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スポットライトリサーチ

ラジカル種の反応性を精密に制御する-プベルリンCの世界初全合成

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第466回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科 天然物合成化学教室 (井上研究室)に在籍されていた島川 典 (しまかわ つかさ)博士にお願いしました。

井上研究室では、高機能天然物の全合成の高度一般化のための反応・合成法・戦略の開発に取り組んでいます。さらに、自由自在に三次元構造を操れる有機合成化学を武器に、天然物よりも優れた生物活性を示す人工化合物、また、天然物が持たない化学的性質を付与した新機能分子の創出を目指しています。

本プレスリリースの研究内容は、キンポウゲ科の植物より単離される天然物であるプベルリンCの全合成についてです。このプベルリンCはC19ジテルペンアルカロイドに分類されますが、単離量が僅少であるためその生物活性は未解明です。一方でその構造は極めて複雑で、プベルリンCは6/7/5/6/6/6員環が高度に縮環した極めて歪みの大きい含窒素6環性骨格上に、12個の連続不斉中心および 6個の酸素官能基を有しています。そのため現在までに、プベルリンC の全合成例は存在しませんでした。 そこで本研究グループでは、連続ラジカル環化反応および向山アルドール反応を用いる極めて効率的な含窒素6環性骨格構築法を確立することで、世界初となるプベルリンCの全合成を達成しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Total Synthesis of Puberuline C

Tsukasa Shimakawa, Shu Nakamura, Hibiki Asai, Koichi Hagiwara, and Masayuki Inoue

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 1, 600–609

DOI: doi.org/10.1021/jacs.2c11259

直接現場で指導された萩原 浩一 特任助教より島川博士についてコメントを頂戴いたしました!

島川君は、明るく誠実で、先輩・後輩を問わず研究室メンバーから頼りにされる人間的に大変魅力のある人物です。プベルリンCの全合成研究に関する研究を進める上では、酸化度の低いモデル化合物の結果(Chem. Sci. 2016, 7, 4372.)が本基質に対してそのまま適用できず、新たに検討が必要になりました。島川君は、精密な実験技術により、限られた基質量での実験で最大限の情報を集め、深い考察を繰り返して課題を解決し、全合成を実現してくれました。

本年3月に卒業され、現在はDavid Sarlah先生の研究室でポスドクとして研究を続けています。本研究で得た合成化学力、科学的思考力を活かし、新たな研究を完遂すると期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

プベルリンCは、特異な含窒素6環性骨格上に、3つの第4級炭素を含む12個の連続不斉中心および6つの酸素官能基を有する複雑天然物です。我々は、連続ラジカル環化反応および向山アルドール反応による骨格構築を鍵とする合成戦略により、プベルリンCの世界初の全合成を達成しました。

まず、プベルリンCの全炭素原子および環化反応に必要な全官能基を備え、適切な3次元構造を有する3環性化合物を合成しました。この化合物の炭素–塩素結合から発生させた炭素ラジカル種を用いて、2つの環構造(BF環)を一挙に構築し、5環性化合物を得ました。本反応では、中間体である炭素ラジカル種の反応性の精密な制御および電子豊富な第三級アミンの反応性を利用することで、5個のラジカル反応が連続的に進行し、分子の複雑性を一挙に増加させることができました。向山アルドール反応によりプベルリンCの6環性骨格を構築した後、位置・立体選択的に炭素骨格上の酸素官能基を変換し、プベルリンCの全合成を達成しました。

本研究成果は、高度に制御された連続ラジカル反応による骨格構築法が複雑天然物の全合成に極めて有用であることを示し、逆合成戦略を刷新するものです。

図1. プベルリンCの全合成工程の概略図

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

塩素原子をラジカル発生源とした点です。当初は臭素原子を有するラジカル環化基質の合成を目指しましたが、橋頭位臭素原子の化学的安定性が低く断念せざるを得ませんでした。解決策となったのは、加熱条件下2級ヒドロキシ基を保護する際に進行したハロゲン交換反応でした。この知見をもとに、塩素原子をラジカル発生源とし、各中間体の化学的安定性を向上させることで、合成経路を最適化しました。

一方、化学的に安定な炭素–塩素結合からのラジカル発生には過酷な条件が必要であり、当初は鍵反応の物質収支に課題がありました。マイクロ波照射下、極めて電子豊富なスズ還元剤を用いる反応条件により、物質収支が大幅に改善しました。

図2. ハロゲン交換反応

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

Lewis塩基性が高く、反応性に富む第三級アミン存在下での合成経路の確立です。電子豊富な第三級アミンは、本合成の鍵となる連続ラジカル環化反応における要の官能基であり、合成経路の簡略化のためアミンを保護しない戦略を取りました。しかし、本合成では、第三級アミンとの化学選択性が問題となる反応が多数ありました。これらは、アンモニウム塩として反応系中で保護する手法、および反応温度、試薬や溶媒による制御で解決できました。さらに、中盤以降の合成中間体は、基質の第三級アミン部位が空気中の酸素によって容易に酸化されることがわかったため、あらゆる実験操作において酸素を減らす厳密な手技が必要でした。これらの課題を乗り越え、第三級アミン上の保護基の脱着を必要としない効率的な合成経路を確立できました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

有機合成化学の能力を生かして社会に貢献したいと考えています。そのための素養をさらに身につけるべく、現在はイリノイ大学アーバナシャンペーン校のDavid Sarlah研で博士研究員をしています。新規方法論に基づく有機合成化学研究に従事することで、自分の実力をさらに磨きたいです。最終的には、製薬企業もしくはアカデミックで、有機合成化学の進歩に少しでも貢献したいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究は、井上研究室で長年培われてきたジテルペンアルカロイドの合成研究のもと成り立っています。この機会に、改めて一連の化学を体感していただけますと幸いです。「狙った構造、機能を持つ有機分子を自在に作り出す」ということは、有機合成化学が大幅に進歩した現在でも極めて困難な課題です。複雑天然物の全合成研究は、この課題に真正面から向き合う重要な基礎研究です。様々な化学反応を駆使して構造を組み上げることに興味がある方に、是非挑戦して欲しい研究分野です。

最後になりましたが、本研究を遂行するにあたり、多大なご指導を賜りました井上将行教授、萩原浩一特任助教に厚く御礼申し上げます。加えて、共同研究者の中村 柊修士、浅井 響学士、および井上研究室の皆様に感謝申し上げます。また、このような貴重な機会をくださいましたChem-Stationのスタッフの皆様に感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:島川 典 (しまかわ つかさ)

前所属:東京大学大学院薬学系研究科・天然物合成化学教室 (主宰:井上将行教授)

研究テーマ(当時):C19ジテルペンアルカロイドの合成研究

経歴:

2017年3月 東京大学薬学部 卒業

2019年3月 東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 修士課程修了 (指導教員:井上将行教授)

2019年4月-2022年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)

2022年3月 東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 博士後期課程修了 博士(薬科学)取得 (指導教員:井上将行教授)

2022年4月- 日本学術振興会特別研究員(PD, 中尾佳亮教授)

2022年8月- イリノイ大学アーバナシャンペーン校化学科 博士研究員 (David Sarlah教授)

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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