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スポットライトリサーチ

有機ナノチューブの新規合成法の開発

第56回目のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科伊丹研究室所属の前田果歩さん(2016年3月修了、現・某化学メーカー勤務)と伊藤英人講師のお二人にお願いしました。有機化学の研究室の中でも伊丹研究室では多岐に渡る分野での研究がなされてきましたが、今回紹介させていただく研究では、今までの伊丹研にない全く新しい一面を見ることができます。この度のJournal of the American Chemical Society誌への掲載、およびプレスリリースの発表に伴い、スポットライトリサーチでもご紹介いただければと思いお願いしました!

“Construction of Covalent Organic Nanotubes by Light-induced Cross-linking of Diacetylene-based Helical Polymers”

(ジアセチレン骨格を含むらせん高分子の光架橋反応による共有結合性有機ナノチューブの合成)

Kaho Maeda, Liu Hong, Taishi Nishihara, Yusuke Nakanishi, Yuhei Miyauchi, Ryo Kitaura, Naoki Ousaka, Eiji Yashima, Hideto Ito, Kcnichiro Itami, J. Am. Chem. Soc. 2016, ASAP.

DOI: 10.1021/jacs.6b05582

トップ画は、前田さんの作った分子の描画に、伊藤講師が背景を作成しカッコ良く仕上げたとのこと。また、指導教官である伊丹健一郎先生から、前田さん、伊藤講師について次のようなコメントをいただいています。

この研究は2013年4月に伊藤君が提案し、前田さんと共に始めたプロジェクトです。アルキンを愛してやまない伊藤君らしい研究で、最初に提案を聞いたときは思わずニヤっとしました。ただ正直に言うと、本当にできるのかなあと思っていましたが、「絶対に諦めない」前田さんだからこそ成し得たものだと断言できます。前田さんは、その優しい顔からは想像できないほど気合十分で、卒業までに絶対にものにするんだと意気込んでいました。研究室のメンバー全員が彼女の姿勢に心を打たれ、彼女を尊敬していました。あまりにもストイックに見えたので、「ちょっとはリラックスせーよ。ちゃんと遊んだりしてる?」と声をかけたことが一回あるのですが、ニコッと笑って一蹴されました(笑)。私の負けです。。そんな前田さんを私は本当に誇りに思っています。

この研究は、合成するだけでなく、本当にそれができているのかを様々な角度から検証して証拠を集める作業がとても重要で、またかなり大変でした。八島研、篠原研、伊丹ERATOの強力なサポートがなければ、論文にすることもできませんでした。共著者の皆様には感謝してもしきれません。とにかく名古屋の強みを存分に活かした作品を世に残せて、本当に嬉しいです。

伊藤君のアルキン好きはまだまだ終わりそうにないです。。。

最後の一文が意味深ですね。

では、前田さん、伊藤講師から頂いた研究紹介をたっぷりお楽しみください!

 

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

有機ナノチューブ(ONT)という、有機分子を基本骨格として組み上げられる筒状の炭素材料を合成する新手法「helix-to-tube法」を開発しました。有機ナノチューブは有機分子を基本骨格として筒状に組み合わせることで作られる新しいタイプの有機ナノ材料であり、分子認識材料、発光性材料、導電性材料などとしての応用が期待されています。有機合成の力で構成分子の大きさや機能を精密に制御して組み上げれば、ナノメーターサイズのバラエティーに富んだ機能を有する有機ナノチューブが合成できます。有機ナノチューブと言ってもすでに様々な報告がありますが、今回合成対象にしたものはカーボンナノチューブのようにチューブ全体が強い共有結合で架橋された共有結合性有機ナノチューブ(covalent ONT)です。これは有機ナノチューブの利点である設計や合成のしやすさと多様な機能性といった利点もちつつ、カーボンナノチューブのように高い機械的強度や優れた電子的物性などを有する新しい炭素ナノ材料となりうります。しかし、これまで構造を精密に制御してかつ簡便に合成できる手法がありませんでした。膨大な量の架橋共有結合を効率的に形成するのはやはりどんな分子でも難しいものです。

今回開発した「helix-to-tube法」は、その名の通りらせん高分子からcovalent ONTを作るという新手法です。アルキンを含むらせんポリマーを設計・合成し、光を照射するだけで架橋共有結合がチューブ全体に渡ってできあがります。いわゆるジアセチレン分子のトポケミカル重合です。アルキンに限らず、理論上本合成概念は様々ならせん骨格上での様々な架橋反応に応用できると思います。JSTから一般向けにプレスリリースもしていただきましたので、そちらもご覧ください(リンク:科学技術振興機構(JST)プレスリリースhttp://www.jst.go.jp/pr/announce/20160805-2/index.html)。

図1 本「helix-to-tube法」の概要。有機分子を重合・らせん形成し、光照射で架橋共有結合(図中緑色)を構築する。

図1 本「helix-to-tube法」の概要。有機分子を重合・らせん形成し、光照射で架橋共有結合(図中緑色)を構築する。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

前田「光架橋反応は水銀ランプなどの光だけでなく、蛍光光度計中の励起光でも進行することに気づいた点です。スペクトル測定時に照射する光でスペクトルの形状が変化することに気づき、トポケミカル重合の経時変化を追跡することができました。わずかな変化を見逃さないことの大切さを感じました。測定は3日間通して行い、ほとんど寝ることなく1時間おきに測定したのも思い出深いです。本研究を行うにあたって、様々な分野の方々に本当にお世話になったことも忘れられません。共著者でありJST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの洪流博士、西原大志博士、宮内雄平准教授、同じ理学研究科の中西勇介博士、北浦良准教授、工学研究科の逢坂直樹講師、八島栄次教授にはいずれも心より御礼申し上げます。」

図2 前田さんが3日間ずっと測定し続けていた光架橋反応時の蛍光スペクトル変化。1が原料のらせん高分子、6が光架橋後の有機ナノチューブ。スペクトルの線がもはや綺麗なグラデーションになっている。

図2 前田さんが3日間ずっと測定し続けていた光架橋反応時の蛍光スペクトル変化。1が原料のらせん高分子、6が光架橋後の有機ナノチューブ。スペクトルの線がもはや綺麗なグラデーションになっている。

伊藤「大好きなアルキンをふんだんに使い、固相中やゲル中かつ分子間でしか進行する例がなかったトポケミカル重合を分子内で進行させた点です。最初は机上の空論でしかなかったのですが、実際に反応が進行したときは胸が踊りました。もう一つの工夫点は、有機ナノチューブの前駆体のらせん高分子の設計です。1997年にJ. S. Mooreらがメタフェニレンエチニレンポリマー(正確にはオリゴマー)がらせん構造を形成することを報告して以降、アセチレンとベンゼン環を含む様々な人工らせん分子が開発されてきましたが、我々はこれにブタジイン骨格とキラルアミド側鎖を導入することで、らせん高分子が形成されたときの確認を容易に行おうと考えました。一番のねらいは有機ナノチューブの合成ですが、前駆体のらせん高分子の解析も「これでもか!」というくらいに行っています。」

図3 今回新たに設計・合成したらせん高分子

図3 今回新たに設計・合成したらせん高分子

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

前田「らせん高分子からトポケミカル重合が進行すること自体は学部4年生の秋には確認できましたが、チューブの形を保ったまま共有結合性有機ナノチューブが本当にできているのかについての判断に苦労しました。そこで、ラマン分光分析、紫外可視吸収スペクトル、蛍光スペクトル、CDスペクトル、広角X線回折測定、磁場配向、分子力場計算、AFMなど少しでも証拠になりそうなデータをひらすら集めました。この作業に2年は費やしたと思います。最終的には、共同研究者である名古屋大学大学院理学研究科篠原久典教授の研究室の中西勇介博士、北浦良准教授にチューブの構造そのものをTEMで観察していただいたことで、共有結合性有機ナノチューブができていると確信できました。これは修士課程卒業間際の3月のことでした。」

図4 合成した共有結合性有機ナノチューブの透過型電子顕微鏡像。大部分は電子線で壊れているが、一部有機ナノチューブ様の構造体が多数観測された。

図4 合成した共有結合性有機ナノチューブの透過型電子顕微鏡像。大部分は電子線で壊れているが、一部有機ナノチューブ様の構造体が多数観測された。

伊藤「前田さんと同じく架橋共有結合が本当にできているか?という証拠をつかむのにずっと苦労してきました。前田さんはしばらくデータがなかなか出ないのに本当に粘り強く研究をすすめてくれました。その結果は論文のとおり。新しいことをやり遂げるときには粘り強く腰を据えて研究することが大切であると再確認させられました。自分が学生の頃は触媒反応開発の研究室に所属していましたが、3年も結果がでなかったら発狂していたかもしれません(笑)。さらに不斉らせんの大家である名古屋大学八島栄次教授と同研究室講師の逢坂先生の胸を借りて様々な技術を学び、数多くのディスカッションを重ねきたことも成功の鍵だと思います。」

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

前田「今年の4月から某化学メーカーに就職しました。人の暮らしを変えるような化学製品を生み出したいと思っています。身の回りは化学製品で溢れていますから、これまでにないユニークな化学製品を生み出すことで暮らしをガラリと良いものに変えることができると信じています!」

伊藤「世の中に役に立つ研究はもちろんやりたいですが、その前提として一緒に研究をする学生と自分が化学を誰よりも一番楽しみながら研究を進めて行きたいです。他人と似たようなことをやるのは自分が一番つらいので、オリジナリティーを追求してonly 1, No. 1を目指していきたいです。その過程で、「伊藤反応」、「伊藤試薬」、「伊藤触媒」、「伊藤法」などと世界的に呼ばれるくらい、有用な研究、教科書に載るような研究を世の中に提供したいと思っています。またケムステが日本の化学教育の大きな一端を担うように、自分も狭い範囲ながら授業、講演、化学教室などを通じて、高校生や大学生、一般の人に化学の魅力を伝える努力を怠らないことも大事ですね。」

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

前田「指導教員の伊藤講師、伊丹教授をはじめとして研究室の皆さん、共著者として挙がっている様々な分野の方々と何度も議論することで新しい観点に気づくことができ、刺激を受けながら研究に取り組めました。たくさんの研究者ととことん議論する機会を大切にしてください!」

伊藤「現在、学生時代では想像すらしなかった構造有機化学や高分子学、たまにバイオイメージングなど、活動フィールドが飛躍的に広がり、いろいろな知識が増えました。分野がバラバラにみえますが、作るターゲットが違うだけで共通して根底にあるのは究極のものづくりとも言える「合成化学」です。「合成化学はひとつである」(by 伊丹健一郎教授)は自分も感化された言葉であり、強く実感していることです。学生さんは今の自分の専門分野を極めつつも、せっかく化学をやっているなら分野に壁を作らずにいろいろ勉強して実際に経験しておくと将来のためになるかと思います。それがのちのち企業でもアカデミアでも新しいものを生み出すチャンスがうまれるのではないかと信じています。」

 

関連リンク

名古屋大学伊丹研究室

ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト

 

研究者の略歴

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名前:前田果歩

所属:名古屋大学大学院理学研究科 伊丹研究室(2016年3月に修士課程を卒業し、同4月より某化学メーカーに就職)

研究テーマ:「新規有機ナノチューブ合成法の開発」

受賞歴:2014年名古屋大学若手研究者女性サイエンスフォーラム 総長賞、2015年名古屋大学有機系学生主体シンポジウム ポスター賞

名前:伊藤英人

所属:名古屋大学教養教育院・名古屋大学大学院理学研究科

研究テーマ:「新規有機ナノチューブ合成法の開発」「グラフェンナノリボンのボトムアップ合成」「芳香環一段階π拡張反応の開発」など

略歴:

2012年3月 北海道大学大学院理学院 博士課程修了(澤村正也教授)

2012年4月 名古屋大学大学院理学研究科 日本学術振興会特別研究員(PD)2013年4月より現職

受賞歴:2010年第一回大津会議アワードフェロー(No.001)、2012年第二回育志賞、2015年名古屋大学教養教育院 全学教育担当教員顕彰、2015年有機合成化学協会 昭和電工研究企画賞

 

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