[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ククルビットウリルのロタキサン形成でClick反応を加速する

[スポンサーリンク]

カリフォルニア大学バークリー校・Matthew B. Francisらは、ククルビット[6]ウリル(CB6)のロタキサン形成能を応用し、アジド-アルキン付加環化を加速させる手法を開発した。

“Cucurbit[6]uril-Promoted Click Chemistry for Protein Modification”
Finbloom, J. A.: Han, K.; Slack, C. C.; Furst, A. L.; Francis, M. B.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 9691-9697. DOI: 10.1021/jacs.7b05164

問題設定

タンパク質化学修飾は様々な応用が期待される方法論として注目を集めている。一般的には水系・中性近傍pH・低濃度での実施可能性および高い官能許容性が反応特性として求められる。
アジド-アルキン1,3-双極子付加環化(AAC)は上記要請を満たす反応として幅広く使われるが、反応加速目的で添加される銅触媒がタンパク機能を損なったりDNA損傷や細胞毒性を引き起こすため、多くの生物学的応用には不適となっている。改良法として銅フリー歪み促進型AAC反応(SPAAC)[1]が知られるが、こちらもシクロアルキン基質の不安定性、低水溶性、合成コストの高さなどが問題となっている。

技術や手法のキモ

ククルビット[n]ウリル(CBnは、密集カルボニル基がアンモニウムカチオンと静電相互作用・水素結合することで、特徴的なホスト―ゲスト化学挙動を示すことが知られている。


本論文ではCB6分子とジアミンユニットのロタキサン形成過程を介した反応加速によってこの問題の解決を目指している。すなわち、アジドおよびアルキン部位にアミン(生体適合系ではプロトン化されたアンモニウムカチオンとして存在)を連結させたCB6とのheteroternary複合体形成からの反応加速を意図した設計を施している。このようなAAC反応は1983年にMockらによって報告されており[2]、(プソイド)ロタキサン合成に使われた実績もある[3]。しかしながら生体共役反応として用いられた例はこれまでに存在しない。

主張の有効性検証

①反応条件の最適化

synthetic modularityのあるピペリジン骨格をアジド側リンカーとして選択。最適化用基質としてはタバコモザイクウィルスカプシド変異体(RR-TMV-T104K)を用いている。
RR-TMV-T104KをNHSエステル1(10eq)で処理すると、表面Lysが約60%収率で修飾されたTMV-pipN3が得られた。これを基質として用い、LC-MSモニタリングによってCB6-AACの条件検討を行なっている。

最適条件(プロパルギルアミン(10eq)、CB6(10eq)、BisTRISバッファ(50 mM、pH 6)、37℃、24h)では95%収率でClick反応成績体を与える。観測される生成物のMSピークにはCB6が含まれ、競合基質(スペルミン)を加えると一部のCB6が外れることから、プソイドロタキサン形成が示唆される。
CB6と相互作用するNa+, K+が高濃度で存在するホスフェートバッファ中でも、ある程度の効率で実施可能。アミンのプロトン化を担保できるpH6が好ましい。結合体の水溶性は極めて高い。

②タンパク質の修飾

NHSエステル1でリゾチームをアジド修飾し、アルキン-PEG連結体3a/3bを用いて実施。CB6共存下にピペリジンリンカー体3aと反応させる場合は+2~5mod体が34%で得られる。立体的に小さいグリシンリンカー体3bを用いると収率は98%にまで向上する。
同様のやり方で、TMVタンパク+ペプチド(70%収率)、リゾチーム+22bpDNA(50%収率)、RR-TMVタンパク+ドキソルビシン(99%収率)なども合成できる。
ドキソルビシン担持試薬7の場合は特別に反応性が高い(CB6は2当量でOK)。これは、ドキソルビシン自体もCB6と水素結合して遷移状態安定化に寄与するためだと考察されている。

アルキン側の一般性

③他のBioconjugationとの直交性

Cysマレイミド修飾法との直交性を示すべく、二種の蛍光分子(AlexaFluor488とAlexaFluor594)をRR-TMV(Cys123とLys104を追加導入している)に順番に結合させた。その結果、FRET挙動が観測された。このことから、両修飾法は直交的に使うことができる。

またCB6の特性上、アンモニウムカチオンが近傍にないと反応が促進されない。そこで窒素を持たないアルキルアジド修飾体TMV-N3をピペリジン修飾体TMV-pip-N3と1:1の量比で共存させ、CB6-Click反応を行なったところ、pip-N3体のみが反応してTMV-N3は残存した。続いて同反応系中にSPAAC反応を実施したところ、残されたTMV-N3が選択的に反応した。ただし歪みアルキンは両方に反応性を持つので、反応順序はこの通りでなくてはならない。

議論すべき点

  • 今回はLys修飾ののち後付けの形でデモしているが、NHS部分を変更すれば原理上どのようなアミノ酸残基でも標的にできる。
  • 後付け加速コンセプトとしては面白いが、アミノ酸反応剤と直接繋げてしまえばいいような気もする。この手法が活きてくるのは、果たしてどのような研究局面だろうか?
  • 反応部位周りの構造は最適化途上と述べられている。ドキソルビシンの例からも推測可能だが、リンカーからの水素結合の上手い関与がさらなる効率向上の鍵になるか。

次に読むべき論文は?

  • 次なる応用はin vivo targeting・in vivo反応だと思われる。SPAAC反応やテトラジンDiels-Alder反応系はそのような応用事例に実績をもつ[4]が、これらの反応と比べてどこまでの利点が出せるか?が鍵になるだろう。塩やアミンが大量に存在する細胞系・動物系で機能するか否か、多成分系に起因するエントロピー的不利を乗り越えられるか否か、は興味の持たれるところ。

参考文献

  1. Codelli, J. A.; Baskin, J. M.; Agard, N. J.; Bertozzi, C. R. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 11486−11493. DOI: 10.1021/ja803086r
  2. (a) Mock, W. L.; Irra, T. A.; Wepsiec, J. P.; Manimaran, T. L. J. Org. Chem. 1983, 48, 3619−3620. DOI: 10.1021/jo00168a070 (b) Mock, W. L.; Irra, T. A.; Wepsiec, J. P.; Adhya, M. J. Org. Chem. 1989, 54, 5302−5308. DOI: 10.1021/jo00283a024 (c) Barrow, S. J.; Kasera, S.; Rowland, M. J.; del Barrio, J.; Scherman, O. A. Chem. Rev. 2015, 115, 12320−12406. DOI: 10.1021/acs.chemrev.5b00341
  3. (a) Angelos, S.; Yang, Y.-W.; Patel, K.; Stoddart, J. F.; Zink, J. I. Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 2222−2226. DOI: 10.1002/anie.200705211 (b) Hou, X.; Ke, C.; Fraser Stoddart, J. Chem. Soc. Rev. 2016, 45, 3766−3780. doi:10.1039/C6CS00055J
  4. (a) Baskin, J. M.; Prescher, J. A.; Laughlin, S. T.; Agard, N. J.; Chang, P. V.; Miller, I. A.; Lo, A.; Codelli, J. A.; Bertozzi, C. R. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2007, 104, 16793. doi:10.1073/pnas.0707090104 (b) Rossin, R.; Verkerk, P. R.; van den Bosch, S. M.; Vulders, R. C. M.; Verel, I.; Lub, J.; Robillard, M. S. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 3375. DOI: 10.1002/anie.200906294

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (3) 完結編
  2. プロワイプ:実験室を安価できれいに!
  3. 思わぬ伏兵・豚インフルエンザ
  4. 高選択的な不斉触媒系を機械学習で予測する
  5. NMRの測定がうまくいかないとき
  6. ワインのコルク臭の原因は?
  7. スルホキシイミンを用いた一級アミン合成法
  8. ワイリーからキャンペーンのご案内 – 化学会・薬学会…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 科学論文を出版するエルゼビアとの購読契約を完全に打ち切ったとカリフォルニア大学が発表
  2. メチレン炭素での触媒的不斉C(sp3)-H活性化反応
  3. 本当の天然物はどれ?
  4. 富山化の認知症薬が米でフェーズ1入り
  5. English for Writing Research Papers
  6. 特許の基礎知識(2)「発明」って何?
  7. YMC研究奨励金当選者の声
  8. 分析化学科
  9. 反応探索にDNAナノテクノロジーが挑む
  10. 3Dプリント模型を買ってコロナウイルス研究を応援しよう!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年11月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

高懸濁試料のろ過に最適なGFXシリンジフィルターを試してみた

久々の、試してみたシリーズ。今回試したのはアドビオン・インターチム・サイエンティフィ…

細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発

第581回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

カルロス・シャーガスのはなし ーシャーガス病の発見者ー

Tshozoです。今回の記事は8年前に書こうと思って知識も資料も足りずほったらかしておいたのです…

巨大な垂直磁気異方性を示すペロブスカイト酸水素化物の発見 ―水素層と酸素層の協奏効果―

第580回のスポットライトリサーチは京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 陰山研究室の難波…

2023年度第1回日本化学連合シンポジウム「ヒューメインな化学 ~感覚の世界に化学はどう挑むか~」

人間の幸福感は、五感に依るところが大きい。化学は文明的で健康的な社会を支える物質を継続的に産み出して…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP