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化学者のつぶやき

不安定さが取り柄!1,2,3-シクロヘキサトリエンの多彩な反応

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1,2,3-シクロヘキサトリエンおよびその類縁体の多彩な付加反応、挿入反応が報告された。シリル置換の環状トリエンでは位置選択性が発現する。1,2,3-シクロヘキサトリエンの反応で得られる生成物はジエンであり、複雑な骨格を簡便に合成できる。

1,2,3-シクロヘキサトリエン

ベンゼン(1)とその異性体は共鳴理論や芳香族性の発見、合成手法の確立など有機化学に多大な進歩をもたらしてきた[1]。デュワーベンゼン(2)やプリズマン(3)などのベンゼンの異性体は歪んだ構造をもち、興味深い研究対象となってきた[2]。1,2,3-シクロヘキサトリエン(4)もこれら歪んだ異性体の一つであるが23と比べて研究例は少ない。4はベンゼン(1)に比べ、101 kcal/mol高い自由エネルギーをもつ(図1A)。6員環に直線構造をもつクムレンを含む点で、4はアライン5や環状アレン6と密接な関係にある。56は歪んだ構造に起因する高い反応性を示すことが多く研究されてきた[3]。しかし、4については未解明な部分が多く、その反応例はJohnsonやPaquetteらが報告したイソベンゾフランやシクロペンタジエンとの[4+2]付加環化と、斎藤らが報告したニトロンとの付加環化のみ知られる[4]。また、4の類縁体に関しては、反応例はおろか合成例も未だ報告されていない(図1B)。

今回、著者らは4およびその類縁体の反応性を実験化学的かつ計算化学的に調査した(図1C)。(4+2), (3+2), (2+2)などの環化付加に加え、求核付加やσ結合挿入反応などが進行することを明らかにした。シリル置換された非対称の1,2,3-シクロヘキサトリエンに対する位置選択的反応や、さらには得られる生成物(1,3-ジエン)の変換もなされている。

図1. (A) C6H6: ベンゼンと歪んだ異性体 (B) 歪んだ環状中間体 (C) 本研究

 

” Strain-promoted reactions of 1,2,3-cyclohexatriene and its derivatives “

Kelleghan, A. V.; Bulger, A. S.; Witkowski, D. C.; Garg, N. K. Nature 2023, 618,748–754.

DOI: 10.1038/s41586-023-06075-8

 

論文著者の紹介

研究者 Neil K. Garg (研究室HPケムステ)
研究者の経歴:
2000 B.Sc. New York University, USA (Prof. Mark A. Walters)
2005 Ph.D. California Institute of Technology, USA (Prof. Brian M. Stoltz)
2005–2007 Postdoc, The University of California, Irvine, USA (Prof. Larry E. Overman)
2007–2012 Assistant Professor, University of California, Los Angeles, USA
2012–2013 Associate Professor, University of California, Los Angeles, USA
2013– Professor, University of California, Los Angeles, USA

研究内容:金属触媒を用いたクロスカップリング反応、アラインや環状アレンを用いる反応開発、天然物合成

論文の概要

著者らはまず、シリルトリフラート77’をトリエン前駆体に用い、無置換トリエン4と二置換トリエン4の生成および捕捉を試みた(図2A)。検討の結果、THFもしくはアセトニトリル中、フッ化セシウムとフッ化物可溶化剤にnBu4NOTfを用いて77′を反応させると、4もしくは4’の生成、続くジメチルフラン8aとの(4+2)環化付加反応が進行して良好な収率で環化付加体11aが得られることがわかった。同条件下、ケテンアセタール8bとの(2+2)環化付加、アゾメチンイミン8cとの(3+2)環化付加、フェノキシド9の求核付加も進行した。また、マロン酸エステル104’と反応させると炭素-炭素σ結合挿入反応が進行し13が得られた。これらの結果から1,2,3-環状トリエンがアラインに類似した反応性をもつことが示唆された[5]。また、これらの反応で得られる生成物は共役ジエンであり、例えばマレイミドAとのDiels–Alderや環状アレンBとの(2+2)環化付加により複雑な構造をもつ化合物へ変換できることも示された。

一置換環状トリエンを反応させた場合、反応位置の異なる異性体が生じうる。著者らはシリル置換環状トリエンを用いて位置選択性を調査した[6]16の捕捉実験を試みたところ、エナミン18のような嵩高い求核剤ではC3位選択的に付加反応が進行し、19を与えた(図2B)。対照的に立体障害の小さいフェノキシド9ではC2位付加体20が選択的に得られた。DFT計算の結果、16のC2位、C3位の結合角がそれぞれ146°、118°と4のsp炭素まわりの結合角(131°)から大きく歪んでいること、16のC2、C3位の電荷がそれぞれわずかに正および負に偏ることが見積もられた。これらの実験および計算の結果から、16の反応性はシリル置換アラインと類似することがわかった (詳細は論文参照)。

図2. (A) 基質適用範囲 (B)シリル置換1,2,3-シクロヘキサトリエン16の位置選択的な反応 (論文より引用、一部改変)

以上、1,2,3-シクロヘキサトリエン(4)および類縁体の高い反応性を生かした種々の付加反応および挿入反応が見いだされた。これまで看過されてきたベンゼンの異性体である4が、有機合成の表舞台に立つ契機となる論文となるかもしれない。

参考文献

  1. a) Slater, J. C. Directed Valence in Polyatomic Molecules. Chem. Rev. 1931, 37, 481–489. DOI: 10.1103/PhysRev.37.481. b) Pauling, L.; Wheland, G. W. The Nature of the Chemical Bond. V. The Quantum‐mechanical Calculation of the Resonance Energy of Benzene and Naphthalene and the Hydrocarbon Free Radicals. J. Chem. Phys. 1933, 1, 362–374. DOI: 10.1063/1.1749304. c) Pauling, L. The Theory of Resonance in Chemistry. Proc. R. Soc. Lond. A 1977, 356, 433–441. DOI: 10.1098/rspa.1977.0143.
  2. a) van Tamelen, E. E.; Pappas, S. P. Bicyclo[2.2.0]hexa-2,5-diene. J. Am. Chem. Soc. 1963, 85, 3297–3298. DOI: 10.1021/ja00903a056. b) Katz, T. J.; Acton, Nancy. Synthesis of Prismane. J. Am. Chem. Soc. 1973, 95, 2738–2739. DOI: 10.1021/ja00789a084.
  3. Shi, J.; Li, L.; Li, Y. o-Silylaryl Triflates: A Journey of Kobayashi Aryne Precursors. Chem. Rev. 2021, 121, 3892–4044. DOI: 10.1021/acs.chemrev.0c01011.
  4. a) Shakespeare, W. C.; Johnson, R. P. 1,2,3-Cyclohexatriene and Cyclohexen-3-Yne: Two New Highly Strained C6H6 J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 8578–8579. DOI: 10.1021/ja00179a050. b) Hickey, E. R.; Paquette, L. A. Torsional Angle Decompression is not The Source of Facial Selectivity in Diels-Alder Cycloadditions Involving Cyclic Dienes Fused to Bicyclic Frameworks. The Case Study of 1,2,3,4,6,7-Hexahydro-1,4-methanonaphthalene.Tetrahedron Lett. 1994, 35, 2309–2312. DOI: 10.1016/0040-4039(94)85206-5. c) Hickey, E. R.; Paquette, L. A. Experimental and Theoretical Analysis of the Effects of Strain Diminution on the Stereoselectivity of Dienophilic Capture by π-Facially Nonequivalent Homologs of Isodicyclopentadiene. J. Am. Chem. Soc. 1995, 117, 163–176. DOI: 10.1021/ja00106a020. d) Burrell, R. C.; Daoust, K. J.; Bradley, A. Z.; DiRico, K. J.; Johnson, R. P. Strained Cyclic Cumulene Intermediates in Diels–Alder Cycloadditions of Enynes and Diynes. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 4218–4219. DOI: 10.1021/ja9601144. e) Sakura, M.; Ando, S.; Hattori, A.; Saito, K. Reaction of Cyclohexa-1,2,3-triene with N,α-Diphenylnitrone: Formation of Seven-membered Cyclic Amines via Piradone Derivatives. Heterocycles 1999, 51, 547. DOI: 10.3987/COM-98-8395.
  5. Asamdi, M.; Chikhalia, K. H. Aryne Insertion into σ Bonds. Asian J. Org. Chem. 2017, 6, 1331–1348. DOI: 1002/ajoc.201700284.
  6. Bronner, S. M.; Mackey, J. L.; Houk, K. N.; Garg, N. K. Steric Effects Compete with Aryne Distortion To Control Regioselectivities of Nucleophilic Additions to 3-Silylarynes. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 13966–13969. DOI: 10.1021/ja306723r.
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