特集!
  7. テストには書けない? カルボキシル化反応の話
  8. ビンゲル反応 Bingel Reaction
  9. 第19回「心に残る反応・分子を見つけたい」ー京都大学 依光英樹准教授
  10. 第15回 有機合成化学者からNature誌編集者へ − Andrew Mitchinson博士

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年10月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

産総研の研究室見学に行ってきました!~採用情報や研究の現場について~

こんにちは,熊葛です.先日,産総研 生命工学領域の開催する研究室見学に行ってきました!本記事では,産…

第47回ケムステVシンポ「マイクロフローケミストリー」を開催します!

第47回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!第47回ケムステVシンポジウムは、…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2026卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。「いきなり実践で…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP