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スポットライトリサーチ

100 ns以下の超高速でスピン反転を起こす純有機発光材料の設計

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第279回のスポットライトリサーチは、京都大学 化学研究所 梶研究室 博士研究員の和田啓幹(わだ よしまさ)さんにお願いしました。

和田さんの所属する梶研究室では、有機エレクトロニクス(EL)材料に関する研究を行っており、これまでも多数の興味深い材料を報告しています。研究室を主宰されている梶弘典教授より、和田さんへのコメントと一緒に詳しい研究室の紹介もしていただきました。詳細は記事の後半をご覧ください。

今回紹介いただける内容は、本来有機分子では禁制とされているスピン変換過程を緻密な分子設計により実現したというものです。本研究成果は、Nature Photonics誌に 原著論文として公開され、京都大学からプレスリリースされており、日刊工業新聞でも取り上げられています。先日公開されました第1回ケムステVプレミアレクチャーとも関連が深い内容ですね!

“Organic light emitters exhibiting very fast reverse intersystem crossing”
Nature Photonics, 14, 643–649 (2020). DOI: 10.1038/s41566-020-0667-0

実は筆者はこれまで和田さんと一緒に海外で研究を行ったり、共同研究をさせていただいたりとお世話になったことがあります。和田さんは非常にストイックに研究をやられており、化学現象を根源から理解しようと とことん突き詰めている姿勢にとても刺激を受けています。今回の成果も和田さんならではの緻密な分子設計による研究成果であるように思います。

それでは今回もインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本来、純有機物化合物において禁制とされてきた、スピン反転の伴うアップヒルな遷移を、100 ns以下の超高速で実現した研究です。

図1. 本研究の分子設計指針の説明。超高速なRISCの実現により高輝度でも高効率を実現できる。

 

ここ数年の間に、家電量販店やインターネットにおいて、「有機EL搭載スマートフォン」や「OLED TV」といった表記を目にする機会が増えてきたのではないかと思います。有機EL(別称OLED)は、水素や炭素、窒素といった普遍的に存在する元素から構成される有機分子が数百nm程度、薄く重なった構造をしており、そこに電気を流すことで材料自身が光を放出するメカニズムになっています。この光を放出する材料を発光材料と呼び、1980年代に有機ELが発明されて以来、新規発光材料開発に関する研究が数多く行われてきました。そして、2000年代後半から2010年代前半にかけて、九州大学の安達教授らにより、熱活性化遅延蛍光(TADF)とよばれるメカニズムを利用した発光材料を用いることで、金属元素を用いない純有機発光材料においても、有機ELの飛躍的な特性向上が実現されました(H. Uoyama et al., Nature 492, 234–238, (2012).)。この研究を皮切りに、ここ10年においては、破竹の勢いで新規TADFの開発が進んできています。

我々の研究室においても、新規TADF材料の開発を行ってきており、2015年には安達研との共同研究の成果として、電気→光の変換効率が100%を示す、DACT-IIと名付けた分子の開発に成功いたしました(H. Kaji et al., Nat. Commun. 6, 8476 (2015).)。これだけでも革新的なパフォーマンスなのですが、電気→光への変換効率だけではなく、その変換速度も実際のデバイス運用においては重要になります。今回は、その変換速度をいかに高速化するかという点に着目した研究です。この高速化により、高輝度においても高効率発光が実現できるようになります。

■もう少し踏み込んだ話■

有機ELにおいては、外部から流した電子とホールが発光層内で再結合することにより発光しますが、この時、スピン統計則に基づいてスピン多重度の異なる一重項励起子(S)および三重項励起子(T)がそれぞれ25%および75%の確率で生成します。TADF材料の利点は、従来の蛍光材料において利用できなかった75%のTを発光に寄与させることができる点です。このTからSへの遷移が逆項間交差(RISC)と呼ばれるものですが、スピン多重度の異なる状態間の遷移であるため、水素や炭素、窒素といった普遍的な元素のみから構成される純有機化合物において、このRISCは通常、禁制です。TADF材料においては、SとTのエネルギー準位を限りなく近づけることによってその禁制を緩和し、RISCを実現してきました。しかしながらそのRISC速度は一般的な蛍光材料の発光の速度定数(108 s−1程度)よりも2から4桁程度小さく(高々104 –106 s−1程度)、RISCが発光の律速段階になっておりました。今回の系においては、分子設計にさらなる工夫(図1。より詳細にはプレスリリース本誌参照)を取り入れ、このRISCの速度定数をさらに1桁上げることに成功し、100ナノ秒以下と超高速なT→Sスピン反転を達成しています。この速度は、論文発表当時、水素、炭素、窒素のみからなる純有機化合物としては世界最速のRISCを示しています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

有機ELという応用を見据えた研究である以上、高いパフォーマンスを示すことも大切ですが、それ以上に基礎研究としては、分かりやすさ・合点のいきやすさがとても大切だと考えています。その点で、分子設計において、数多くの工夫を取り入れました。

実際の分子構造を見ていただくとわかりやすいと思いますが(図1参照)、今回の分子設計には、大きく分けて、ドナー・アクセプター・足場と3つの部分構造が出てきます。そして、今回の研究の鍵となるのが、ドナー・アクセプターの空間的な相互作用です。すなわち、足場に用いる部分構造は、それ自身がドナー・アクセプター間の相互作用に影響を与えず、純粋に足場として機能できるようなものが必要でした。そこで、中心がσ結合で介された(π共役が広がらない)トリプチセン構造に目をつけ、足場として用いました。

また、電子ドナーおよびアクセプターはトリプチセンとの結合軸に対し、それぞれ対称的な形をしていることがわかると思います。有機化合物は比較的分子の自由度が高く、例えば単結合軸を回転軸として動くことができるため、様々な立体異性体を有する可能性があります。そのため、ドナーおよびアクセプター分子として結合軸に対して対象でない分子を用いてしまうと、立体配座の異なる異性体ができてしまい、1つの確からしい立体配座で議論することができなくなってしまいます。このような工夫により、現象が大幅に考えやすく、理解しやすくなっていると考えています。

本質的な分子設計は本誌の方に詳しく記載しておりますので、この背景を踏まえてご一読いただければと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

今回の研究の難しさは本当に数多くあったと感じています。その中でも個人的に一番印象深かった出来事を1つ紹介させていただきます。

TADF材料はTからSへのRISCに基づくため、Tのクエンチャーである酸素分子の存在下では、効率的なRISC、すなわちTADFが起こらなくなります。その特徴を利用し、新規TADF材料のスクリーニング段階においては、まず少量合成をし、有機溶媒に溶解させた希薄溶液中で光物性評価を行います。その際、アルゴンガスや窒素ガスを吹き込むことで、溶液中の溶存酸素濃度を限界まで下げます。しかしながら、初回スクリーニング時には、バブリング後においても、発光の量子収率は50%程度しかなく(最終的には84%と高いことが分かった)、それほど効率的と呼べるものでは有りませんでした。特に今回の設計分子においては、何度も梶教授とのミーティングを重ねた上で辿り着いた設計でして、関係者全員がその特性に期待を寄せていました。また、分子の合成も少しトリッキーで、第二著者の中川博道研究員が血の滲むような努力で合成して下さいました。そのような期待を一身に受けた分子であったため、評価結果は期待通りとは到底呼べず、どうしたものかと悩みました。ただ、その結果がどうしても直観的に腑に落ちなかったため、とにかく実際に目で見て、何が起こっているのか頭で理解しよう、と考えました。

実際にやったこととしては、バブリング中にハンディライトを当てながら、発光の変化を数十分間じっと見続けました。図2に示すように、最初は全くといっていいほど光っていなかった溶液(これ自体がTADF材料としては特殊)が、十分にバブリングされた状態では強く発光し、そして、バブリングをやめた瞬間、みるみるうちに空気界面から消光していく様子が見られました。私の経験上、このような劇的な変化は、過去に当研究室で開発してきたTADF材料群においては見られなかった傾向でした。最終的には、これが今回の研究結果の一番大事なポイントになるのですが、SとT間のスピン反転の速度が極めて高速であるため、光励起下においてもS→T→Sのサイクルの中でTが迅速に生成され、コンマ数ppm程度の酸素が存在しても、急激に消光を受けてしまうという特徴をまさに反映するものだったのです。消光を強く受けた他の原因として、吸収量を稼ぐ目的で、通常よりも濃い10−4 Mの溶液を使用したことも関連しているのですが、結果的にこの考察のおかげで、今回設計した分子が酸素に極めて敏感であり、酸素センサーにも使えそうだ、という付加価値も見出すことができました。この一件により、実験化学者として、観察と検証の重要さを改めて実感させられました。

図2. (左)バブリングによる発光の経時変化の様子。(右)バブリング有無による発光強度の違い

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

この先も、研究者として、化学の深淵を覗き続けたいと思っています。

日々研究をしていると、100回に1回くらいの確率で、私の理解の範疇を超えた結果や現象に行き当たると感じています。残念ながら私は勤勉なタイプではなかったため、多くの場合はただの知識不足であることがほとんどですが、それでも、そのような結果や現象との遭遇は、とても強く好奇心が駆り立てられるものです。そして、その原因を考えて、悩んで、やっと腑に落ちた時、とても強い幸福感や達成感に包まれます。

忙しくなってくるにつれ、そのような些細で面倒な事には目を瞑ってしまいがちになりますが、いつまでも、目の前で起こる現象に純粋かつ敏感な研究者でありたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回、論文中で報告している分子は一例であり、ドナー・アクセプター・足場を変えたり増やしたりすることで、さらなる高性能化に取り組んでいます。また、2020年現在M2の学生の日下部悠君が、今回の分子設計を拡張し、従来のドナー・アクセプター結合型ではTADF材料骨格としての利用が難しかったドナーやアクセプター骨格も用いることができる、という、分子構造制御に関する研究も進めてくれました(関連リンク4)。このように、今回報告した分子設計指針自体は無限の拡張性を持っていると思いますので、ケムステ読者の皆様の自由な発想で、さらなる高性能な分子開発に繋げてもらえると大変嬉しく思います。

また、我々の応用先は有機ELでしたが、高速なスピン反転を応用して、例えば酸素センサーなど、生態応用にも波及効果があるだろうと期待しています。一方で、基礎科学としては、スピン反転自体、本質的に光物理現象としても大変興味深い現象です。今後、光物理分野における研究が進んでいく中で、本研究が理解を進める上での一助となれば嬉しく思います。

ここまで研究に関して、長々と述べさせていただきましたが、おそらく私は、少し特殊で変な人間だと思います。小さい頃から(考えるというよりかは)悩むのが好きで、夜も床に入っては、悩みの種を探し、あれこれと考えるのが好きな人間でした。今となっては、この悩む事自体に苦痛を感じない力のおかげで、現在の研究職を本当に心の底から楽しくさせていただけているのだと思います。月並みにはなりますが、得手・不得手は十人十色だと思います。時間のある学生(特に学部生)のうちに、失敗体験を沢山積んで、自分が本当の意味で好き/嫌いなことは何なのかハッキリさせることができれば、進路を選択する上での判断基準として、強固な軸になってくれると思います。その選択肢の一つとして、博士後期課程進学やアカデミックでの研究職があるのであれば、周りに左右されず、強く自分を貫き、進んでください。

最後になりましたが、本研究の遂行はもちろんのこと、学部生時代から現在に至るまで、多大なご指導を賜りました梶弘典教授に、この場を借りて心より御礼を申し上げたく存じます。また、本研究遂行に多大なご尽力を頂きました中川博道研究員、ならびに共著者の皆様に御礼申し上げます。そして、今回、我々の研究を紹介する機会を与えてくださいましたChem-Station運営スタッフの皆様に深く感謝申し上げます。

研究室を主宰されている梶弘典教授から和田さんへコメント

和田君は、四回生の時、私の研究室に第一志望で来てくれた時から博士課程進学を希望し、この3月に晴れて博士(工学)となりました。

!!!おめでとう!!!

和田君と久保君と二人続けての公聴会、二人とも素晴らしい内容でした。うちの研究室では、テーマは基本的に私が設定しますが、あとは全員でディスカッションしながら良い方向へと展開していく感じです。和田君の場合は、最初のテーマ設定は志津君(助教)が深くかかわってくれました。成長が著しく、理解度が非常に高いため、そのうち、新しいアイデアを思いつくと、ついつい和田君を呼び出してこんな研究、面白いと思うんだけど、どう?やらない?と、かなり多くのテーマを提示してきました。私の常識外れのアイデアにはなかなか乗っかってくれないにしても、まともなテーマは、こういう風にしてほしいな、といったところも、言わなくてもやってくれたりします。和田君の色も加わってきます。理解度に加えて、とにかく動きが速い!

この6年間、そのような形で研究生活を送ってもらい、研究者として大きく成長してくれました。また、自身の研究のみならず、後輩の指導も(最初は当然のことながら微妙なところもありましたが)徐々にレベルが上がってきました。研究室のメンバーには、博士課程の学生には助教レベル、助教には准教授レベル、と一つ上の仕事をしてほしいと伝えていますが、和田君はまさにそれをやってくれていて、久保君とともに後輩の面倒をよく見続けてくれました。特に、最近は本当に十分に任せることができます。研究室全体の世話も良くしてくれていています。例えば、昨年、うちの10周年の会を行いました。私は特にそのような会を考えていなかったのですが、和田君がやりましょう!と持ち掛けてくれて、すべてを取り仕切ってくれました。会ったことのない先輩たちへの連絡など、大変であったと思います。写真の研究室の木製看板は、その時、和田君が私には知らせず、内々に作ってくれたものです。このような点も含め、今、和田君が研究室の中で最も頼りになる先輩として後輩から慕われていることが良くわかります。でも、後輩が和田君を頼り過ぎていてちょっと心配です。ついでに、私の面倒も良く見てくれます。PC関係は特に。私も和田君を頼りすぎていて心配です。和田君が、将来、良い指導者になることは間違いないでしょう。和田君がPIになって、自身の研究展開をする時が楽しみです。そう遠くない将来と思います。今回は、私から最初の草稿を書いてくれと和田君にお願いしておきながら、ほぼ全面改訂してしまって申し訳なかったのですが、まあ、ご容赦ください。

うちの研究室では、今回の論文のような有機EL材料の設計・デバイス化の研究と並行して、理論・計算・マルチスケールシミュレーションや固体NMR・DNP-NMRの研究も進めています。和田君には、本人の希望もあり、次の展開として鈴木克明君(助教)のもとでNMRの研究に携わってもらおうと思っています。でも、うちの研究室以外を知らないのも好ましくないので、博士号を取得したこの機会に、別の研究室を経験した方が良いのかな、とも思っています。私からできるのは私の経験に基づいたサジェスチョン程度なので、最後の判断は自身で。自分の道は自分で決めないと、です。どうしますかね。どの道に進みますかね?海外もアリと思いますが。

ついでに宣伝していいですか?うちでは、この論文や上記のような研究をやっています。計算と合成とデバイスとNMR、興味とやる気と情熱がある人は、是非。

関連リンク:

  1. 京都大学化学研究所 梶研究室
  2. プレスリリース:世界最速の逆項間交差を示す有機 EL 発光材料の設計・開発に成功
  3. 日刊工業新聞:電気→光に効率変換 京大が分子設計
  4. 今回の分子設計指針を利用し、分子構造制御も実現したTADF材料の報告
    Kusakabe, Y. Wada, H. Nakagawa, K. Shizu and H. Kaji Front. Chem. 8, 530, (2020).
  5. 熱活性化遅延蛍光

研究者の略歴

左から著者の中川博道特任研究員、和田啓幹博士研究員、梶弘典教授。梶研究室10周年記念の木製看板と共に。

名前: 和田 啓幹
所属: 京都大学 化学研究所 (ICR)
略歴:
1991年 京都府宇治市生まれ
2015年3月 京都大学 工学部工業化学科卒業(梶弘典教授)
2017年4月 – 2020年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2020年3月 京都大学 工学研究科 分子工学専攻 博士後期課程 修了(梶弘典教授)
2020年4月 – 現在 京都大学化学研究所 博士研究員

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博士課程学生。専門は超高速分光。光機能分子のあれこれに興味があります。分光屋と材料屋、計算屋の懸け橋になりたいと思っています。

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