[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

機械的力で Cu(I) 錯体の発光強度を制御する

[スポンサーリンク]

第256回のスポットライトリサーチは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)・錯体化学触媒ユニット 狩俣 歩 博士にお願いしました。

OISTは小さな大学院大学ながら、学部という縦割りを持たない独自のシステムで運営されています。昨今のニュースでも評判の通り、研究でも極めて高いプレゼンスを示しています。数ある研究室のひとつJulia Khusnutdinova研では、高分子の力学的活性化を錯体化学と融合させた新たな考え方の材料化学に取り組んでいます。今回の報告はその一つであり、Chem.Commun.誌 原著論文およびCover Picture・プレスリリースに公開されています。

“Highly sensitive mechano-controlled luminescence in polymer films modified by dynamic CuI-based cross-linkers”
Karimata, A.; Patil, P. H.; Khaskin, E.; Lapointe, S.; Fayzullin, R. R.; Stampoulisc, P.; Khusnutdinova, J. R. Chem. Commun. 2020, 56, 50-53. doi:10.1039/C9CC08354E

研究室を主宰されているJulia Khusnutdinova助教授から、狩俣さんについて以下のコメントを頂いています(和訳は筆者の手による)。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

 Dr. Karimata was one of the first postdocs in my new lab at OIST where he started working on a new, challenging project on stimuli-responsive polymers. After his hard work developing the new systems, Dr Karimata obtained a lot of interesting results, thanks to his creativity and persistence. He developed a unique set of expertise covering organic and organometallic synthesis, polymer chemistry, photochemistry, and studying mechanical properties of polymers. He does very thorough and careful measurements and notices unusual and interesting things because of his knowledge and attention. He is a great team member, always helping our research group in research and experiments, as well as in exploring Okinawa and Okinawa local restaurants.
(狩俣博士はOISTで新しく立ち上げた研究室での最初のポスドクの一人で、刺激応答性ポリマーに関する挑戦的かつ新しいプロジェクトを始めました。狩俣博士は持ち前の創造性と粘り強さをもとに、新たな系の開発に懸命に取り組んで興味深い結果を沢山得ました。有機合成・有機金属合成、高分子化学、光化学、高分子の機械的性質の研究などについて独自の専門性を身につけています。彼は非常に綿密で慎重な測定を行いますし、知識と注意力もあるので、珍しいことや興味深いことに気づいてくれます。研究グループの研究や実験にも協力してくれますし、沖縄や沖縄の郷土料理店を探索してくれたりと、チームの一員として活躍してくれています。)

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

引っ張るほど発光強度が上がる Cu(I) 錯体とポリマーのハイブリッド材料を開発しました。ポリマーに加える機械的ストレスに対して敏感 (< 0.1 MPa) かつ可逆的に発光強度が変化し、発光イメージングにより機械的ストレスの変化を可視化できることから、メカニカルセンサーとしての応用が期待されます。

4 配位の Cu(I) 錯体は、励起状態で構造が平面に歪むのに加え、ルイス塩基性の分子が存在するとエキシプレックスを形成します (図 1a)。そしてこれら 2 つの構造変化を抑えると、無輻射失活速度が下がり、発光効率が上がることが知られています1。我々の研究室では、環状四座配位子ピリジノファンを使った発光性Cu(I) 錯体の研究に取り組んできました2。今回の系に用いたCu(I) 錯体 (図 1b) は、配位子のアルキル基のサイズを上げると、その動的自由度が下がるのに伴い、Cu(I) 錯体の無輻射失活速度が大きく低下して発光量子収率が上がります (Φ = 0.06 – 0.72 in CH2Cl2)。このCu(I) 錯体にポリマーをつなげて機械的力で引っ張ることで、同様に無輻射失活過程が抑制されて発光強度が上がる、というのが現在の有力なメカニズムです。

図 1. (a) Cu(I) 錯体の励起状態における構造変化 (b) ピリジノファンと NHC 配位子を有するCu(I) 錯体、および (c) その架橋ポリアクリレート (d) 機械的力への応答

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究には様々な方が関わっており、色んなエピソードがありますが、一番の思い入れは、弟との共同作業です。この研究を「刺激で発光強度が上がる面白い材料」で終わらせず、材料にかかる目に見えない僅かな機械的ストレスの変化を発光で捉えて分析するためのメカニカルセンサーとして応用していくために、発光イメージングのノウハウを習得する必要がありました。そこで弟に連絡をとり (当時博士課程の学生でペロブスカイトナノ粒子の発光解析をしていた)、電話越しで CCD カメラの使い方と画像の解析方法を習いました。時にはオンラインで画面を共有して一緒に作業しながら、「不均一じらーやんに 」「だーるな」(不均一みたいだな) (そうだね) などと議論し、重要なスキルを伝授してもらいました。(やはり母国語 (方言?) だと習得が早かった、笑) こうした事から彼の名前を論文の謝辞に入れるに至り、記念すべき兄弟の初コラボ論文となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

地味ですが、ポリマーの合成です。ゴールは、2017 年にジュリア先生 (OIST ではファーストネームに先生と付けて呼ぶ人が多い) が報告した系3を発展させ、同時にメカニズムを調べることでした。いくつか異なるポリマーを試した中で架橋ポリアクリレートに狙いを定めましたが、このポリマーは粘着性がある上に膨潤すると極めて脆くなるため、傷がないきれいなフィルムを大量につくる方法を確立するのに苦労しました。テフロン皿の特注と改良に加え、ポリマーの洗浄・乾燥の方法を地道に試行錯誤を繰り返して改善していきました。そして少量の配位子から得られた貴重なフィルムを、グローブボックス中で双方型の引張試験機を使用して延伸しながら、分光器によりスペクトルを観測するのですが、フィルムが測定の途中で裂けることがあり、暗闇の中、僕がストレスで発光 発狂していることもありました。
この Cu(I) 錯体はR = Me, n-Pr の場合、基底状態で配位構造が 4 配位と 5 配位の平衡状態にあります (図 2a)。当初は「引っ張ると平衡が 4 配位に傾き、発光効率が上がる」という仮説もありました。しかし R = t-Bu の場合、 4 配位構造のみが存在するにもかかわらず、ポリマーにつなぐと機械的ストレスに応答します。そしてその配位構造変化 (図 2b) が極めて遅いことから、基底状態における配位構造変化は主要因でないと結論付けました。この平衡反応は、同僚のPradnya Patil が調べてくれました。

図 2. (a) (b) 基底状態における配位構造変化

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は現在、ポスドクという立場で研究しているため (5 年も経ってしまった!)、楽観的に将来を見るのは難しいですが、幸運にも故郷の沖縄で国際的かつ挑戦的な基礎研究に携わる機会に恵まれました。現在は上司のジュリア先生との研究が上手く進んでおり、金属錯体 × ポリマー × 機械的力の掛け合わせの中、新たな実験結果を得ています。まずはこれを論文として仕上げるべく、真摯に取り組みたいと思います。そして、その先で行き詰まりそうな時は、ナンクルナイサー (なんとかなるさ) の沖縄のゆとりを取り入れ、研究に携わっていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は以前、光化学と高分子化学の両分野で研究経験を積みました。実験結果から、分子構造と発光特性の関係が見えた時の興奮、また一方で高分子構造と機械的特性の繋がりが見えた時の興奮も体験したことがあります。そして今、異なる 2 つの化学が繋がった新しいものが見れる期待感で高揚しています。まさか自分が、錯体と有機金属の研究室でメカノケミストリーを手掛け、こんな研究をするとは夢にも思いませんでした。違う研究分野に移られた他の方々も同様の経験をされたことがあるのでしょうか。もし進路に迷われている方がいたら、気負わずに分野を変えてみることを提案します。
そして学生の皆さん、OIST に来てみませんか? 現在 OIST の化学系ラボは海外出身者が 8 割以上です。文化や運営方法も日本の大学とは大きく異なります。国の手厚い支援がある中、日本からの入学者が極めて少ない現状が非常に残念です。インターンシップという支援付きの短期留学制度もあるので、国際的な研究環境に興味のある学生さんは、検討されてはいかがでしょうか。

今回の研究でお世話になりましたクスヌディノワ・ジュリア先生と共同研究者の皆様、各種測定でサポートして頂いた OIST のスタッフの方々、学生時代に光化学を教えて下さった故 岡田惠次先生、小嵜正敏先生、鈴木修一先生、そして以前高分子の研究でお世話になった遠藤剛先生、松本幸三先生、小型引張試験機のカスタマイズで無理難題に対応してくれた AcroEdge 社の方々にこの場を借りて深くお礼を申し上げます。
そしてこの研究にスポットライトを当てて下さった、Chem-Station のスタッフの皆様に感謝を申し上げます。

参考文献

  1. (a) Zhang, Y.; Schulz, M.; Wächtler, M.; Karnahl, M.; Dietzek, B. Coord. Chem. Rev. 2018, 356, 127–146. (b) Czerwieniec, R.; Leitl, M. J.; Homeier, H. H. H.; Yersin, H. Coord. Chem. Rev. 2016, 325, 2–28. (c) Mara, M. W.; Fransted, K. A.; Chen, L. X. Coord. Chem. Rev. 2015, 282–283, 2–18. (d) Green, O.; Gandhi, B. A.; Burstyn, J. N., Inorg. Chem. 2009, 48, 5704-5714. (e) Chen, L. X.; Shaw, G. B.; Novozhilova, I.; Liu, T.; Jennings, G.; Attenkofer, K.; Meyer, G. J.; Coppens, P. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 7022–7034.
  2. Patil, P. H.; Filonenko, G. A.; Lapointe, S.; Fayzullin, R. R.; Khusnutdinova, J. R. Inorg. Chem. 2018, 57, 10009–10027.
  3. Filonenko, G. A.; Khusnutdinova, J. R. Adv. Mater. 2017, 29, 1700563.

研究者の略歴

左:クスヌディノワ・ジュリア助教授、右:狩俣博士

名前:狩俣 歩
2015 年3 月 大阪市立大学大学院理学研究科 物性有機化学研究室 理学博士
2015 – 17年 近畿大学分子工学研究所 博士研究員
2017 – 現在 沖縄科学技術大学院大学 錯体化学触媒ユニット 博士研究員

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 塗る、刷る、printable!進化するナノインクと先端デバイス…
  2. ナノスケールの虹が世界を変える
  3. ヒドラジン
  4. 不溶性アリールハライドの固体クロスカップリング反応
  5. カルベンで炭素ー炭素単結合を切る
  6. 研究職の転職で求められる「面白い人材」
  7. ペプチドのらせんフォールディングを経る多孔性配位高分子の創製
  8. 貴金属触媒の活性・硫黄耐性の大幅向上に成功

注目情報

ピックアップ記事

  1. 駅トイレ光触媒で消臭
  2. アメリカ化学留学 ”立志編 ーアメリカに行く前に用意すること?ー”!
  3. コランヌレン : Corannulene
  4. 化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解めっきの還元剤編~
  5. 「天然物ケミカルバイオロジー分子標的と活性制御シンポジウム」に参加してきました
  6. 逐次的脱芳香族化と光環化付加で挑む!Annotinolide B初の全合成
  7. テルペンを酸化的に”飾り付ける”
  8. 金属ヒドリド水素原子移動(MHAT)を用いた四級炭素構築法
  9. KISTEC教育講座 「社会実装を目指すマイクロ流体デバイス」 ~プラットフォームテクノロジーとしての超微量分析ツール~
  10. ブレデレック イミダゾール合成 Bredereck Imidazole Synthesis

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

フィーゼルマン チオフェン合成/Fiesselmann Thiophene Synthesis

概要フィーゼルマン チオフェン合成(Fiesselmann Thiophene Synthesi…

“とび跳ねる水滴”に潜む物理 〜接触時間とエネルギー源で読む撥水・防氷のテク〜

熱したフライパンに落ちた水滴が、玉になってコロコロと走り回り、冷えた面では、結露水が合体した瞬間に跳…

AI時代に研究者がすでに持っている力・これから伸ばしたい力

論文要約や文献検索など、研究現場でもAI活用が日常化する一方、「自分の仕事の先行き」に漠然とした不安…

miHub®を活用した探索的データ解析の実践

開催概要研究開発においてデータ活用が進む中、機械学習モデルの構築や予測解析に…

“ある特効薬”のはなし ~本田宗一郎氏の回想から

Tshozoです。最近実家に戻っては色々と廃棄するなどの店じまいを少しずつ進めているのですが、中…

高分子鎖を束ねた新しい共重合体「束状共重合体」が誕生

第715回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科(植村研究室)に所属されていた亀谷…

2026年「有機溶媒危機」へのアンサー。北大発・メカノクロスが挑む、溶媒に依存しない新たな合成法 = “メカノケミカル有機合成”の社会実装

株式会社メカノクロスは、メカノケミカル有機合成技術の社会実装に挑む北海道大学発の…

“壊れないよう” に作ってきた半導体ポリマーを、あえて “壊れるよう” に作る化学

半導体ポリマーは長いあいだ、「いかに壊れにくく、長持ちさせるか」といったような安定性を競って進歩して…

有機合成化学協会誌2026年7月号:固体高分子電解質・電子ドナー・アクセプター錯体・機械学習法・trichodermamide類・エナンチオ選択的スキップジエン合成法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年7月号がオンラインで公開されています。…

第62回Vシンポ「見えない空気を科学する~センサによる室内環境・臭気の見える化と快適空間デザインの最前線~」を開催します!

こんにちは、Macyです。第62回Vシンポのご案内をさせていただきます。今回は、前回同様…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP