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【Spiber】タンパク質 素材化への挑戦

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Spiber 研究の背景

Spiberでは、微生物発酵によって生産したタンパク質を素材として使いこなし、世に広く普及させていくための研究開発を進めています。タンパク質はバイオマス由来かつ環境分解性を示すという特長だけでなく、有機化学的な魅力にも溢れるユニークな高分子材料です。この記事ではその研究開発の概要を紹介します。

持続可能な社会を実現するための開発目標が掲げられる中、企業は利益の追求だけではなく、地球環境の保護などの社会課題にも取り組む必要があります。特に、産業用素材の開発では、温室効果ガスの削減や海洋プラスチック問題は喫緊の課題です。その解決策として、生物由来の資源を原料にしたバイオマスプラスチック、および、環境分解性を有する生分解性プラスチックが開発されており、それらの使用量は年々増加傾向にあります。しかし、バイオマス由来かつ生分解性を有する素材は、ポリエステル(PHA, PLA, PBS など)、多糖(セルロース及びでんぷん誘導体など)、タンパク質(動植物由来のもの)など一部に限定されていることから、更なる選択肢の拡充が望まれています。

その背景の中、Spiberはこれまで、構造タンパク質素材を発酵法により工業生産する技術を確立してきました。構造タンパク質とは、生物体構造の構築に関わるタンパク質群のことを指し、例えばフィブロイン、コラーゲン、ケラチンなどが知られています。これら素材はバイオマス由来かつ生分解性を有するという特長だけではなく、材料としての優れた機能を有することが近年明らかとなっています。例えば、クモが命綱に使用するタンパク質繊維の重さあたりの靭性は鉄の約340倍にも及びます [1]。ウールやカシミアもタンパク質繊維であり、保温性や吸湿速乾性など、衣料材料として優れた特性を有することは周知のとおりです。

当社では、これらの構造タンパク質のアミノ酸配列情報に基づいて独自のタンパク質の分子設計および合成を行なっています。また、それらを素材として使いこなし、衣料産業や自動車産業、建設産業など、広く産業用資材として用いるための応用研究を進めています。

研究開発サイクル

Spiberでの素材設計最適化の流れについて説明します。図1には研究開発サイクルの概要を示しています。図内 (1) に示した、構造タンパク質のアミノ酸配列を含むデータベースを出発地点とし、どの様なタンパク質を合成するかを構想した上で、遺伝子(DNA塩基配列)の設計を行います (2) 。次に実際にそのDNAを化学合成し (3) 、タンパク質を製造する工場となる微生物に導入します (4) 。微生物培養により目的のタンパク質を十分に生産した後 (5) 、精製工程を経て目的のタンパク質粉末を得ます (6) 。そのタンパク質粉末を例えば繊維などの形態に加工し (7) 、物性評価を行うことで合成したタンパク質分子の査定を行います。その結果をデータベース (1) に反映した上で、更に次のサイクルに入っていきます。

図1:研究開発サイクル

 

分野横断的な研究開発

上述の研究開発サイクルをまわし続けるには、多岐にわたる技術分野の専門知識及び経験が必要とされます(図2)。検討の上流にあたるアミノ酸配列の設計やそれに紐づく遺伝子配列の設計には、生命情報科学の技能が必須です。設計されたタンパク質を産生させる微生物の育種・改良、最適な培養条件の探索には、合成生物学的手法や数理最適化の技術が欠かせません。培養後のタンパク質を含む培養液から、目的のタンパク質を精製する工程や、精製後タンパクを目的の性状に加工する条件を開発する検討では、有機化学分野での経験値が求められます。さらに、作成した成形体の物理的性質を分析し、お客様にとって魅力的な製品に仕上げていく段階では高分子科学の専門的知見が不可欠です。

Spiberでは、これら複数の技術領域が社内で網羅されており、一気通貫してタンパク質素材の開発サイクルを回すことができます。急拡大するバイオ産業において、様々な合成生物学分野のベンチャー企業が躍動する中、当社の様に複数の技術領域を垂直統合する企業形態は珍しく、それゆえ当社の競争力の源泉にもなっています。

図2:研究開発に必要な技術領域

 

有機高分子としてのタンパク質

次に、有機化学の観点からタンパク質素材の魅力に迫ります。タンパク質は20種類のアミノ酸モノマーが重合してできた生体高分子ですが、有機高分子としてタンパク質を眺めた時、次の3つの特長に気づきます。

1つめの特長は、タンパク質の分子鎖が濃密な水素結合網を形成していることです。これは炭素を一つ挟んで、アミド基が連なるペプチド結合によって主鎖が構成されていることに起因します。アミド基は水素結合のドナーとアクセプターの両方を有しており、強い水素結合性を示す官能基に分類されます。主鎖の中にこれらのアミド基が濃密に詰め込まれているため、タンパク質は強い分子間相互作用を示します。タンパク質を素材として用いる場合、これらの特徴は成形体としての高い弾性率や破断強度として現れます。例えば、バイオ由来かつ生分解性ポリマーとして広く用いられているポリエステル素材(PLA, PBS など)と比較して、タンパク質素材から作成した樹脂は曲げ試験において、より高い弾性率や破断強度を示すことが確認されています [2] 。

2つめの特長は、タンパク質は豊富な反応性官能基を有することです。タンパク質を構成する20種類のアミノ酸は、それぞれ、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシ基、チオール基、グアニジノ基、インドール基、フェノール基など、反応性に富んだ官能基を持っています(図3)。タンパク質の製造工程では、これらの官能基が保護されることなく合成されるところが興味深い点でもあります。一般的な高分子合成では、上述の反応性官能基を導入しようとすると、多くの場合保護/脱保護のステップが必要となるのとは対照的です。

更に、3つめのタンパク質の驚くべき特長は、豊富な官能基を含む20種類のアミノ酸が精密重合されていることです。それはすなわち、先述の官能基を種類・量・位置を精緻にコントロールした状態で高分子に導入できるということを意味します。リビング重合で合成された高分子の商業化検討が進む現代であっても、これほど多種のモノマーを精密に重合するのは至難の技ではないでしょうか。精緻に導入された官能基は、タンパク質分子の高次構造形成において重要な役割を果たし、さまざまな形で素材としての特徴の発現に寄与します。

図3:タンパク質に含まれる反応性官能基

 

タンパク質 素材化への挑戦

Spiberはタンパク質をさまざまな形で素材として使いこなし、世に普及させていくことで、循環型社会への移行に貢献していきます。新規素材の開発、量産、商品化検討では、未知の課題が次々と姿を現します。しかし、分野横断的かつ多様性に富んだ研究開発チームが、それぞれの強みを発揮して大きな障壁を乗り越えた時、言葉に余る達成感が待っていることを、我々は知っています。これからもタンパク質の素材化に向けて、研究開発での挑戦を日々続けていきます。

関連文献

  1. Agnarsson I., et al. PLoS One 2010, 5, e11234.
  2. Tachibana Y. et al. Scientific Reports 2021, 11, 242.

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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