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スポットライトリサーチ

ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感度センシング

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第493回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 材料系 早水研究室の本間 千柊(ほんま ちしゅう)さんにお願いしました。

早水研究室では生体分子と無機物である固体とで形成される界面を専門としています。具体的には生体分子としてペプチドを利用し、その無機固体表面での自己組織化を研究しています。これまで、グラフェンに代表される2次元ナノ材料の表面で自己組織化するペプチドの開発を行ってきました。またグラフェンや二硫化モリブデンは、その特異な電子物性からペプチドと固体表面の電子的な相互作用を観測する最適な材料として、これまで重点的に研究を行ってきました。

本プレスリリースの研究内容は、グラフェンを使用した匂いセンサについてです。グラフェン電界効果トランジスタ(GFET)を用いたガスセンシングは、その高い感度から、各産業分野で匂い分子を検出するシステムとして期待が広がっています。実用的化には高感度で標的選択性の高いだけでなく安価で安定に動作するセンサの実現が必要です。これまで、生物の嗅覚受容体タンパク質を使用して、匂い分子を高感度かつ高選択に検出するグラフェンセンサが実現されていますが、センサを安価で安定動作させることが困難になるという問題が残されていました。本研究グループでは、グラファイトなどの層状物質の表面で稠密な秩序構造へと自己組織化するペプチドの開発とその評価を行ってきており、今回標的分子に特異的に反応する新規ペプチドを設計し、ペプチドを修飾したグラフェンセンサの特性解析を行いました。

この研究成果は、「Biosensors and Bioelectronics」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Designable peptides on graphene field-effect transistors for selective detection of odor molecules

Chishu Homma, Mirano Tsukiiwa, Hironaga Noguchi, Mina Okochi, Hideyuki Tomizawa, Yoshiaki Sugizaki, Atsunobu Isobayashi, Yuhei Hayamizu

Biosensors and Bioelectronics 224 (2023) 115047

DOI: doi.org/10.1016/j.bios.2022.115047

研究室を主宰されている早水裕平 准教授より本間さんについてコメントを頂戴いたしました!

本間千柊さんは卒業研究のテーマ設定で、ペプチドを用いた新規グラフェンバイオセンサの開発に取り組むことになりました。実は、この研究テーマは企業の皆さんとの共同研究プロジェクトの中で、私たちの研究室が貢献するまさに重要な部分を担っていました。私は、本間さんにその事実の詳細を告げぬまま、彼の卒論のテーマとして取り組んでもらいました。当初は、企業のプロの研究者の皆さんとのやり取りの中で、彼自身うまくできないと感じていた時期もあったかもしれませんが、コツコツと研究を進めていく中で、実力と自信を培っていってくれたと思います。今では、バイオセンサ研究は私たちの研究室のメインテーマの一つとして確立し、多くの学生が関連の研究に従事しており、国際共同研究にまで発展しています。今回の発表は、様々な匂い分子の検出に応用展開が可能な基盤技術を含んでいます。本間さんのような若い研究者の力で、今後ともセンサ界面の基礎研究から、その応用研究まで幅広い研究が進展していくことを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

人間の臭覚と同等の機能を持つ匂いセンサの開発は、人間の五感の中でも実現が難しく、さまざまな匂い分子に選択的かつ高感度に反応するセンサの開発が期待されています。グラフェン電界効果トランジスタ(GFET)を用いたセンシングは、その高い感度から匂いセンサとしての応用が注目されていますが、高感度で匂いを嗅ぎ分けられる実用的な匂いセンサの実現には、グラフェン表面の分子感応膜の開発が課題とされてきました。

本研究では、標的分子に特異的に反応する新規ペプチドを設計し、ペプチドを修飾したグラフェンセンサの特性解析を行いました。ペプチドは(1)足場ドメイン、(2)スペーサー、(3)バイオプローブドメインの3つのドメインに区切ることができます。足場ドメインは水溶液中で自発的に吸着・拡散し、分子間の相互作用によって表面に緻密な秩序構造を形成します(トップ画像)。本研究で使用したペプチドは、グラフェン表面で秩序ある均一なナノ構造を形成していることを原子間力顕微鏡によって観察しました(図a)。ペプチドでGFETを修飾し、植物由来の匂い分子であるリモネン、サリチル酸メチル、メントールへの応答を解析したところ、電気伝導度の時間変化から、それぞれのGFETが匂い分子に対して特異的な応答を示すことがわかりました(図b)。

(a) 本研究で使用したグラフェン電界効果トランジスタ(GFET)の概略図(上)および原子間力顕微鏡(AFM)によるグラフェンチャネル上におけるペプチド自己組織化構造の観察結果(下). (b) 3種類の標的分子の吸着および脱離による電気伝導度の時間変化.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究でセンサの標的とした分子はいずれも水への溶解性が低く、非常に低い濃度領域で検出しなければなりませんでした。そのため、得られる信号も非常に小さいでした。こういった小さな信号を解析するために、2つの工夫をしました。1つ目は実験系の改善です。電磁シールドを作製したり、測定プロトコルを改善したりすることでノイズレベルの小さい測定ができるように工夫し、S/Nの高い信号を得ることに成功しました。2つ目は、解析的なアプローチとして、主成分分析を用いました。得られた信号のさまざまな情報(任意の時間における信号強度など)を数値化し、多変量解析を行うことで、異なる標的分子に対する応答を主成分空間において区別することに成功しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

これまでに報告された液相中における匂いセンサの開発は、哺乳類の嗅神経細胞上に発現する嗅覚受容体(OR)とセンシングデバイスを組み合わせることで開発が行われてきました。しかし、ORの入手が困難であることや、長期的な安定性が低いことなどが開発の障害となっていました。また、任意のORを作り出して応用することはそう簡単ではなく、その結果、ほとんどの匂いセンサは、既知の数少ないORを使用して開発されてきました。また、タンパク質を用いたセンシングには長期安定性がないという課題もあります。本研究では、ORなどのタンパク質よりも大幅にアミノ酸の数が少ないペプチドを用いて上記課題の解決を試みました。匂い分子に対して特有の応答を示すペプチドを、化学合成によって任意のアミノ酸配列で合成できることから、多種多様な匂い分子に応答可能なセンサの開発が期待できます。さらに、タンパク質受容体に比べて長期安定性が高いと考えられるため、今後匂いセンサへの応用が広がることが期待できます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

純粋に化学が好きな人であり続けたいです。最近は、「意味」のある研究に目が行きがちですが、研究に対する熱意って必ずしもそれが発端ではないと思います。何か役に立つものを作ろうとか、世の中に貢献しようとか思いすぎてしまうと、時としてそれが自分自身のアイデアに制約をかけてしまう気がします。なので、何よりもまず、自分が楽しいと思える化学を突き詰めていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回の実験結果が無事まとまり、論文発表され、さらにはこのような形で自分の研究結果を紹介していただき、非常にありがたい気持ちでいっぱいです。読者の皆様にも、私の研究の楽しさを知っていただけたら幸いです!

今回の論文発表を経て分かったのは、研究ってすればするほどわからないことが増えていきます。でも、「わからない」ことって実はネガティブな意味ではなく、次の新しい科学の種としてポジティブにとらえることができます。それが科学の楽しいところであり、「ワクワク」するところですよね。これからもその「ワクワク」を存分に楽しんでいけたらいいなと思っています。

研究者の略歴

名前:本間千柊(ほんま ちしゅう)

所属:東京工業大学 物質理工学院 材料系

研究テーマ:グラフェン電界効果トランジスタを用いたバイオセンサの開発およびその信号伝達機構の解明

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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