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Carl Boschの人生 その1

Tshozoです。ついに ねんがんの “Carl Bosch; Im Banne der Chemie —Lebens und Werk”をてにいれたぞ!今回ある方のご協力によりようやく手に入れることができました。これまで何度かBoschに関する話の中で同書「Carl Bosch –Lebens und Werk–」に関することを書いてきましたが、実は原書を見たことがなかったのです。これまで描いていたのも各書物から断片的なものを寄せ集めただけ。それらに書かれていた情報ソースはほぼ全てこの書物からの引用でした。

一応、大日本セルロイド(現ダイセル)役員で高分子学会副会長であった和田野基氏により”カール・ボッシュ その人生と業績 化学の魅力”というタイトルで1960年代に日本語訳が存在していたようですが、オークションの価格はかなり高いしフツウの図書館には無い。特に筆者の居る地域は辺境ですので存在するわけがない。ということで原書を取り寄せあたって砕けることを選択した次第です。特に最近、同書をもとにしたwikiの日本語版が非常に充実しているので負けてられません。なお同書は既に絶版となっているようで、もともとこれを出版していた”Econ Verlag”社は現在別会社に買収されたのか、もう既にその商品ラインナップには入っていないようです。どこか再販してくんねですか。

筆者のフォルダが火を噴くBoschの肖像画と同氏のサイン

・・・さて本書のタイトルにある”Bann”という言葉。確かに辞書を引くと「魅力」という日本語が最初にあててあります。しかしもう一つ「魔力、呪縛」と言う意味がありますです。Carl Boschの人生は化学に彩られ、化学を操り、化学に振り廻され化学に見捨てられた人生を送ったことを考えると単純に魅力ではなく『呪縛』の意味の方がこの書籍の中身を正しく伝えていると思われますため、この言葉に沿って話を進めていきましょう。

繰り返しになりますが、主人公のCarl Boschは言うまでもなく超一流の化学者であり超一流の技術者であり超一流のビジネスマンでもあったという、現代から見ても類稀なキャリアを歩んだその人生はここ100年の科学者の中でも極めて異彩を放っています。この人物像と、関係された方々が本当に何を目指していたのか、そして彼らの最大の発明であるアンモニア量産化により世界がどう変わったのか、そして今後どうなろうとしていくのかの原点を記録することが何らかのアレになるんじゃなかろうかという認識のもと、今後何回かに分けて同書の要旨を伝えてまいります。

まえがき 著者のカール・ホルダーマン(Karl Holdermann)についてと、本件について

同書著者のHoldermannはボッシュとほぼ同時期にBASFに入社した方で、20世紀前半に同社特許部門の要職(部門長:Patentabteilungsleiter)に就いていました。今回一緒に手に入れた”Geschichte der Ammoniaksynthese”でMittaschがこの氏名の方に謝辞を述べ、しかもHoldermann本人がBoschとMittaschの弔辞を書いていたようですから両人とかなり近しい関係であったのは間違いなく、アンモニア合成初期の頃からBoschらと面識があった可能性がありますが、本書内での情報が少なすぎて交友の程度が明らかではありません。宝くじが当たるくらいのお金が貯められたら彼についての取材旅行でもやってみたいもんです。

ともかく、Boschに心酔していたのは間違いないようで同書のイントロを見てみるとその推しっぷりがもうムンムンと伝わってきます。というか全体的に男臭い。そりゃマイケル・マンの映画は好きですがあんまり連続して観ると胸焼けする、そんな感じです。こうした文章を見るにつけ、1953年に同書の初版が出された時点では、戦前ドイツの誇りであったBoschを持ち上げて敗戦直後である同国において誇りを取り戻そうとした意図もあったのではと思われます。

実際同書はかなりドイツ寄りでかつBosch賞賛の内容となっており筆者好みであるがゆえに諸々の文章が適切な表現であるかなどは留意の必要があるでしょう。またBoschは化学の稀代の”大魔道師”であったのは間違いないのですが、その人生の中で数々の、結果的にそうなってしまったものも含めた「間違い」も犯してきており、一義的に賞賛されるのみの人生ではなかったことも冒頭に書いておかねばなりません(もちろんBosch本人は必死で善なる方向へ持って行こうと苦闘していたことも事実だったようです/ナチスに抵抗して出来るだけユダヤ人科学者、ユダヤ人スタッフを社内に残そうとしたり、ユダヤ人であったHaberのための活動を遂行しようとしたりしています)。

以降、同書に頼りきりになるのですが、最終的に問題になったのはBoschの本心を綴った自筆の資料がほとんど全く無いということ。それもそのはず、Bosch本人が亡くなる直前にめぼしい資料を全部自分の家の庭で燃やしてしまったためです。Boschの墓の前に行って墓石叩いて「何考えてたんすか」と聞く以外に本心を知る術はわからなくなってしまったわけでして、基本的にはHoldermannの目を通した伝聞であるということを留意頂ければ有難い限りです。

偉大なる祖父、両親、叔父

「Bosch」の名がドイツ史に刻まれるのは西暦1500年あたりで、それ以前の歴史は明確ではないもようです。Chichibabinの名前の本義がわからなかったのは少し前の記事に書いた通りですが、いっぽう”Bosch”の基本原義はカタロニア語の”Bosc”に起源を持つことがすんなりわかりました。このBoscは日本語で言うところの「森または林」だそうで、Carlも加えて直訳してみると

「Carl Bosch ≒ 森 剛」

とかのイメージになり、名前そのまんまの人物ということになります。このBosch家はその起源をたどれる西暦1500年あたりからドイツのUlmから少し離れた”Albeck”という町のあたりに定住していた農民や宿屋の主人の世帯の名前に多いことがわかっています。いわゆる”Schwaben“と呼ばれる地方ですね。

Carl Boschに繋がる系譜のはじまりの町 Albeck
ミュンヘンとシュツットガルトの中間くらいにある

Albeckにある宿屋”Zur Krone”  (リンクこちら) 祖父のServatius Boschが1869年まで所有していた
今も宿泊でき、建物前の道は
“Robert Bosch Straße(ロバートボッシュ通り)”となっている

そんな中で祖父のServatius Boschは宿屋の主人かつ農民かつ猟師として活躍しながら(当時の認識における「身分」としては)相当に教養があった人物で(“…Servatius Bosch, war ein für seinen Stand ungewönlich gebildeter Mann” )、自分で揃えた古典を蔵書とした小規模な図書館まで所有していたとのこと(“Er besaß eine Bibliothek mit sämtlichen Klassikern und las, obwohl er stark beshäftigt war, viel und gern”)。つまり祖父の代から教養に触れる素地が家族内にあったこととなります。加えてプロイセンによる強権的な国家体制に進んでいた傾向の強かった当時としては珍しい民主主義的な考え方を持ち、常に弱い者の側に立って行動し、道理が通らなければ官吏とも衝突して(“Er stand stets auf der Seite der Schwachen, wenn es galt, auf gegen die Obrigkeit.”)自分が城の中にぶち込まれることすらも厭わなかったという、「親分肌」な人物であったことが伺えます。最終的には近くに鉄道が引かれたことで宿屋の需要が少なくなったことから関係する資財を売り払い、Ulmという少し南の町へ移り住んでそこで余生を送ったとのこと。

祖母のMargarete と祖父のServatius Bosch ふたりのBoschはここからはじまる詳細な系譜も載ってたので記録のため・・・

また父親のCarl Friedlich Boschは商売人としてのセンスに恵まれており学校を出た後フランスへ丁稚奉公に行き、その後ケルンのSchildergasseという通りに水道管・ガス管に関わる物品を扱う店舗を出します。商売的には相当に成功したようで、最大で75人もの従業員がいた時期もあったと記載されていました。加えて地域の商工会議所では顔役として活躍。彼の弔辞には「従業員への教育の重要性をいち早く重視した先見性」を称賛する文字が踊っていたようです(“Im Nachruf zu seinen Tode…, wird  ihm nachgerühmt, daß er der erste war, der die Notwendigkeit der kaufmänischen Ausbildunfg der Handlungsgehilfen erkannt habe.”)。このように祖父、父は基本的にかなり裕福なうえ教養もある親分肌的な存在であり、Boschは精神的にも物質的にもかなり恵まれた幼少時代を送っていました。

父のCarl Friedlich Boschと母の Liebst
どっちにもそっくりですな・・・

そして彼らに加えBosch本人に大きな影響を与えたと考えられているのは、彼の叔父にして起業家であり、篤志家で発明家、エンジニアで経営者でもあったRobert Bosch(≒森 輝夫)です。彼は現在も世界的な自動車部品会社でありエンジニアリング会社でもある”Bosch”社の基礎を創り上げた創業者で、後のドイツ連邦共和国首相Theodore Huessにより書かれた書物でも「比類なき天賦の才」と評され、既にそのころ電磁気学の雄であったSiemensの後を追うように当時ドイツで勃興していた自動車産業の重要な部品群を供給する一大メーカを立ち上げることに成功します。彼は化学者ではないので今回詳細は割愛しますが、「ふたりのBosch」とでもしていつかまとめてみたいもんです。

偉大な叔父 Robert Bosch Servatius似な気がする
Carl Boschへのノーベル賞受賞時のコメントが彼の人格を表している(後述)

こうした家族を周囲に持ったCarl Boschはその生まれたケルンで充実した子供時代を送り、技術者として大成していくのですが今回はここまで。今後、青年期(大学~BASF入社)、壮年期(アンモニア合成~取締役)を中心に書いてまいりますので引き続き宜しくお願いいたします。

[参考文献]

“Im Banne der Chemie — Carl Bosch Leben und Werk”, von Karl Holdermann, ECON-Verlag Düsselfdorf, 1953

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Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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