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スポットライトリサーチ

半導体ナノ結晶に配位した芳香族系有機化合物が可視光線で可逆的に脱離する機構を解明!

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第532回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院 生命科学研究科 光機能物理化学研究室(小林研究室)の吉岡 大祐(よしおか だいすけ)さんにお願いしました。

小林研究室では、フェムト秒から秒オーダーの幅広い時間領域にわたる「時間分解分光」技術を積極的に活用し、有機分子、無機材料問わず、さまざまな材料を用いて物質の色、発光、化学反応などの新しい「光機能」を開拓する研究を行っています。具体的には、フォトクロミック材料、光エネルギー変換材料、光触媒材料などの中で革新的な光機能を創出することを目指して研究を行っています。

本プレスリリースの研究内容は、有機配位子の光脱離反応についてです。本研究グループでは、半導体ナノ結晶表面に機能性有機分子を配位した複合ナノ材料において、可視光線を照射することで有機分子が脱離し、その後数秒以上かけて再度表面に配位する現象を発見、解明しました。この研究成果は、「ACS Nano」誌に掲載され、supplementary coverにも採択されました。またプレスリリースに成果の概要が公開されています。

Quasi-Reversible Photoinduced Displacement of Aromatic Ligands from Semiconductor Nanocrystals

Daisuke Yoshioka, Yusuke Yoneda, I-Ya Chang, Hikaru Kuramochi, Kim Hyeon-Deuk*, and Yoichi Kobayashi*

DOI: doi.org/10.1021/acsnano.2c12578

研究室を主宰されている小林洋一 教授より吉岡さんについてコメントを頂戴いたしました!

吉岡大祐君は当研究室初の博士課程の学生であり、実は高校も同じ、軽音楽でベースもやっていたのも同じと、共通点の多い学生でもあります。彼の印象は、実験が非常に丁寧、粘り強い、普段落ち着いた雰囲気だが、飲むと科学に激アツ、といった感じです。既知の化合物とはいえ、有機化合物、ナノ結晶はそれぞれ合成方法、分析方法も全く異なるので、それらを作って同定するだけでも手間がかかったことかと思います。さらに、複数の機器を駆使した幅広い時間スケールの時間分解分光測定、他大の先生に行っていただいた実験や計算の総合的解釈まで行った今回の研究は、彼の粘り強い努力の賜物だと思います。思いもよらなかった新しい発見を彼と共有でき、本当に楽しかったです。ぜひ今後のさらなる研究展開期待しています!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

半導体ナノ結晶と芳香族有機配位子を組み合わせた複合ナノ材料は、近年光触媒やフォトンアップコンバージョンなどの分野で盛んに研究されています。一方、それらの研究では、光励起過程において有機配位子が安定にナノ結晶に配位していると暗に仮定しており、またナノ結晶の研究は40年以上に及ぶにもかかわらず、その詳細は全く分かっていませんでした。金属錯体では古くから光で脱離する配位子が知られており、近年ではナノ結晶においても、溶液中で配位子がナノ結晶表面への配位と脱離の熱平衡状態として存在することが明らかになっています。このような背景のもと、我々は光励起状態で脱離する配位子も存在するのではないか?と考え、研究に着手しました。

本研究では、硫化亜鉛(ZnS)ナノ結晶にペリレンビスイミド(PBI)を配位させた複合ナノ材料(PBI-ZnS)をモデル物質として合成し、その光励起状態をさまざまなレーザー分光測定や量子化学計算によって詳細に解析しました。その結果、PBIに可視光線を照射すると超高速の電子移動が起こり、PBIがナノ結晶表面から脱離することを明らかにしました(図1)。さらに、脱離したPBIとZnSナノ結晶は数秒以上のきわめて長寿命の電荷分離状態を形成し、その後再度ナノ結晶に配位することも明らかにしました。

図1.(a) PBIの分子構造; (b) PBI-ZnSにおける配位子可逆的な光脱離過程の反応機構

ナノ結晶表面の有機配位子は、ナノ結晶の分散性、触媒活性、電気伝導性、光機能など様々な機能に影響を与える重要な部位です。本研究で得られた知見は、光でそれらの機能を制御できる光触媒(図2)や、ナノ結晶フィルムの導電性回路の微細パターニング(図3)など、新たな光機能材料の開発に応用されることが期待されます。

図2.分散性・触媒活性・光機能を光で制御できる光触媒の概念図

図3.可視光による導電回路の微細パターニングの概念図

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

きわめて幅広い時間スケールの分光測定により、励起状態ダイナミクスから化学反応過程まで、包括的に明らかにしようと試みたことだと思います(図4)。これにより、可視光照射→超高速電子移動→配位子脱離→一部の脱離PBIが別のPBIと会合→系中への散逸による長寿命電荷状態の形成、の一連の流れを追跡することに成功しました。特に、これまでの半導体ナノ結晶の研究分野ではほとんど注目されていなかった秒オーダーの分光測定に(興味本位で)挑戦したことで、予想外の現象を見つけたときは非常に感動しました。

図4.幅広い時間スケールの過渡吸収スペクトル

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

脱離したPBIはラジカルアニオンであり、また生成濃度が低く、存在時間も数秒と短かったことから、その現象を分光学的に立証することが最も難しかったです。仮説を立て、それを示す実験証拠を集め、また別の実験を通じて反例の可能性を潰していく作業を何度も繰り返すのが大変でした。無機化合物と有機分子の複合材料は系が非常に複雑であり、単体の有機分子のようにパチッと分子骨格が決まらないため、どうしてもバッチごとに差が出てしまいます。そのため、「もしかしたら別の効果が原因かも?」と疑心暗鬼になる場面が多々あり、気になってなかなか眠れない夜もありました。しかし、心配ばかりしていてもしょうがないと割り切り、気になる部分を一つ一つ地道に検証し、何とか気合で乗り越えました(なにがなんでも検証するしかなかったが正しいですかね)。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

まだ研究を始めて数年しか経っていませんが、新しいことを見つけたときの感動を幸い経験できました。今後も自分の新しい発見がさらなる学問の研鑽に繋がると信じ、直向きに努力していきたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

「努力した者が成功するとは限らない。しかし、成功する者は皆努力している。」という名言を作曲家のベートーヴェンは残したらしいです。思い返してみると、今回の発見は「ちょっとこれも気になるし測っておくか」という感じでしたので運がよかった部分が大きいと思います。しかし、色々うまくいかない中であれこれ試した結果だとも思っており、冒頭の言葉と少なからず重なると思っています。狙った機能を出せるほうがスマートですし、このやり方がいつも正しいとは思いませんが、たくさんの失敗や試行錯誤の上に結果がついてくると思います。なかなか結果が出ずに苦悩している同志がいれば、ぜひめげずに一緒に頑張っていきましょう。

まさか、自分の研究を記事に取り上げていただけるとは思わず、驚いています。Chem-Stationのスタッフの皆様に心より感謝申し上げます。また、研究を遂行する上でお世話になった指導教員の小林先生をはじめ研究室のメンバー、また共同研究を快く引き受けてくださった京都大学の金先生、Chang博士、分子研の倉持先生米田先生にこの場をお借りして感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:吉岡大祐(よしおか だいすけ)

所属:立命館大学大学院 生命科学研究科 光機能物理化学研究室

研究テーマ:半導体ナノ結晶-芳香族有機分子複合ナノ材料の新奇光機能の開拓

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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