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化学者のつぶやき

リチウムイオンに係る消火剤電解液のはなし

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Tshozoです。少し前の案件なのですが「リチウム電池の課題のはなし2」の前にちょっと気になったのでこちらの論文を紹介します(図:東京大学プレスリリースより引用)。

“Fire-extinguishing organic electrolytes for safe batteries”
Jianhui Wang, Yuki Yamada, Keitaro Sodeyama, Eriko Watanabe, Koji Takada, Yoshitaka Tateyama & Atsuo Yamada
Nature Energy (2017) doi:10.1038/s41560-017-0033-8

ボーボー燃えるはずのリチウムイオン電池の電解液を「不燃液」に代えてしまっても電池として動作させられるという、なかなか普通の発想からは出てこない考え方に基づいた論文です。なお主筆の東京大学山田淳夫教授率いる山田研究室以前紹介した「超高濃度塩水電解液」を用いたリチウムイオン電池の研究をはじめ、国内のリチウム系電池の研究をけん引するグループのひとつ。今回はNIMS(材料研究機構)との共同研究によるものです。

・・・以下、不燃液と言うと少し誤解が生じるのでとりあえず消火剤としましょうか。ということで概要含めて以下に書いていきます。

【背景】

リチウムイオン電池のわかりやすい中身の図[文献1] 今回は前の話と同じく両電極に浸み込んでる電解液(Electrolyte)のはなし

毎度ながらですが、現在市場に出ているリチウムイオン電池。どれもやりようによってはおおかた燃えますし、燃えるとろくでもないホスゲン系(しかもフッ化系)のガスが出る可能性があるなど、高密度化したが故に問題が発生した時に穏やかなもんではないのはこれまで色々と述べたとおりです(こちらの記事こちらの記事など)。それもそのはず、電池リチウムイオンを伝えるための電解液がもともと燃える材料だからですね。

毎度ながら一般的な電解液(再掲) これらにLiPF6などのリチウム塩を溶かして使う
何をどう調合しているかは各社ごと・用途ごとに微妙に異なる

調べてみるとTesla Motorsのアレも最近結局アチコチで燃えたりしている[文献2]
ただし従来車(ガソリン車)も結構な数がアチコチで燃えているので
リチウムイオン電池だけが危ないというわけではない

ということでこの電解液を難燃化・不燃化する様々な試みは継続しており、そんな中で出てきた今回の成果はどのような意味を持ち、何が新しくて進歩的であったのかを以下読み解いてみることにしました(以下、有機電解液を中心としたものに話を絞ります)。

基本的に、燃えなく/燃えにくくするということに対しては、

①燃えるものをなくす/減らす
②酸素をなくす/届きにくくする
③酸化反応を阻害する/極端に遅くする/起こりにくくする

といった3つの大きな柱があります。

①②をあわせたような考えの代表として2005年あたりにほぼ同じ観点に基づいた技報がGSユアサ殿から出ておりまして(こちら)、電解液を燃えにくくするため、エーテル及びそれに似たを多く含んだ分子構造にリンなどの酸素をトラップしやすい構造を放り込むというもの。

引用:[文献3]

確かに燃えにくそうですが、純粋なエーテル基が無いのでNaイオン・Liイオンが配位しにくいうえ、電解液の分子量がデカくなるのと低温で粘っこくなりそうでイオン伝導率が下がりそう、しかも副反応とかで電池の容量が経時で下がりそうという背反もすぐ頭に浮かびます(実際そんな感じの結果に至ってます)。ということで研究はされたものの実際に商品としては広く採用するには至ってないもようです。

次に最初に述べた難燃添加剤。これは②と③にまたがった対策になります。つまり材料中に酸素を上記のようにトラップできる材料を入れることですが、これも酸化還元電位の範囲で十分に安定かどうかがかなり問題になりそう(特に電池の温度が上がった場合とか、異常電圧がかかった場合など)。一応室温レベルではかなり安定性は高いのですが・・・

過去に検討された難燃材の代表例であるフォスファゼンの基本構造[文献4] 端部を色々いじることで側鎖や主鎖にも導入して難燃性を上げられるスグレモノ

で、結局性能のバランスなどを考慮した挙句、各社は電解液を細かく調合して燃えにくいように作っているのに加え、セパレータ等他の部材と抱き合わせて安全性を上げるという、悪く申し上げるならば個別的な対応に留まっているというのが現実です。

もちろん酸素と結合しやすくかつ結合後もガス化しないリン(P)と、自身が不燃ガスとなって消化作用を発揮すると考えられている窒素(N)とが大量に含まれている上記のフォスファゼンのような難燃剤は工業的に非常に重要ですし、電解液以外の部材も含めた総合的な安全性のレベルは着実に向上してはいますが、正直「燃えなくて性能が維持できる(内部抵抗が上がらないor容量が下がらない)」組み合わせの電解液に関してはここ10年くらい大きな進展がみられないんでは、というのがここらへんの業界の端っこに居る筆者の感想です。

これに対し、今回の論文では電解液を消火剤そのものに置き換えて安全性を実現させ、かつ反応時に負極側に発生する皮膜により繰り返し充放電時の性能安定性を高める、とする内容になります。

【論文要旨】

ポイントとなった基本的な構成のキモはGSユアサ殿が検討していた電解液の1種である上記のTMP(トリメチルフォスフェート)と、極めてイオン解離性の高いフッ化スルホンイミドアニオン(N(SO2F)2)を用いるというもの。なおユアサ殿が検討していた際にはこれがLiPF6(六フッ化リンリチウム)、現在のリチウムイオン電池に広く用いられている材料のみでした。これだけ見るとアニオン側をPF6からスルホンイミド系に変えただけなのですが、この高いイオン解離性の効果に加えてもう思わぬ効果がありました。

今回の論文で用いたメイン塩であるフッ化スルホンイミドナトリウム(orリチウム)
フッ素原子とスルホン基の電気陰性度が極めて高いため
アニオンの解離性が非常に高くなり、イオン伝導性に寄与しうる

その効果の一つ目とは、上記のスルホンイミド塩濃度が高い場合に電池を動作させると、負極の表面に特殊な無機成分をバリア状の無機構造(不動態のようなもの)を作るという点。これがこの消火剤系の電解液を使っても顕著な性能低下を発生させずに安定的な繰り返し発電を実現する、今回の最も重要なポイントです。この皮膜は上記のスルホンイミド塩の濃度が高濃度の時、つまり塩の分解が優先される時のみに発生することが今回の検討からわかりました。

本論文より引用 右側が今回の組み合わせで形成される無機混合SEI
左側が市販のリチウムイオン電池でみられるSEIだが、有機物(矢印部)が混在する

この無機物を中心とした皮膜にはリン(P)がほとんど含まれず、また従来のリチウムイオン電池でみられるようなポリマー性状のSEIとは異なった状態のものであることが分析から判明しています。また今回の論文には明確な効果が書かれていませんが、かなり均一に負極に被覆されていることからデンドライトの成長を抑制する効果もあるのではないでしょうか。

さらにもう一つは、Na+イオンでもLi+イオンでも同様の効果が得られきちんと電池として繰り返し動作し、これまで見られたような経時劣化による容量低下が抑制出来たということ。しかも極めて充電効率が高い(C/5の場合ながら、100サイクルレベルを通じて100%近くを維持)。特にNaという安価で資源に事欠かない材料でここまで安定した性能を実証したものはあまり例を見ないのではないでしょうか。その意味でも類稀な成果と言っても過言ではないという気がしております。

実際の電池性能[本論文より筆者が改編して引用] コインセルなので数値上は容量が低いが構造と材料組み合わせで十分カバー可能

蛇足ながらこの皮膜を形成するには何回か充放電をしなくてはなりませんが、通常リチウムイオン電池を出荷する時にはこの操作を行いますので、別に手間も増えない。もちろん今回作った電解液は引火点もありませんから火も点きようがなく(論文中表1)、高い安全性を示します。フッ素系のややこしいガスが出るのは、他の事故などに巻き込まれた結果発生した火で電池全体が炙られるようなことがない限りまず有り得ないと考えられます。

しかし単純な疑問なのですが、一体なんでこの構成で試そうと思ったのでしょうね。というのもこのTMPとイミド塩は比較的ありふれた組み合わせで(どっちも東京化成殿で買えるレベルのもの)正直なところ、大変僭越であることを自覚して申し上げますが筆者ならモノも作らずに「今更トライしてみる価値無いだろ」とテキトーな判断を下してしまうであろうと思いました。本研究の著者の方々はそうした短絡思考に陥ることなく実際にモノを作るという実践を優先させたからこそ今回のこうした思わぬ効果が得られたのでしょう。

今回のような興味深い結果を見るにつけ「あんまりアタマの中だけで考えてると見えるものが見えなくなる」という、とある先輩の言葉を思いだし反省することしきりであり、モノは嘘をつかんが見るのは人間だということを改めて実感する次第でした。

【課題とまとめと】

今回の結果はC/10~1C※と、やや小電流領域での充放電に関して性能が維持できる、というものでした。たぶんCellularや小型機器ならこれで十分です。その点では画期的に安全性を向上させたと言っても過言ではないと感じています(※1C=1時間で電池を全て使い切るレベルの電流・今回のデータを見ると検証した電流の最大値としては0.50A前後でしょうか)。

しかし実使用環境で極端に発火のリスクが高くなるのは、大電流を瞬時に流す/流し込まれるような(500Aとかとんでもない値の)ケースです。例を挙げると大電流対応充電スタンドやビル全体の瞬時停電バックアップなど。これらのケースは設計上決めているとはいえ電池にドカーンと凄まじい電流が出入りするため、温度調節を行っていないと内部抵抗に起因する抵抗熱と電気化学的な反応熱とがあいまって(場合により吸熱するケースもあるようですが)常用温度域をはるかに超える可能性も。また急激に材料が膨張・収縮することから構成材料に相当な機械的ストレスがかかります。しかもそれが繰り返し起きるようなケースでも安全性が保たれなければならない。今回のSI(Supporting Information)を見るかぎりまだ極端な大電流充放電はトライされていないもようで、贅沢な要求かもしれませんがそこは潜伏的な課題として残るでしょう。加えて電解液の粘度が若干高い点。高濃度のスルホニルイミド塩を使わなければならないことからやや粘度が高く、低温での性能低下が若干危惧されますがまぁこれはTMPの方の分子構造をいじれば改善するレベルでしょうから杞憂レベルな気がします。

欧州の特殊電池業界で大きなプレゼンスを見せる
Saftが製造した大電流Liバッテリーの試験例[文献5]

もっとも、たとえば10Cを流せるようなケースではかなり高額の装置が無いと測定出来ないのと、加えて大容量の電池を試作すること自体がかなりレベルの高い試作技術を必要とするため大学の研究室ではかなり難しい場合が多いのでここで書いた話は実際にはかなり無理な注文に近いのですが・・・ボタン電池レベルでも大電流試験は出来なくはないのですが、実際に使われる捲回型電池できちんと測定しないと正しい評価が出しにくいケースがあるのが実際です。

ということで既に様々な企業と共同研究を進めておられるであろう同研究室・NIMSから発信された本技術。充実した測定装置と試作技術で強みをもつ企業内で、より実用に近い形でその真価が発揮され、より安全な電池が構築されることを願いつつ、今回はこんなところで。

【参考文献】

  1. “Future Batteries for 12V Automotive SLI+ Applications”, Total Battery Consulting Inc.,  2017, リンク
  2. “High safety Lithium ion battery for EV application”, Taipei Forum on Large Format Lithium Batteries 2017, ITRI/MCL  リンク
  3. “難溶性溶媒を電解液に用いたリチウムイオン電池の特性” GSユアサ技報, 2005, リンク
  4. 日本化学工業 難燃材 リンク
  5. “Evaluation of Saft Ultra High Power Lithium Ion Cells (VL5U)”, 2009, Army Research Laboratory
Tshozo

Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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