⏱ 30秒サマリー
- 何をする反応か — アルケンの C=C にオゾンを 1,3-双極子付加させ、二重結合を切断して2つのカルボニル基に変える反応。オゾンは酸素と電気だけからつくれる。
- 何ができるか — 後処理を変えるだけで、同じ中間体からアルデヒド/ケトン(還元的)、カルボン酸(酸化的)、アルコール(NaBH₄)を選べる。近年はさらに、アルキルラジカル前駆体としての用途が加わった。
- いつ使うか — 二重結合を「一撃で」カルボニルに変えたいとき。ただしアミン・電子豊富芳香環・アリルアルコールを持つ基質、立体的に混み合ったアルケンは苦手。安全上の制約も大きいので、代替法との比較を先にしておきたい。
概要
ハリース オゾン分解(Harries ozonolysis)は、アルケンをオゾンで酸化開裂させ、カルボニル化合物へ変換する反応である。オゾン自体は 1840 年に Schönbein が発見していたが、これを有機化合物の構造決定と官能基変換の一般的手法として確立したのは、キール大学の Carl Dietrich Harries による 1905 年以降の一連の研究である[1,2]。
操作としては、ジクロロメタン・メタノール・酢酸エチルなどに溶かした基質を低温(多くは −78 ℃)に冷やし、酸素の無声放電で発生させたオゾンを吹き込む。ほぼ中性条件で進行し、酸・塩基に弱い官能基を持つ基質でも使えるのが大きな利点である。
Bailey による古典[38]、実務面(適用範囲・プロトコル・安全・他の酸化との比較)を網羅した Fisher–Dussault[40]、医薬合成への応用に絞った Van Ornum ら[39]、オゾンそのものの反応性を扱った Audran ら[41]の総説が定番である。
反応機構
(1) モルオゾニドの生成
オゾンは 1,3-双極子であり、アルケンと協奏的な [3+2] 環化付加を起こして 1,2,3-トリオキソラン(モルオゾニド)を与える[3]。この段階は極めて速く、発熱も大きい。
(2) レトロ [3+2] 開裂 → Criegee 中間体
モルオゾニドは不安定で、ただちにレトロ 1,3-双極子付加を起こし、カルボニル化合物とカルボニルオキシドに割れる。このカルボニルオキシド(R₂C=O⁺–O⁻)はCriegee 中間体(CI)と呼ばれている。
(3) 再結合 → オゾニド、または溶媒による捕捉
非求核的な溶媒(CH₂Cl₂、ヘキサン等)中では、カルボニルオキシドとカルボニル化合物が逆の位置選択性で再び 1,3-双極子付加し、1,2,4-トリオキソラン(Staudingerオゾニド)を与える。オゾニドはモルオゾニドより安定で、条件によっては単離もできる(が、後述のとおり単離すべきではない)。
一方、メタノール中ではカルボニルオキシドがメタノールに捕捉され、α-メトキシヒドロペルオキシドが主生成物となる。オゾニドはほとんど生成しない。
この違いは実務上きわめて重要で、
- 過酸化物の熱的性質が変わる
- 後処理試薬の効き方が変わる(Me₂S 処理後にオゾニドが残存した、という報告がある[11,12])
- この α-メトキシヒドロペルオキシドは脱アルケン化の鍵中間体になる[33–36]
含水溶媒中では水がカルボニルオキシドを捕捉し、生じたヒドロキシヒドロペルオキシドが自発的に分解してカルボニル化合物が直接得られる[13]。
(4) 機構理解のアップデート
- ¹⁷O NMR による検証: Geletneky と Berger が、二次オゾニドの ¹⁷O NMR により Criegee 機構を直接的に確認した[4]。
- 気相 Criegee 中間体の直接観測: 2008 年に最も単純な CI である CH₂OO(ホルムアルデヒドオキシド)が初めて直接観測され[5]、2012 年には CH₂I + O₂ から CH₂OO を発生させる手法により、初の直接速度論測定が行われた[6]。ここで CH₂OO と SO₂・NO₂ の反応速度が従来推定の 50〜10,000 倍速いことが判明し、対流圏の硫酸塩・硝酸塩生成モデルが書き換わった。2013 年には赤外吸収スペクトルも得られている[7]。2025 年にはエチレンのオゾン分解系そのものから CH₂OO をキャビティリングダウン分光で直接定量した報告もある[8]。
- “hot” CI と安定化 CI (sCI): 生成直後の CI は過剰の内部エネルギーを持ち、一部は分子内で分解して OH ラジカルなどを放つ。衝突で失活したものだけが sCI として二分子反応に与れる。
- 合成化学への還流: Bräse らの総説[9]は、この気相化学の知見を合成化学者向けに整理している。また π 供与体で強く分極した二重結合では、環化付加ではなく酸素移動が優先しうるという計算研究も出ている。
- 溶媒効果:オゾンの溶解度と反応速度の両方に効くことが rapid-injection NMR により系統的に測定されており[22]、さらにメタノールのような求核性溶媒ではそもそも生成物が変わる。溶媒選択は「速度」ではなく「中間体の運命」の問題として考えたほうが実務的である。
(5) 主な副反応
- 1,2,4,5-テトラオキサン: カルボニルオキシドどうしの二量化で生じる。オゾニドよりさらに爆発性が高い。
- 過酸化物の残存: Me2S処理をしても、溶媒や基質によってはオゾニド/ヒドロペルオキシアセタールが残る[11,12]。過酸化物試験紙での確認を習慣にしたい。
- 官能基の横取り: 三級アミン→N-オキシド、一級アミン→ニトロ化合物[24,25]、スルフィド→スルホキシド/スルホン、電子豊富芳香環→環の酸化分解。アルケンより速く反応する官能基は珍しくない。
- アリルアルコールでの異常経路: 歪んだ二環性アリルアルコールでは一次オゾニドが分子内で捕捉され、Grob 型開裂を経て α-ヒドロキシメチルケトンが得られた例が報告されている[10]。
反応そのものは中間体で止まっており、目的物は後処理で決まる。この「後処理で出口を選べる」点がオゾン分解の最大の特徴といってよい。
| 後処理 | 代表的な試薬 | 主生成物 |
|---|---|---|
| 還元的 | Me₂S、PPh₃、Zn/AcOH、チオ尿素 | アルデヒド・ケトン |
| 酸化的 | H₂O₂、NaClO₂ | カルボン酸 |
| 強い還元 | NaBH₄、LiAlH₄ | アルコール |
| 付加体化 | NaHSO₃ | 重亜硫酸付加体(アルデヒド等価体)[18] |
| ラジカル発生 | Fe(II)/ビタミンC など | C(sp³) ラジカル(脱アルケン化)[33–36] |
特徴・適用範囲・類似反応との比較
強み
- 試薬が「酸素と電気」。金属も高価な酸化剤も要らず、副生物は基本的に酸素のみ。原子効率という観点では今なお際立っている。
- ほぼ中性・低温。酸/塩基に弱い保護基や立体中心を持つ基質でも使える。
- 出口が選べる。同じ中間体からアルデヒド・カルボン酸・アルコールを選択できる反応は多くない。
- 速い。−78 ℃ でも分オーダーで進む。
- スケールアップの実績がある。フロー化により kg〜工業規模まで安全に運用できることが示されている[18–22]。オレイン酸→アゼライン酸+ペラルゴン酸の工業プロセスは 1953 年から連続運転されている。
弱み・注意点
- 化学選択性が低い。アミン、電子豊富芳香環、スルフィド、アリルアルコール、他のアルケンなど、競合部位が多い。Kwon らは 2025 年の論文で、オゾン分解の限界として「電子豊富芳香環と非適合」「特定の置換様式に不適」「立体障害の大きいアルケンが苦手」「分子内の求核種・求電子種に弱い」「アリルアルコールに弱い」を明示的に列挙している[35]。
- 立体的に混み合った多置換オレフィンは遅い。Fleming のスパルテイン合成のようにケトンオキシドをいったんオゾニドとして保護し、後で PPh₃ 還元する、といった回避策が採られることがある。
- 専用設備が要る。オゾン発生器、耐オゾン配管、排オゾン分解触媒。研究室によっては「そもそも使えない」。
- 爆発性中間体を経由する。スケールアップの主要な障壁である。
- 位置選択性がない。非対称アルケンでは望まない側のカルボニルも必ず生じる。分子内に二重結合が複数あれば選択性の問題も加わる。
類似反応との比較
| 反応 | 酸化剤・条件 | 生成物 | 長所 | 短所・注意 | 使いどころ |
|---|---|---|---|---|---|
| オゾン分解 | O₃、−78 ℃、後処理で分岐 | アルデヒド/ケトン/カルボン酸/アルコール | 速い・中性・原子効率が高い・出口を選べる | 装置が必要/過酸化物の危険/化学選択性が低い | 二重結合を確実に切りたい標準手法。まず候補に挙がる |
| Lemieux–Johnson 酸化 | OsO₄ 触媒 + NaIO₄ | アルデヒド/ケトン | 装置不要・室温 | Os の毒性とコスト/過剰酸化 | オゾン発生器がない、または少量スケール |
| 四酸化ルテニウム | RuO₄(RuCl₃/NaIO₄) | カルボン酸まで一気に | 強力。芳香環も切れる | 強すぎる/選択性が低い | 一気にカルボン酸へ持っていきたいとき |
| マラプラード グリコール酸化開裂 | HIO₄ | アルデヒド/ケトン | 温和・水系 | 1,2-ジオールが必要(=2段階) | ジヒドロキシ化と組み合わせて |
| クリーギー グリコール酸化開裂 | Pb(OAc)₄ | アルデヒド/ケトン | 有機溶媒で使える | Pb の毒性 | 非水系での 1,2-ジオール開裂 |
| 光触媒的アルケン酸化開裂 | 光触媒 + O₂ など | アルデヒド/ケトン | 室温・可視光・装置が簡便 | 基質適用範囲が限定的 | オゾンを避けたい場合の新しい選択肢[30] |
| ニトロアレーンによる酸素移動 | 光励起ニトロアレーン、嫌気 | アルデヒド/ケトン | 酸化に弱い官能基に耐える/O₂ 不要 | 化学量論量のニトロアレーンが必要 | 酸化感受性基質での代替[31] |
| トリアゼノリシス | トリアゼン試薬 | イミン等(アザ版) | オゾン分解の「窒素版」 | 報告されたばかりで実績は少ない | C=C からの C–N 結合構築[32] |
反応例
ドライオゾン化(シリカゲル担持)
基質をシリカゲルに吸着させ、無溶媒でオゾンを当てる「ドライオゾン化(dry ozonation)」では、C=C ではなく飽和炭化水素の三級 C–H が立体保持で水酸化される[24]。シリカゲルが低温でオゾンをよく吸着し、溶媒による失活が起きないためと説明されている。同じ条件で一級アミンを処理すると、ヒドロキシルアミン→ニトロソ/オキシムを経てニトロ化合物が得られる[25]。この変換は近年、無溶媒の充填層フロー反応器として再構成され、温度と滞留時間の制御によって収率が改善されている[26]。ただし電子豊富な芳香環を持つアミンでは生成物が得られない(環自体が酸化される)ことも同時に報告されており、この反応系の限界を示している。
立体的に込み入った多置換オレフィンは反応が遅い。分子内に複数の二重結合がある場合、この速度差を使って選択的に切ることもできる。
アルキンの開裂 → α-ジケトン
基質はアルケンに限らない。アルキンを低温でオゾン分解すると α-ジケトンが得られる。細菌のクオラムセンシング分子 AI-2 の合成にも用いられている[17]。
抗マラリア薬オゾニド(Griesbaum 共オゾン分解)
オゾニドを「除去すべき危険な中間体」ではなく「目的物」にしてしまう発想が、Griesbaum 共オゾン分解である。O-メチルオキシムをオゾン分解してカルボニルオキシドを発生させ、系中に共存させた別のケトンで捕捉すると、四置換の 1,2,4-トリオキソランが単離可能な形で得られる[27]。
Vennerstrom らはこの手法でアダマンタノン由来のジスピロトリオキソラン群(”OZ” シリーズ)を合成し、arterolane(OZ277)とartefenomel(OZ439)という合成ペルオキシド抗マラリア薬に到達した[28,29]。arterolane はピペラキンとの配合剤としてインドで承認されている。アルテミシニンの 1,2,4-トリオキサンに代わる合成的にアクセスしやすいペルオキシド、という位置づけである。2025 年には共オゾン分解の 30 年を総括した総説も出ている[27]。
脱アルケン化(dealkenylative functionalization)
2020 年代に入って現れた、オゾン分解の最も大きな用途拡張がこれである。メタノール中でオゾン分解して α-メトキシヒドロペルオキシドを作り、これを Fe(II)(+ビタミンC などの還元剤)で還元的に開裂させると、C(sp³) アルキルラジカルが発生する[33]。そのラジカルを各種ラジカルアクセプターで捕捉することで、アルケンの C(sp³)–C(sp²) 結合を C(sp³)–X 結合(ハロゲン、アルキニル、アジド等)に置き換えられる[34]。

論文[33]より引用
テルペン類のように天然に豊富なアルケンを、そのままアルキル化剤の原料として使える点が強力である。ただし前述のとおり、アミン・アリルアルコール・電子豊富芳香環を含む基質ではオゾン分解段階でつまずく。Kwon らはこれに対し、アミンを in situ でプロトン化する/アリルアルコールをアシル化しておく/オゾン当量を厳密に制御するという3つの実務的な対処を示している[35]。それでも困難な基質群については、オゾン分解自体を Isayama–Mukaiyama ペルオキシ化で置き換える解答も提示されている[36]。この一連の展開は Kwon らのアカウント[37]にまとめられている。
全合成での使用(2020–2025)
「古い反応」という印象に反して、オゾン分解は現在も現役である。2020–2025 年の全合成を対象とした酸化反応の総説[42]では、Carreira らによる (−)-ノボフミガトニンの初の不斉全合成(2025)において、中間体の三重オゾン分解によりジケトヘミアセタールの形で一挙に4つのカルボニル基を導入した例が筆頭に挙げられている。同総説には neaumycin B(3回のオゾン分解)、strasseriolide 類(2回)、batrachotoxin、vilmoraconitine、daphnilongeranin A/calyciphylline A など、複数の全合成でオゾン分解が使われていることが記載されている。
工業プロセス
オレイン酸のオゾン分解+酸化によりアゼライン酸(C9 二酸)とペラルゴン酸(C9 一酸)を製造するプロセスは、1953 年に連続オゾンプラントとして稼働して以来、今日まで最大級の工業的オゾン利用である。近年は安全性とエネルギー消費の観点から、タングステン酸/H₂O₂ → Co/O₂ の二段酸化開裂への置き換えが検討されている。
実験手順
標準的な実施例:バッチ・還元的後処理
- 基質を無水 CH₂Cl₂(または CH₂Cl₂/MeOH)に溶かし、指示薬として Sudan Red III を微量(数 mg/数百 mg 基質)加える。
- ドライアイス/アセトン浴で −78 ℃ に冷却する。
- 酸素を流しながらオゾン発生器を起動し、O₃/O₂ 流を溶液中に吹き込む。排ガスは KI 水溶液のトラップに通す。
- 赤色が消えて青紫色に変わったら直ちに吹き込みを止める。オゾンは指示薬より目的アルケンと速く反応するため、変色=目的物の消費完了の指標になる[14]。
- 過剰のオゾンを追い出すため、窒素またはアルゴンを 5〜10 分吹き込む(この操作を省くと後処理時に発熱する)。
- −78 ℃ のまま還元剤を加える。Me₂S、PPh₃、Zn/AcOH、チオ尿素などから選ぶ。加え終えたらゆっくり室温まで戻し、撹拌を続ける。
- 濃縮前に過酸化物試験紙で陰性を確認する。陽性なら還元剤を追加して撹拌を続ける。
- 通常の水系後処理・カラムクロマトグラフィーで精製する。
変法A:オゾニドを経ない「還元的オゾン分解」
アミン N-オキシド(NMO、DABCO-N-オキシド等)を系中に共存させてオゾン分解すると、カルボニルオキシドが N-オキシドに捕捉され、両性イオン中間体を経て直接アルデヒドが生成する[11]。オゾニドをほとんど作らないため、危険な過酸化物の蓄積を避けられるのが利点である。副生物は一重項酸素とアミン。同じ考え方で、ピリジンが還元的オゾン分解の有機触媒として働くことも示されている[12]。
変法B:含水溶媒/水中
有機溶媒に水を共溶媒として加えると、カルボニルオキシドが水に捕捉されて自発的に分解し、別途の還元剤なしでアルデヒド・ケトンが得られる[13]。さらに NaClO₂ を続けて加えれば、ワンポットでカルボン酸まで持っていける[15]。DMS の悪臭や PPh₃O の除去といった後処理の面倒がなくなるので、試す価値は高い。
界面活性剤を使って水中で行う系も報告されており、その際は低起泡性の界面活性剤を選ぶことで泡立ちを抑えられる[16]。
変法C:連続フロー
オゾニドの系内滞留量を最小に保てるため、スケールアップの標準的な解答となっている。
- ラボスケールのフロー装置でオゾン分解とクエンチの両方をフローで行う[19]
- Teflon AF-2400 半透膜で気液を接触させる方式
- in situ FTIR・熱量測定・計算化学を組み合わせて設計した CSTR とバブル反応器により 2.5 kg 製造を達成した例[20]
- 加圧下の連続フローによる β-ピネンのスケールアップ[21]
- 溶媒ごとのオゾン溶解度と反応速度を rapid-injection NMR で実測し、均一系フロー反応器を設計した研究[22]
変法D:バッチでのスケールアップ
3 kg 規模のオゾン分解を、NaHSO₃ 水溶液による後処理で重亜硫酸付加体として単離し、そのまま還元的アミノ化に用いた例が報告されている[18]。安全性評価と熱量測定を伴った実例として参考になる。
実験のコツ・テクニック
- ⚠ 終点判定に「青色」だけを頼らない。 オゾンが飽和すると溶液が青く着色する、という指標は古典的に知られているが、この着色は低温かつ一部の溶媒でのみ観測されることが指摘されている[40]。より確実な代替が2つある。
- 排ガスを KI 水溶液に通す。 過剰のオゾンがヨウ化物を酸化してヨウ素が遊離し、紫色になる。
- Sudan Red III を系内に入れる。 オゾンはこの色素より目的アルケンと速く反応するため、赤→青紫の変色が「目的物を消費し終えた」合図になる[14]。過剰オゾン化による過酸化を防げる。
- ⚠ オゾニドを単離しない。 中間体のオゾニド(1,2,4-トリオキソラン)は爆発性で、固体状態では特に不安定である。さらに副生する 1,2,4,5-テトラオキサンはより危険である。「安定そうに見える」ことは単離してよい理由にならない。
- ⚠ 過酸化物を残したまま濃縮しない。 減圧濃縮は過酸化物を濃縮する操作でもある。濃縮前に必ず過酸化物試験紙で陰性を確認する。
- ⚠ オゾンは強い毒性を持つ。 必ずドラフト内で行い、排オゾンは分解触媒または KI トラップで処理する。オゾン検知器を併用したい。装置の耐オゾン性(配管・ガスケット)にも注意。
- 後処理試薬の選び方。
- Me₂S: 古典的で確実だが強烈な悪臭。共通設備では周囲への影響を考えたい。
- PPh₃: 臭いはないが PPh₃O の除去がやや面倒。
- Zn/AcOH: 不均一系で扱いやすいが、酸に弱い基質には不向き。
- チオ尿素: 水溶性で除去が容易。
- NaBH₄: アルデヒドを取らずアルコールまで一気に行きたいとき。
- いずれも「加えたら反応が終わる」わけではなく、残存過酸化物の確認が本体と考えたほうがよい[11,12]。
- 溶媒で生成物が変わる。 MeOH 中では二次オゾニドではなく α-メトキシヒドロペルオキシドができる。これを知らずに「オゾニドを還元するつもり」で条件を組むと合わない。逆に、脱アルケン化を狙うなら MeOH が必須になる[33–36]。
- オゾン当量を制御する。 「変色するまで吹き込む」は事実上の当量制御になっていない。基質に酸化されやすい官能基がある場合は、フローや溶存オゾン濃度の管理により当量を切って使うほうがよい[22,35]。
- 競合する官能基を先に潰す。 アミンはプロトン化(塩にする)、アリルアルコールはアシル化しておくと、オゾン分解段階の副反応を抑えられる[35]。
- スケールアップでは酸素濃度も管理対象。 公開されているプロセス開発例では、混合物の限界酸素濃度(LOC)を実測したうえでその半分程度の酸素濃度で運転し、O₃/O₂ 流を窒素で希釈する設計が採られている。ヘッドスペースのオゾン濃度上昇を終点指標にする、という発想も実用的である。医薬品原料(β-ピネン)を対象としたリスク評価と安全性評価の実例も公開されている[23]。
- kg 以上を狙うならフローを前提に設計する。 バッチでの実施例[18]も熱量測定を伴えば可能だが、オゾニドの滞留量を減らせるフローのほうが本質的に安全である[19–21]。
参考文献
【原著・歴史】
- Harries, C. Justus Liebigs Ann. Chem. 1905, 343, 311–344. DOI: https://doi.org/10.1002/jlac.19053430209 (原報。オゾンの有機化合物への作用)
- Rubin, M. B. Helv. Chim. Acta 2003, 86, 930–940. DOI: https://doi.org/10.1002/hlca.200390111 (オゾンの歴史 Part III。Harries による有機化学への導入)
【機構】
- Criegee, R. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1975, 14, 745–752. DOI: https://doi.org/10.1002/anie.197507451 (機構の古典)
- Geletneky, C.; Berger, S. Eur. J. Org. Chem. 1998, 1998, 1625–1627. (¹⁷O NMR による機構の再検証)
- Taatjes, C. A. et al. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 11883–11885. (気相 CH₂OO の初の直接観測)
- Welz, O.; Savee, J. D.; Osborn, D. L.; Vasu, S. S.; Percival, C. J.; Shallcross, D. E.; Taatjes, C. A. Science 2012, 335, 204–207. DOI: https://doi.org/10.1126/science.1213229 (Criegee 中間体の初の直接速度論。SO₂・NO₂ との反応が従来推定の 50〜10,000 倍速い)
- Su, Y.-T.; Huang, Y.-H.; Witek, H. A.; Lee, Y.-P. Science 2013, 340, 174–176. (CH₂OO の赤外吸収スペクトル)
- Nat. Commun. 2025, 16. DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-025-61739-5 (エチレンのオゾン分解系での CH₂OO 直接定量)
- Hassan, Z.; Stahlberger, M.; Rosenbaum, N.; Bräse, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 15138–15152. DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202014974 (合成化学者向けの Criegee 中間体総説)
- Jung, M. E.; Davidov, P. Org. Lett. 2001, 3, 627–629. DOI: https://doi.org/10.1021/ol010005g (モルオゾニド捕捉の直接証拠)
【変法・改良法】
- Schwartz, C.; Raible, J.; Mott, K.; Dussault, P. H. Org. Lett. 2006, 8, 3199–3201. DOI: https://doi.org/10.1021/ol061001k (アミン N-オキシドによるカルボニルオキシドの開裂=オゾニドを経ない還元的オゾン分解)
- Willand-Charnley, R.; Fisher, T. J.; Johnson, B. M.; Dussault, P. H. Org. Lett. 2012, 14, 2242–2245. (ピリジンは還元的オゾン分解の有機触媒)
- Schiaffo, C. E.; Dussault, P. H. J. Org. Chem. 2008, 73, 4688–4690. DOI: https://doi.org/10.1021/jo800323x (溶媒/水混合系での直接カルボニル化)
- Veysoglu, T.; Mitscher, L. A.; Swayze, J. K. Synthesis 1980, 807–810. (Sudan Red III による選択的オゾン化の制御)
- Cochran, B. M. Synlett 2016, 27, 245–248. (テレスコープ型オゾン分解–酸化によるカルボン酸合成)
- Buntasan, S.; Hayashi, J.; Saetung, P.; Klumphu, P.; Vilaivan, T.; Padungros, P. J. Org. Chem. 2022, 87, 6525–6540. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.1c02539 (水中オゾン分解と起泡の抑制)
- Alterman, J. L.; Vang, D. X.; Stroud, M. R.; Halverson, L. J.; Kraus, G. A. Org. Lett. 2020, 22, 7424–7426. https://doi.org/10.1021/acs.orglett.0c02182(アルキンのオゾン分解による α-ジケトン合成)
【スケールアップ・フロー・プロセス安全】
- Ragan, J. A.; am Ende, D. J.; Brenek, S. J.; Eisenbeis, S. A.; Singer, R. A.; Tickner, D. L.; Weston, N. Org. Process Res. Dev. 2003, 7, 155–160. DOI: https://doi.org/10.1021/op0202235 (3 kg 規模。NaHSO₃ 後処理で重亜硫酸付加体として単離)
- Irfan, M.; Glasnov, T. N.; Kappe, C. O. Org. Lett. 2011, 13, 984–987. DOI: https://doi.org/10.1021/ol102984h (ラボスケール連続フロー。オゾン分解とクエンチの両方をフローで)
- Allian, A. D.; Richter, S. M.; Kallemeyn, J. M.; Robbins, T. A.; Kishore, V. Org. Process Res. Dev. 2011, 15, 91–97. DOI: https://doi.org/10.1021/op100249z (in situ FTIR・熱量測定・計算化学に基づく連続プロセス開発。2.5 kg 製造)
- Vaz, M.; Courboin, D.; Winter, M.; Roth, P. M. C. Org. Process Res. Dev. 2021, 25, 1589–1597. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.oprd.1c00008 (加圧連続フローによる β-ピネンのスケールアップ)
- Arriaga, D. K.; Kang, S.; Thomas, A. A. J. Org. Chem. 2023, 88, 13720–13726. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.joc.3c01372 (溶媒によるオゾン溶解度と反応速度の実測、均一系フロー設計)
- Hida, T.; Kikuchi, J.; Kakinuma, M.; Nogusa, H. Org. Process Res. Dev. 2010. DOI: https://doi.org/10.1021/op100065d (β-ピネンのオゾン分解のリスク評価・安全性評価)
【ドライオゾン化(シリカゲル担持)】
- Cohen, Z.; Keinan, E.; Mazur, Y.; Varkony, T. H. J. Org. Chem. 1975, 40, 2141–2142. (シリカゲル上での立体選択的水酸化)
- Keinan, E.; Mazur, Y. J. Org. Chem. 1977, 42, 844. (一級アミンからニトロ化合物へ)
- Skrotzki, E. A.; Vandavasi, J. K.; Newman, S. G. J. Org. Chem. 2021, 86, 14169–14176. (無溶媒・充填層フローによる現代版)
【Griesbaum 共オゾン分解・抗マラリア薬】
- RSC Adv. 2025, 15, 34340–34361. DOI: https://doi.org/10.1039/D5RA05620A (共オゾン分解の30年 1995–2025 総説。オープンアクセス)
- Dong, Y. et al. J. Org. Chem. 2005, 70, 5103. DOI: https://doi.org/10.1021/jo040171c (四置換オゾニドの合成、ジアステレオ選択性、後変換)
- J. Med. Chem. 2017, 60, 2651–2653. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.7b00299 (artefenomel (OZ439) の発見)
【代替法(オゾンを使わないアルケン開裂)】
- Hussain, W. A.; Parasram, M. Synthesis 2024, 56, 1775–1786. DOI: https://doi.org/10.1055/s-0042-1751534 (光誘起アルケン酸化開裂の総説)
- Wise, D. E.; Gogarnoiu, E. S.; Duke, A. D.; Paolillo, J. M.; Vacala, T. L.; Hussain, W. A.; Parasram, M. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 15437–15442. DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.2c05648 (光励起ニトロアレーンによる嫌気的アルケン開裂)
- Koronatov, A.; Sakharov, P.; Ranolia, D.; Kaushansky, A.; Fridman, N.; Gandelman, M. Nat. Chem. 2025, 17, 101–110. DOI: https://doi.org/10.1038/s41557-024-01653-3 (トリアゼノリシス=オゾン分解のアザ版)
【脱アルケン化(dealkenylative functionalization)】
- Dehnert, B. W.; Dworkin, J. H.; Kwon, O. Synthesis 2024, 56, 71–86. DOI: https://doi.org/10.1055/a-2044-4571 (総説)
- Dworkin, J. H. et al. Org. Lett. 2024, 26, 10921–10927. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.orglett.4c04084 (ハロ脱アルケン化。γ-トコフェロールの形式合成)
- Dworkin, J. H.; Chen, Z. M.; Prout, E. S.; Kwon, O. Org. Lett. 2025, 27, 7833–7839. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.orglett.5c02076 (アミン・アリルアルコール・電子豊富芳香環を持つ基質への対処)
- Dworkin, J. H.; Chen, Z. M.; Cheasty, K. C.; Rubio, A. V.; Kwon, O. J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 13531–13544. DOI: https://doi.org/10.1021/jacs.5c00540 (オゾン分解の限界を Isayama–Mukaiyama ペルオキシ化で代替)
- Šimek, M.; Dworkin, J. H.; Kwon, O. Acc. Chem. Res. 2025, 58, 1547–1561. DOI: https://doi.org/10.1021/acs.accounts.5c00156 (アルケン・ケトンの C(sp³)–C(sp²) 開裂による合成)
【総説】
- Bailey, P. S. Chem. Rev. 1958, 58, 925–1010. DOI: https://doi.org/10.1021/cr50023a005 (古典的総説)
- Van Ornum, S. G.; Champeau, R. M.; Pariza, R. Chem. Rev. 2006, 106, 2990–3001. DOI: https://doi.org/10.1021/cr040682z (医薬合成におけるオゾン分解の応用)
- Fisher, T. J.; Dussault, P. H. Tetrahedron 2017, 73, 4233–4258. DOI: https://doi.org/10.1016/j.tet.2017.03.039 (実務の決定版。適用範囲・プロトコル・技術・他の酸化との比較・安全)
- Audran, G.; Marque, S. R. A.; Santelli, M. Tetrahedron 2018, 74, 6221–6261. DOI: https://doi.org/10.1016/j.tet.2018.09.023 (オゾンの化学反応性と生物学的機能)
- Zheng, J.-F.; Chen, A.; Gao, Y.-J.; Huang, P.-Q. Org. Chem. Front. 2026, 13, 2919. DOI: https://doi.org/10.1039/D6QO00050A (2020–2025 の全合成における酸化反応。オゾン分解の使用例が多数)
関連反応
- クリーギー グリコール酸化開裂 Criegee Glycol Oxidative Cleavage
- マラプラード グリコール酸化開裂 Malaprade Glycol Oxidative Cleavage
- 四酸化ルテニウム Ruthenium Tetroxide (RuO₄)
- 1,3-双極子付加環化反応 1,3-Dipolar Cycloaddition
- ニトリルオキシドの1,3-双極子付加環化 1,3-Dipolar Cycloaddition of Nitrile Oxide
- 一重項酸素 Singlet Oxygen
- バルビエ・ウィーランド分解 Barbier-Wieland Degradation
- マクマリーカップリング McMurry Coupling
外部リンク
-
- Ozonolysis – Wikipedia(英語)
- オゾン酸化 – Wikipedia(日本語)
- Griesbaum coozonolysis – Wikipedia(英語)
- Carl Harries – Wikipedia(英語)
- Ozonolysis – Criegee Mechanism(organic-chemistry.org)
- Ozone(organic-chemistry.org) — 近年の関連論文がまとめられている
- Alkene ozonolysis in the academic lab(P. H. Dussault, UNL Digital Commons) — 研究室でオゾン分解を行う際の安全と実務。終点判定の色変化についての注意
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