[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アミジルラジカルで遠隔位C(sp3)-H結合を切断する

[スポンサーリンク]

プリンストン大学・Robert Knowlesらは、光触媒を介したプロトン共役型電子移動(PCET)機構によってN-アルキルアミドのN-H結合を均等開裂させることに成功した。こうして生じさせたアミジルラジカルを水素原子移動(HAT)媒体として用いることで、遠隔位の不活性C(sp3)-H結合を位置選択的に切断し、C-C結合形成を進行させる系を開発した。

“Catalytic alkylation of remote C–H bonds enabled by proton-coupled electron transfer”
Choi, G. J.; Zhu, Q.; Miller, D. C.; Gu, C. J.; Knowles, R. R.* Nature 2016, 539, 268. doi:10.1038/nature19811

問題設定と解決した点

 N-アルキルアミドN-H結合の結合解離自由エネルギー(BDFE)は107-110 kcal/molと非常に大きいため、均等開裂から生成するアミジルラジカルは有望なHAT触媒になりうる。しかしながらN-アルキルアミドN-H結合を選択的に均等開裂できる触媒は過去報告されていなかった。古典的手法としては、酸化的活性化された窒素原子からアミジルラジカルを発生させ、不活性な脂肪族C-H結合を切断する方法が知られている(Hofmann-Löffler-Freytag反応)。しかしながらこの場合には活性化基が最終生成物に組み込まれてしまうため、C-C結合形成へと展開することは困難であった。

 本論文ではイリジウム可視光レドックス触媒と弱いホスフェート塩基を協働させることでアミジルラジカルを系中生成させ、近傍に存在するC-H結合の選択的切断、引き続くC-C結合形成に成功した。

PCET機構によるアミジルラジカルの生成(冒頭論文より引用)

技術や手法の肝

通常切断の難しい N-アルキルアミドN-H結合の均等開裂を、PCET過程を通じて達成したことが鍵である。以前のKnowlesらの研究(N-アリールアミドN-H結合のPCET均等開裂[1, 2]) によってPCETが進行しうる成分の組み合わせをある程度予測可能になっていた。これをもとに、より強力なPCET触媒系を見出したことが本反応の成功につながっている。これにより生じたアミジルラジカルが、アミド窒素γ位C-Hを分子内切断する形式で進行する。

想定触媒サイクル(冒頭論文より引用)

主張の有効性検証

①反応条件の最適化

塩基としてtetrabutylammonium dibutylphosphate を用いることは以前の報告[1]と変わらないが、光触媒をより電子不足な構造(下図Ir-CF3 cat)にチューニングし、パフォーマンスを向上させている。

②基質一般性

安定な3級ラジカルを生成するメチンC-Hだけでなく、メチレンC-Hを標的としても反応が進行する。環境的に類似するメチンC-Hを複数持つ基質でも、位置選択的に反応が進行する。ヘテロ原子α位CーHでも同様に反応が進行。いずれも位置選択性はほぼ完璧であり、1,5-水素原子引き抜きを十分な精度をもって制御した例と言える。

制限として、アルキルエノンやアリールエノンでは反応が進行するが、アクリル酸エステルやアクリルアミドでは目的物がほとんど得られない。これは生成するαカルボニルラジカルからの還元がこのIr触媒系では困難となるためだと考察されている。対応策としてより反応性の高いジカルボニル化合物を用いることで解決している。ベンズアミド側は許容度が比較的大きい。

分子間でのC-H引き抜きも進行するが、当量のベンズアミドの使用と加熱(60℃)が必要。

反応生成物の抜粋

③反応機構の考察

Stern-Volmer assayによってエネルギー移動を起こす組み合わせを調べている。N-ethyl-4-methoxybenzamideそれ自体は光触媒を消光させないが、系内にリン酸塩を一定量入れることで消光が濃度依存的に確認される。

リン酸塩のみでも消光は起こるが、濃度非依存的である。またNMR実験より当量のリン酸塩がIr触媒の化学シフトを変化させることも確認されている。これらの結果より、リン酸塩は触媒に直接作用しうると考えられる。この事実はリン酸塩の量を増やすと収率が減少してしまう結果とも合致する。

次に読むべき論文は?

  • 同時期にTom Rovisらによって報告された同様の反応系[3]は、是非比較しながら読んでみたいところ。

参考文献

  1. Choi, G. J.; Knowles, R. R. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 9226. DOI: 10.1021/jacs.5b05377
  2. Miller, D. C.; Choi, G. J.; Orbe, H. S.; Knowles, R. R. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 13492. DOI:10.1021/jacs.5b09671
  3. Chu, J. C. K.; Rovis, T. Nature 2016, 539, 272. doi:10.1038/nature19810
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 第3回ITbM国際シンポジウム(ISTbM-3)、第11回平田ア…
  2. えれめんトランプをやってみた
  3. AI時代を経て見えてきた “研究者の転職の新基準” —「何を問…
  4. 非常に小さな反転障壁を示す有機リン化合物の合成
  5. 炭素置換Alアニオンの合成と性質の解明
  6. 地域の光る化学企業たち-1
  7. タミフルをどう作る?~インフルエンザ治療薬の合成~
  8. 「ラブ・ケミストリー」の著者にインタビューしました。

注目情報

ピックアップ記事

  1. 実験する時の服装(企業研究所)
  2. ヤーン·テラー効果 Jahn–Teller effects
  3. 信田尚毅 Naoki SHIDA
  4. レフォルマトスキー反応 Reformatsky Reaction
  5. 澤本 光男 Mitsuo Sawamoto
  6. 福井鉄道と大研化学工業、11月に電池使い車両運行実験
  7. 量子の力で生体分析!?シングレット・フィッションを用いたNMR感度の増大
  8. コロナワクチン接種の体験談【化学者のつぶやき】
  9. 塗る、刷る、printable!進化するナノインクと先端デバイス技術~無機材料と印刷技術で変わる工業プロセス~
  10. その病気、市販薬で治せます

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年4月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

アンモニウム構造によりラジカル種の発生位置を完全に制御!

第710回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の榊原 陽太(さかきばら …

化学つれづれ草【ある研究者の回想】

概要物理化学者で量子機能材料を専門とする著者によるエッセイ集.化学者としての研究,教育,人生…

第60回有機反応若手の会

開催概要有機反応若手の会は、有機化学分野で研究を行う全国の大学院生を中心とした若手研究者が集い、…

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第18回HOPEミーティング」参加者募集!

申し込みはこちら概要主催:独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)開催地:神奈川…

光触媒による高効率なCO2還元の実現―まさかの光を弱く当てることが重要だった―

第709回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 理学院(前田研究室)博士後期課程2年の仲田竜一 …

「π-πスタッキング」という言葉が生む誤解【芳香環の相互作用を見直す: 前編】

芳香環が平行に並んで近接しているとき、その構造を「π–π スタッキング」と表されることがよくあります…

一重項酸素によるC(sp2)−P結合切断を用いた長波長光によるリン化合物のアンケージング

第 708 回のスポットライトリサーチは、同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 5…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける画像解析の活用ガイド

開催概要材料開発において、電子顕微鏡やX線トモグラフィーを用いて材料の微細構造を観察するために画…

世界初のPROTAC医薬、ついに承認 ―「タンパク質を阻害する」から「分解する」時代へ

2026年5月、創薬化学の歴史に残る大きな出来事が起きました。米国 FDA は、…

有機蛍光とは異なる新しい有機りん光の分子設計指針の発見

第707回のスポットライトリサーチは、電気通信大学 情報理工学研究科(牧昌次郎研究室)の林希久也 助…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP