[スポンサーリンク]

一般的な話題

科学予算はイギリスでも「仕分け対象」

[スポンサーリンク]

先日、科学研究費に対する「事業仕分け」が日本の科学界に大きな衝撃を与えました。(画像:ChemistryWorldより)

とはいえ政府主導の事業からして、お金の使い方に多々問題があるとみなされてきたのも御存知の通り。そのため、公開の場で透明性高く議論するというプロセスの開始は、筆者個人として一定の評価をしたいです。対象事業の選び方や、査定・評価が妥当かどうかはさておき、ですが・・・。

さて、アジアの一国で大騒ぎになっている一方、遠きヨーロッパのイギリスにおいても、基礎科学研究が危機に直面しているようです。

顛末

イギリスの科学予算カットの顛末については、現地メディアたるChemistry Worldの記事が大変参考になります。

「即時的な経済効果・社会貢献が見込める研究に、科学研究費を優先出資する」とイギリス首相が2009年初頭に言明した

これがどうやら発端のようです。

具体的には科学研究費の25%を「経済的・実効的インパクトが見込めるかはっきりとした形で評価できるものに出資する」という制度設計にシフトし、2013年より施行する予定になっているそうです。

これは要するに「実用が見込めないものは、研究費獲得が難しくなる制度設計」というわけですね。「こうでもしないと、納税者が納得行く発展が見込めない」というのが支給側の言い分だそうですが・・・研究テーマの短期的視野化・実利化傾向は世界各地で見られますが、イギリスも全く例外ではない模様です。科学者たちから猛反発が起こったのは想像に難くありません。

さらには高等教育・若手研究者支援金も大幅カット、つまり仕分けの対象になりました。その結果、およそ£600M(約8700億円)という巨額。

当然ながら現地科学者たちは

「基礎研究のインパクトを短期に評価するのは難しく、研究者自身・レフェリーですらしばしば予測不可能である。お金になる研究が持て囃されてしまうと、用途が見えないcuriosity-drivenな基礎研究はやりづらくなってしまう。このような風潮は未来ある研究者の自国離れを起こすだろう」

として、この方針に大変な抵抗を示しています。数名のノーベル賞受賞者を含むアカデミック人18,000人もの署名を集め、抗議請願を出している模様です。

・・・まったくどこかで目にしたストーリーそのまんまですね。

基礎研究はどうなってしまうのか

オックスフォード・ケンブリッジなどの超名門大学を抱え、科学の世界で幅をきかせるイギリスですら、財政危機の真っ直中にこのような処置をとらざるをえなくなっています。またチェコやスペインといった国々でも、科学予算は軒並み削減方針にあるようです。世界の先端を走り科学研究が盛んに見えるアメリカでも、不況=大学運営予算カットの煽りを受け、大学のポスト数が激減している実情があります。何十ものアプリケーションを出し、それでも職が決まらない人はわりと珍しくありません。

基礎研究の芽が潰えようとしているのは、日本だけではないのですね。

「科学や文化と言った【余剰】事業は後回し」「若手研究者の職が無いというが、他の若者はそれ以上に悲惨な状況に陥っている、職を選び過ぎではないか」――そういう意見を呼び込む風潮が蔓延し、それが現実たりえるのも致し方ない側面があるのかなとは思います。そんな意見に反論するのも現実的になかなか難しい。今は全体として贅沢を控え、我慢が要求される時期なんでしょう。

ただ一点気になるのは、経済危機を乗り切ったあとのことです。科学が文化レベルで浸透してる西欧諸国であれば、事業に民衆の理解があるでしょうし、科学予算が復活する期待も持てることでしょう。しかし「現状、別にそーでもない国(=日本)」では今後どうなってしまうのでしょうか。実のところそういう根本意識の差こそが、予算計上のモチベーションとして大きく効いてきそうにも思えます。

科学研究に不安無く取り組めるような未来を呼び込むためには、科学者側の啓蒙的取り組みこそが求められているのだと思えます。「予算不足で研究できない」のはある意味で全世界規模の傾向であり、如何ともし難い。重要なのはそれを嘆くだけに終わらず、社会の理解を得る地盤固めをすることではないでしょうか。

「基礎研究の成果が社会貢献に結びつくまでの期間は、科学じゃない部分で社会貢献してもいいではないか」というHarold Krotoの言葉が重みを持ってきますね。

終わりに

「隣の芝生は青い」というフレーズは皆さんご存じでしょう。

最近そのお隣さんは、水道代と職人に払う給料が勿体無いので、芝生の手入れをせず水もやらなくなってしまいました。「芝生が無ければ、維持費の要らない人工芝を敷けば良いじゃない」とも言い出し始めました。青々として綺麗だったあの芝生は、今後どうなってしまうのでしょうか。お隣が引越してしまったら、その家に同じような買い手はつくのでしょうか・・・

将来、「芝生なんて贅沢品だからねぇ、無くしてもそれはそれでいいんじゃないの」という人が社会の過半数を占めるのか、「芝生というものは世間誰しもの目に留まる場所。自分の家を良く思ってもらうためにも、ちゃんとしておかなければダメなんだ」と考える人が増えるのか・・・これは今後の取り組みにかかっていそうです。

一度種を撒いて出てきた芽を枯らしてしまうと、次に同じものを育てるのは難しいことは知っておくべきでしょう。そして科学研究は芝生と違って、短期に育つものではありません。

今回取り上げた内容は、日本の科学研究の未来を客観的に眺めるため、よい参考事例となってくれるでしょう。

 

こういったdecisionが各国の科学研究に今後どう影響してくるのか?また、制度設計・文化・国民の意識によって大きな違いが出てくるのか?制度自体、日本と異なる点が多々あるでしょうし、直接的な比較は出来ませんが、この種の問題を考える上でウォッチしてゆくのは悪くないことに思えます。

 

参考記事

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 若手研究者vsノーベル賞受賞者 【化学者とは?!編】
  2. 美しきガラス器具製作の世界
  3. 低い電位で多電子移動を引き起こす「ドミノレドックス反応」とは!?…
  4. オンライン座談会『ケムステスタッフで語ろうぜ』開幕!
  5. Nature主催の動画コンペ「Science in Shorts…
  6. 酸化チタンとコバルト錯体の二元光触媒で第一級アルキルラジカルを選…
  7. ルィセンコ騒動のはなし(前編)
  8. ケムステイブニングミキサー2018ー報告

注目情報

ピックアップ記事

  1. カーボンナノリングのキーホルダー式固定化法の開発
  2. 塩にまつわるよもやま話
  3. アンドレアス ファルツ Andreas Pfaltz
  4. 【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途
  5. 化学五輪、日本代表4人の高校生が「銅」獲得
  6. ペルフルオロデカリン (perfluorodecalin)
  7. 5歳児の唾液でイグ・ノーベル化学賞=日本人、13年連続
  8. その化合物、信じて大丈夫ですか? 〜創薬におけるワルいヤツら〜
  9. ジョン・トーソン Jon S. Thorson
  10. 300分の1を狙い撃つ~カチオン性ロジウム触媒による高選択的[2+2+2]付加環化反応の開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

アンモニウム構造によりラジカル種の発生位置を完全に制御!

第710回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の榊原 陽太(さかきばら …

化学つれづれ草【ある研究者の回想】

概要物理化学者で量子機能材料を専門とする著者によるエッセイ集.化学者としての研究,教育,人生…

第60回有機反応若手の会

開催概要有機反応若手の会は、有機化学分野で研究を行う全国の大学院生を中心とした若手研究者が集い、…

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第18回HOPEミーティング」参加者募集!

申し込みはこちら概要主催:独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)開催地:神奈川…

光触媒による高効率なCO2還元の実現―まさかの光を弱く当てることが重要だった―

第709回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 理学院(前田研究室)博士後期課程2年の仲田竜一 …

「π-πスタッキング」という言葉が生む誤解【芳香環の相互作用を見直す: 前編】

芳香環が平行に並んで近接しているとき、その構造を「π–π スタッキング」と表されることがよくあります…

一重項酸素によるC(sp2)−P結合切断を用いた長波長光によるリン化合物のアンケージング

第 708 回のスポットライトリサーチは、同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 5…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける画像解析の活用ガイド

開催概要材料開発において、電子顕微鏡やX線トモグラフィーを用いて材料の微細構造を観察するために画…

世界初のPROTAC医薬、ついに承認 ―「タンパク質を阻害する」から「分解する」時代へ

2026年5月、創薬化学の歴史に残る大きな出来事が起きました。米国 FDA は、…

有機蛍光とは異なる新しい有機りん光の分子設計指針の発見

第707回のスポットライトリサーチは、電気通信大学 情報理工学研究科(牧昌次郎研究室)の林希久也 助…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP