[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ビシナルジハライドテルペノイドの高効率全合成

[スポンサーリンク]

海洋天然物ビシナルジハライドテルペノイドの高効率全合成が達成された。その鍵は、いかなる構造異性体も生成することなく1種類のみを選択的に合成するジハロゲン化反応の開発であった。

 

研究背景

海洋から得られた生物活性分子にはハロゲン原子を有するものが多く発見されています(図1)。海水の構成成分である”塩(えん)”がクロロペルオキシダーゼによって酸化され、求電子剤として働くからです。求核剤は芳香環、オレフィンなど多岐に渡り、オレフィン(主にテルペノイド)がジハロゲン化された生物活性分子はおよそ240個知られています。その中でも、約7割の化合物が、塩素原子と臭素原子をビシナルに有する化合物です(図1右)。

2015-11-29_21-56-31

図1. 2014年に発見された含ハロゲン海洋天然物の一例(全114個から)[1]

最近、米国Stanford大学のBurnsらは以前彼らが開発した化学選択的、位置選択的、かつエナンチオ選択的なブロモクロロ化反応を駆使することで、これら海洋天然物ビシナルジハライドテルペノイドの高効率な不斉合成に成功したため紹介します。

“Highly Selective Synthesis of Halomon, Plocamenone, and Isoplocamenone”

Bucher, C.; Deans, R. M.; Burns, N. Z.;J Am Chem Soc 2015, 137, 12784. DOI: 10.1021/jacs.5b08398

 

化学選択的、位置選択的かつエナンチオ選択的なブロモクロロ化

化学合成で、テルペンをブロモクロロ化する反応を考えてみましょう。例えば、モノテルペノイドであるゲラニオールを臭素カチオンと塩素アニオンでブロモクロロ化する。その場合、二つのオレフィンの化学選択性、二つのハロゲン原子の位置選択性、さらにエナンチオマーを考慮すると、8種類の異性体が生成する可能性があります(図2)。

2015-11-29_21-57-42

図2. ゲラニオールのブロモクロロ化反応

 

一方で、Burnsらは最近、アリルアルコールのオレフィンを化学選択的、位置選択的、かつエナンチオ選択的にブロモクロロ化する方法を報告しています(図3A)[2]。化学選択性はアリルアルコールのチタン錯体への配位により、ジハロゲンの付加反応の位置選択性およびエナンチオ選択性は、不斉配位子によって制御されています(図3B)。エナンチオ選択的なブロモクロロ化反応は初めてであることに加え、位置選択性が中間体のカルボカチオン安定性に依存しないことも特筆すべき点です(図3C)。

 

2015-11-29_21-58-38

図3. (A) 化学選択的、位置選択的かつエナンチオ選択的 ブロモクロロ化 (B) 想定触媒サイクル (C)アリルアルコールのブロモクロロ化例

 

全合成への応用

本論文で著者らは、この新規ブロモクロロ化反応を用いて海洋天然物halomonの高効率不斉全合成を達成しあました(図 4)。これまでに2つのラセミ体のhalomon合成法が報告されていますが[3]、ジハロゲン化反応により多数のジアステレオマーや位置異性体が生成します。そのため、純粋な(+)-halomonを得るにはHPLCにより異性体を分離する必要があり、結果的に低収率となります。それに対して著者らは、開発したジハロゲン化反応により(+)-halomonのみを400mg以上合成することに成功しています。

 

2015-11-29_21-59-28

図4. Halomon合成法 (A) Mioskowskyら (B) Hiramaら (C) 本論文

 

さらに著者らは、同様の手法を用いることで海洋天然物plocamenoneおよびisoplocamenoneの全合成にも初めて成功しました。

2015-11-29_22-00-11

 

まとめ

開発した反応を実践的な天然物合成へと応用を行うことで、この反応の一般性の高さを示しました。海洋天然物ビシナルジハライドテルペノイドはユニークな生物活性分子群であり、この「選択的」合成法をつかった大量供給により、生物学的研究の加速が期待できます。

 

参考文献

  1. Gribble, G. W. Environ. Chem. 2015, 12, 396−405. DOI: 10.1071/EN15002
  2.  Hu, D. X.; Seidl, F. J.; Bucher, C.; Burns, N. Z. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 3795−3798. DOI: 10.1021/jacs.5b01384
  3. (a) Schlama, T.; Baati, R.; Gouverneur, V.; Valleix, A.; Falck, J. R.; Mioskowski, C. Angew. Chem., Int. Ed. 1998, 37, 2085−2087. DOI: 10.1002/(SICI)1521-3773(19980817)37:15<2085::AID-ANIE2085>3.0.CO;2-J (b) Sotokawa, T.; Noda, T.; Pi, S.; Hirama, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2000, 39, 3430−3432. DOI: 10.1002/1521-3773(20001002)39:19<3430::AID-ANIE3430>3.0.CO;2-3
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 続・日本発化学ジャーナルの行く末は?
  2. 第六回ケムステVプレミアレクチャー「有機イオン対の分子設計に基づ…
  3. 【第11回Vシンポ特別企画】講師紹介①:東原 知哉 先生
  4. ケミカル数独
  5. マテリアルズ・インフォマティクスに欠かせないデータ整理の進め方と…
  6. ホイスラー合金を用いる新規触媒の発見と特性調節
  7. とある農薬のはなし「クロロタロニル」について 
  8. 「イカ」 と合成高分子の複合により耐破壊性ハイドロゲルを開発!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 安全性・耐久性・高活性を兼ね備えた次世代型スマート触媒の開発
  2. シュミット転位 Schmidt Rearrangement
  3. 【日産化学 23卒/Zoomウェビナー配信!】START your chemi-story あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE
  4. ラジカル種の反応性を精密に制御する-プベルリンCの世界初全合成
  5. 米デュポンの第2・四半期決算は予想下回る、エネルギー費用高騰が打撃
  6. 取り扱いやすく保存可能なオキシム試薬(O-ベンゼンスルホニルアセトヒドロキサム酸エチル)
  7. ハンチュ エステルを用いる水素移動還元 Transfer Hydrogenation with Hantzsch Ester
  8. 1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン:1,5,7-Triazabicyclo[4.4.0]dec-5-ene
  9. ジスルフィド架橋型タンパク質修飾法 Disulfide-Bridging Protein Modification
  10. 2016年1月の注目化学書籍

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP