[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

微生物細胞に優しいバイオマス溶媒 –カルボン酸系双性イオン液体の開発–

[スポンサーリンク]

第129回のスポットライトリサーチは、金沢大学理工研究域生理活性物質工学研究室黒田 浩介(くろだ こうすけ)助教です。

未利用バイオマスは、次世代エネルギーとして大変期待されています。黒田さんが所属していた金沢大学化学反応工学研究室(髙橋憲司教授)では、イオン液体,超臨界流体,プラズマ,マイクロ波などを活用することによる未利用バイオマスの有効利用を目指した研究が行われています。黒田さんは最近、新規なイオン液体を開発することで、細胞膜にダメージを与えずにバイオマスを溶解させることに成功しました(トップ画像は論文から出典)。

Kosuke Kuroda, Heri Satria, Kyohei Miyamura, Yota Tsuge, Kazuaki Ninomiya, Kenji Takahashi,

”Design of Wall-Destructive but Membrane-Compatible Solvents”

J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 16052-16055 DOI:10.1021/jacs.7b08914

プレスリリースを拝見したことがきっかけで、スポットライトリサーチへの寄稿を依頼しました!それではインタビューをどうぞ。

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

現在、ガソリンの代替品として注目される「バイオエタノール」はトウモロコシなどの食料品から作られており、食糧難を招くおそれがあるとされています。そこで、草や木、紙コップや割り箸などの植物バイオマスからバイオエタノールを作ることが求められています。しかし、植物バイオマスからエタノールを生産するための「バイオマスの溶媒」は微生物に対する毒性が強く、溶媒を除去するのに大きなエネルギーを必要としています。そのため、エタノールを作れば作るほど、エネルギー収支がマイナスになるという大きな問題がありました。

今回本研究グループは、新しいバイオマス溶媒「カルボン酸系双性イオン液体」を開発することで、セルロースを溶解しながら微生物への毒性を極限まで下げることに成功しました。これにより、高濃度の溶媒中で微生物を利用することが可能となるため、エタノール生産にかかるエネルギーコストを格段に下げることが可能になり、これまでエネルギー収支がマイナスとなっていた、植物バイオマスからのバイオエタノールの実用化に近づくことができました。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

全てのセルロースの溶媒は、微生物に対して毒性が高いことが知られており、それよりもはるかに脆弱な細胞膜へダメージを与えないでセルロースを溶解することは不可能とされていました。それでも我々は、イオン液体と細胞膜との相互作用を考えながら最適なイオン液体の構造を探索したところ、上図に示すようなカルボン酸系双性イオン液体が有用であることが分かりました。

私がPh.D.を取得した東京農工大学の大野・中村研究室で学んだ、イオン液体合成技術・相互作用の解析と、その後の金沢大学の髙橋・仁宮研究室での微生物発酵を上手く融合できた、20代での集大成とも言える成果となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究自体は非常に上手く進行したのですが、論文のタイトルと実験量の多さについては大変でした。論文のタイトルは、「エタノールを上手く作れた」というところにフォーカスするか、それとも「新規イオン液体」というところにフォーカスするかなど、とても悩みました。そんなときに、東京大学の五十嵐圭日子先生に「小さくいくな、もっと広くいけ!」とアドバイスをいただき、最終的に「Design of Wall-Destructive but Membrane-Compatible Solvents」というタイトルになりました。

実験量としては、本当にたくさんの実験を行いました。論文に載っているデータは実際の1/10にも満たないと思います。昨年度博士前期課程を修了した宮村恭平くんと、2017年9月にPh.D.を取得したHeri Satria博士の頑張りが実を結んでほっとしています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は、イオン液体の面白さをもっともっと見つけて発信したいと思っています。「イオン液体」、耳にしたことがある人も多いかと思いますが、イオン液体の評判は「どうせ高いんでしょ?」といったものが多いのです。そして、(最近は大きく値段が下がってきているものもありますが、)確かに溶媒としては高いものが多いのが現状です。しかし、それを補ってあまりある魅力がイオン液体にはあります。それはイオン液体の構造のデザイン性の高さです。今回の研究でも、イオン液体のアニオンとカチオンを共有結合で結んであげるだけで、イオン液体は全く違う顔を見せてくれました。そのようにしてイオン液体の表情を上手く変えてあげることで、イオン液体に“しか”できないアプリケーションがいくつも生み出されています。イオン液体の構造は理論上無限に近いので、まだまだ誰にも見せていないイオン液体の顔があるはずです。それを見つける楽しみを続けていきたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

イオン液体はセルロース溶媒の他にも、電池の電解質や酵素の反応場、抽出溶媒など、本当に多くの分野で使われています。皆様のサイエンスの発展に対してお手伝いできることがあるかもしれません。もしご興味があれば、共同研究など大歓迎です。一緒に楽しいことしましょう!

連絡先;kkuroda at staff.kanazawa-u.ac.jp (atを@に置き換え願います)

研究者の略歴

名前:黒田浩介(くろだ こうすけ)

現在の所属:金沢大学 理工研究域 生理活性物質工学研究室

現在の研究テーマ:新しいイオン液体の開発およびバイオマス利用

【略歴】
2012年4月〜2014年9月 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2014年9月 東京農工大学 博士後期課程 生命工学専攻 修了 (大野弘幸・中村暢文研究室) 博士(工学)取得
2014年10月〜2017年9月 特任助教 金沢大学 理工研究域 自然システム学類 化学反応工学研究室 (髙橋憲司研究室)
2015年10月〜現在 助教 金沢大学 理工研究域 自然システム学類 生理活性物質工学研究室
【webページ】
http://ionicliquid.w3.kanazawa-u.ac.jp

Avatar photo

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. 有機反応を俯瞰する ー縮合反応
  2. 2005年ノーベル化学賞『オレフィンメタセシス反応の開発』
  3. 軽くて強いだけじゃないナノマテリアル —セルロースナノファイバー…
  4. 量子アルゴリズム国際ハッカソンQPARC Challengeで、…
  5. 試薬の構造式検索 ~便利な機能と使い方~
  6. 【ケムステSlackに訊いてみた①】有機合成を学ぶオススメ参考書…
  7. ハリーポッターが参考文献に登場する化学論文
  8. 量子力学が予言した化学反応理論を実験で証明する

注目情報

ピックアップ記事

  1. パラジウムが要らない鈴木カップリング反応!?
  2. 有機強相関電子材料の可逆的な絶縁体-金属転移の誘起に成功
  3. 東芝:新型リチウムイオン電池を開発 60倍の速さで充電
  4. 既存の石油設備を活用してCO2フリー水素を製造、ENEOSが実証へ
  5. クライオ電子顕微鏡でATP合成酵素の回転の細かなステップを捉えた!
  6. ポンコツ博士の海外奮闘録⑪ 〜博士,データをとる〜
  7. 第30回 弱い相互作用を活用した高分子材料創製―Marcus Weck教授
  8. 2012年Wolf化学賞はナノケミストリーのLieber博士,Alivisatos博士に!
  9. アレルギー体に抑制力:岐阜薬科大学長ら発見
  10. N-オキシドの合成 Synthesis of N-oxide

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

MDSのはなし 骨髄異形成症候群とそのお薬の開発状況 その1

Tshozoです。今回はかなり限定した疾患とそれに対するお薬の開発の中身をまとめておこうと思いま…

第42回メディシナルケミストリーシンポジウム

テーマAI×創薬 無限能可能性!? ノーベル賞研究が拓く創薬の未来を探る…

山口 潤一郎 Junichiro Yamaguchi

山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう、1979年1月4日–)は日本の有機化学者である。早稲田大学教授 …

ナノグラフェンの高速水素化に成功!メカノケミカル法を用いた芳香環の水素化

第660回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科(有機化学研究室)博士後期課程3年の…

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP