[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

人工DNAを複製可能な生物ができた!

[スポンサーリンク]

 

先日の「つぶやき」で、ポリメラーゼで高精度複製可能な人工DNA塩基対の創製と、天然を凌駕する人工核酸アプタマーの創製に関する研究をご紹介しました。いずれも『DNA塩基の種類を増やすことで、自然界に無い機能拡張を行える』という仮説に端を発した取り組みです。

とはいえ、これらのお話は全て試験管内(in vitro)で行われたもの。次なる目標は、いよいよ生命体内部(in vivo)で人工DNAの複製を行わせることにあります。

このたび米国スクリプス研究所・Romesberg率いる研究チームが、人工塩基対含有DNAを複製可能とする大腸菌の創製に成功し、見事Nature掲載の栄誉を獲得しました[1]。

 

世界最先端で繰り広げられる競争

以前紹介した平尾グループと今回の主役・Romesbergグループは、いずれも高性能な人工塩基対を独自開発しています。

artificalBP_repli_2.gif

Romesbergらの開発したd5SICS-dNaM塩基対[2]は、平尾らのDs-Px塩基対[3]とほぼ同等の複製精度(PCR複製時 99.9%/cycle)を誇るものです。ここまで来るのに10数年を要している事情も、平尾グループと同じです(参考:Romesberg Lab のページ)。この水準に到達しえた研究室は世界を見ても3つしかない[2-4]そうで、高性能塩基対の創製だけでもいかに大変な仕事かが分かると思います。

いずれのチームも次なる課題を「生体内での人工塩基対複製」に定めていた状況といえますが、今回はRomesbergチームが先んじた結果となりました。

 

そもそも人工DNAは本当にコピーされるのだろうか?

試験管内でコピー可能であることは既に実証済みです。しかしこれを細胞内でやろうとすると、以下の通り数々の問題に直面します。

①人工塩基(三リン酸体)はDNA複製条件で安定なのか?
②人工塩基はすんなり細胞内に取り込まれるのか?
③内在性のポリメラーゼは、人工塩基を用いてDNA複製を行えるのか?
④人工塩基対はミスマッチ修復機構に耐えるのか?

自然界に存在しない塩基対を複製させる都合上、そこら辺に存在している生物をそのまま使うことは難しい事情がありました。そこで彼らは合成生物学の手法を用い、研究用にフルカスタマイズした半合成大腸菌を用意しています。その半合成大腸菌は見事①~④の問題を乗り越え、高精度で人工DNAを複製できることがわかりました。

artificalBP_repli_3.gif

d5SICS-dNaM塩基対を1対含むプラスミドDNAを改変菌に組み込み、15時間培養する。
約24回の細胞分裂後、99.4%/分裂の精度で人工塩基対が複製される。

 

さらには、人工塩基の外部供給を断って培養を続けると、DNAに含まれる人工塩基対が徐々に天然型に置き換わっていく様子も観測されました。

人工塩基という”エサ”の供給が必須というわけですが、これを彼らはデメリットとして捉えず、

・人工塩基の供給を断てば天然型生物に復帰しうる=漏洩時の影響が最小限で済む
・人工塩基がある条件だけで発現するような生物機能をデザインできる

として、あくまでポジティブな可能性を見いだしています。

数々のノウハウに基づく緻密な設計はもちろん、あらゆる観点からのデータ積み増し・問題解決が図られています。たとえば問題②は藻類由来のトランスポーターを菌に発現させるアイデアを持ち込んで解決しています。細かく見ていくとキリが無いので、詳細は論文[1]をご覧ください。

他の研究室があっさり真似できる仕事ではおよそなく、長年にわたる地道な蓄積あっての成果であることは間違いありません。

 

まだまだ先は長い人工DNA研究

artificalBP_repli_4.jpg

科学者が長年追い求めた一つの到達点=「生命体内で人工DNAの複製が行えること」が見事実証されました。人工DNA研究における大きな壁を越えた、素晴らしい成果と言えるでしょう。

となれば早速、「次なる目標は?」という問いも出てきます。

これについては細胞内で人工DNA→RNAへ転写を実現することが妥当な目標設定とされています。試験管内では既に実証済みであるため、細胞内でも遠からず達成されると思います。

それが実現できた暁には、

・人工RNA→タンパク質への翻訳を実現する
・人工DNAに非天然アミノ酸を割り当て、非天然型タンパク質を産生する
・天然を凌駕する機能を持った人工タンパク質をつくる

という順を追って発展を遂げていくのでしょう。長い長い道のりですが、その先には無限の応用が待っています。

究極目標たる「人工生命体」の創製を目指し、研究者の歩みは止まることがありません。化学と生物・人工と天然が交わる領域の一つとして、今後ますますの発展が楽しみな分野です。

 

関連動画

 

関連文献

  1.  (a) “A semi-synthetic organism with an expanded genetic alphabet” Romesberg, F. E. et al. Nature 2014, 509, 385. doi:10.1038/nature13314 (b) “New letters for life’s alphabet” Nature 2014, 509, 291. doi:10.1038/nature13335
  2. “Efficient and sequence-independent replication of DNA containing a third base pair establishes a functional six-letter genetic alphabet” Romesberg, F. E. et al. PNAS 2012, 109, 12005. doi:10.1073/pnas.1205176109
  3. “Highly specific unnatural base pair systems as a third base pair for PCR amplification” Hirao, I. et al. Nucleic Acids Res. 2012, 40, 2793. doi: 10.1093/nar/gkr1068
  4. “Amplification, Mutation, and Sequencing of a Six-Letter Synthetic Genetic System” Benner, S. A. et al. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 15105. DOI: 10.1021/ja204910n

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4062574721″ locale=”JP” title=”DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)”][amazonjs asin=”0849314267″ locale=”JP” title=”Artificial DNA: Methods and Applications”]

 

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. むずかしいことば?
  2. 【速報】2018年ノーベル化学賞は「進化分子工学研究への貢献」に…
  3. 水が決め手!構造が変わる超分子ケージ
  4. 卒論・修論にむけて〜わかりやすく伝わる文章を書こう!〜
  5. マテリアルズ・インフォマティクスに欠かせないデータ整理の進め方と…
  6. 有機合成化学総合講演会@静岡県立大
  7. ケムステV年末ライブ & V忘年会2021を開催します…
  8. 不安定さが取り柄!1,2,3-シクロヘキサトリエンの多彩な反応

注目情報

ピックアップ記事

  1. アミロイド認識で活性を示す光触媒の開発:アルツハイマー病の新しい治療法へ
  2. メビウス芳香族性 Mobius aromacity
  3. 顕微鏡で有機化合物のカタチを決める!
  4. START your chemi-story あなたの化学を探す 研究職限定 キャリアマッチングLIVE
  5. 化学大手、原油高で原料多様化・ナフサ依存下げる
  6. キムワイプLINEスタンプを使ってみよう!
  7. ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感度センシング
  8. 半導体ナノ結晶に配位した芳香族系有機化合物が可視光線で可逆的に脱離する機構を解明!
  9. 製薬各社の被災状況②
  10. 菌・カビを知る・防ぐ60の知恵―プロ直伝 防菌・防カビの新常識

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年6月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP