[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

フェノールのC–O結合をぶった切る

[スポンサーリンク]

 

化石燃料の枯渇が問題視される昨今、環境調和や再生可能エネルギーの観点からバイオマス燃料に注目が集まっています。しかしながら、バイオマス燃料の原料であるセルロースやリグニン(図1)は高度に酸化された物質群であるためにエネルギー変換効率が低いという問題があります。そこでより優れたバイオマス原料を利用するために、植物由来バイオマス原料の脱酸素型還元反応の開発が求められています。特に還元剤として水素分子を用いる手法(水素化分解)の開発はアトムエコノミーの観点からも特に重要視されています。

図1 リグニンの構造の一部

図1 リグニンの構造の一部

 

先日東京大学の野崎らによって、フェノール類などのアレノール(Ar–OH)およびアリールメチルエーテル(Ar–OMe)の触媒的水素化分解反応がNature Communicationに報告されていましたので、少し紹介したいと思います。

 

“Direct and selective hydrogenolysis of arenols and aryl methyl ethers”

Kusumoto, S.; Nozaki, S. Nature Commun. 2015, 6, 6296. DOI: 10.1038/ncomms7296

 

作業仮説をたてる

これまでにも遷移金属触媒によるアリールエーテルのC(sp2)–O結合開裂を伴う還元反応は数例報告されているものの、フェノールの脱OH型還元反応は報告例がありませんでした。

野崎らはシクロペンタジエノン-ルテニウム錯体(Shvo触媒[1])が、水素分子のヘテロリック開裂を促進することに着目し、図2に示す触媒サイクルで反応が進行すればフェノールの脱OH型還元反応が実現可能だという作業仮説を立てました。つまり、金属上のヒドリドと配位子上のプロトンが協奏的にフェノールと反応することで、フェノールのC(sp2)–OH結合開裂を伴う還元反応が進行しベンゼンと水が生成するという機構です。

また同様に、アリールエーテルもC(sp3)–OAr結合の開裂を伴うアレノール誘導体生成反応も進行すると考えました。

 

図2. Shvo触媒(左)と本反応の触媒サイクル設計 (右)

図2. Shvo触媒(左)と本反応の触媒サイクル設計 (右)

 

イリジウム錯体を用いたアレノール類の水素化分解

まず筆者らは基質にアレノール誘導体、還元剤として水素分子を用い、200 °C、20時間の反応条件で、5種類の触媒の反応性を調査しました。その結果、触媒A、Cを用いた際、アレノール誘導体の脱OH型還元反応が進行し、効率良くベンゼン誘導体に変換されることがわかりました。なお触媒Bを用いた場合、目的の生成物がほとんど得られなかったことから、本反応においてシクロペンタジエニル配位子のOH基が重要な役割を果たしていることが示唆されています(図3)。

図3. アレノール誘導体の水素化分解反応

図3. アレノール誘導体の水素化分解反応

 

本反応におけるアレノール誘導体の反応性は置換基の位置に大きく依存します。錯体C存在下、p-フェニルフェノールを反応に用いるとほぼ定量的にビフェニルが得られるのに対し、m-フェニルフェノールでは収率50%、o-フェニルフェノールでは収率14%に留まる。また、錯体Aと錯体Cを比較すると錯体Cの方が触媒活性は高く、ジヒドロキシナフタレンを反応に用いた場合(論文:Table 1, Entries 10-13)、錯体A存在下ではナフトールを主生成物として与える一方で、錯体C存在下ではナフタレンが主生成物で得られます。

 

イリジウム錯体を用いたアリールメチルエーテルの水素化分解

本触媒はC(sp2)–OH結合だけでなく、アリールメチルエーテルのC(sp3)–O結合開裂を促進し、アレノール誘導体を与えることがわかりました(図4)。また過反応が進行すると対応するベンゼン誘導体が生成します。例えばp-フェニルアニソールを用いた場合、対応するフェノール体が収率57%、フェニル体が収率20%で生成します。また芳香環上にメトキシ基、ヒドロキシ基、アルキル鎖上にカルボニル部位を有するバニリルアセトンを本反応に適用すると、環還元反応が進行してブチルシクロヘキサンが副生成物として生成するものの、目的の還元体(ブチルベンゼン、メチルインダン)が収率良く得られます。

 

図4. アリールメチルエーテル誘導体の水素化分解反応

図4. アリールメチルエーテル誘導体の水素化分解反応

推定反応機構

筆者らが想定している反応機構を以下に示します(図5)。イリジウム3価錯体1上のヒドロキシシクロペンタジエニルのOH部位とイリジウム上のヒドリドが、フェノールのOH基とそれぞれ相互作用し、中間体23を与えます。その後、イリジウム上のヒドリドがフェノールの OH基のイプソ位と相互作用した遷移状態4を経ます。続いて、形式的な還元的脱離によって、水とベンゼンが生成するともに、イリジウム1価が生成します。このイリジウム1価錯体が水素分子とフェノールのOH基を利用した形式的な酸化的付加することにより、イリジウム3価錯体(中間体2)を与えます。

 

図5. イリジウム触媒を用いたアレノール誘導体の水素化分解反応の推定反応機構

図5. イリジウム触媒を用いたアレノール誘導体の水素化分解反応の推定反応機構

 

最後に

今回野崎らは、独自に開発したイリジウム触媒を用いてアレノール誘導体のフリーのC(sp2)–OH結合切断を伴う水素還元反応を世界で初めて報告しました。冒頭に記載した、バイオマス原料を直接水素化分解する条件には程遠いかもしれません。また、未だ反応温度や時間など改善の余地は残るものの、「フェノールからベンゼンへの直接変換が実現した」というインパクトは大きく、学術的価値は高いと思います。実験的には、通常、”No reaction”で終わらせてしまいそうな反応を「水素下、溶媒無しで200度まで熱する」までの条件で反応させたことに脱帽です。ぜひ見習いたいところです。

今後、温和な条件で反応が進行するような新たな高活性触媒の登場など、実用面における更なる発展に期待したいと思います。

 

関連論文

 

外部リンク

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2018年4月号:脱カルボニル型カップリング反…
  2. マイクロ波による事業創出やケミカルリサイクルについて/マイクロ波…
  3. 学部生にオススメ:「CSJ カレントレビュー」で最新研究をチェッ…
  4. 第8回平田メモリアルレクチャー
  5. アメリカ大学院留学:実験TAと成績評価の裏側
  6. ノーベル賞の合理的予測はなぜ難しくなったのか?
  7. C–H活性化反応ーChemical Times特集より
  8. 有機合成化学の豆知識botを作ってみた

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【第二回】シード/リード化合物の合成
  2. 女性科学者の卵を支援―「ロレアル・ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」 募集中
  3. 第25回 溶媒の要らない固体中の化学変換 – Len MacGillivray教授
  4. ロイカート・ヴァラッハ反応 Leuckart-Wallach Reaction
  5. 氷河期に大量のメタン放出 十勝沖の海底研究で判明
  6. 「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」の申請と試験の大変さ 危険物質
  7. 山口健太郎 Kentaro Yamaguchi
  8. 役に立たない「アートとしての科学」
  9. アジフェーズ法 AJIPHASE Method
  10. タミフルの新規合成法・その4

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP