[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑦(解答編)

[スポンサーリンク]

このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。

第7回は林・石川らによるタミフルの全合成が題材でした(問題はこちら)。今回はその解答編になります。

High-Yielding Synthesis of the Anti-Influenza Neuramidase Inhibitor (-)-Oseltamivir by Three One-Pot Operations
Ishikawa, H.; Suzuki, T.; Hayashi, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 1304. doi: 10.1002/anie.200804883

High-Yielding Synthesis of the Anti-Influenza Neuraminidase Inhibitor (-)-Oseltamivir by Two “One-Pot” Sequences
Ishikawa, H.; Suzuki,T.; Orita,H.;  Uchimaru, T.; Hayashi, Y. Chem. Eur. J. 2010, 16, 12616. DOI: 10.1002/chem.201001108

解答・解説

本タミフル合成の鍵反応として使われているのは、独自開発した連続反応です[1]。シロキシプロリン触媒(林-ヨルゲンセン触媒)を用いる不斉マイケル付加から、アルケニルホスフェートエステルと炭素-炭素結合を作る形で、タミフルに必要な官能基/不斉点が備わった多置換シクロヘキセン環骨格をワンポットで得ます。

圧巻たる反応ですが、タミフル合成へと繋げるには一つ問題がありました。問題文にもあるとおり、5位の不斉点が逆になったものが取れてしまうのです。

next_move_7a_1

幸運にもここは立体化学が不安定なニトロ基α位なので、なんらかの方法でエピマー化させれば、欲しい構造に導くことが出来ます。

著者らも様々な条件を試しており、実際S体とR体が平衡になる条件を見いだしています。しかし片方だけに収束させることは困難を極めました。というのも計算によると、各ジアステレオマーの最安定配座はエネルギー差がごく僅かしかないのです。たとえ熱力学的平衡に導いても、両者の混ざりとして取れてきてしまうのです。ちなみにこの化合物達は分離も不可能。何とかしなければなりません・・・。

next_move_7a_2

この困難に直面した著者らの発想が冴え渡ります。

シクロヘキセン環をシクロヘキサン環へと変換してやることで、アキシアル/エクアトリアルの関係が明確となり、望みの立体へと異性化しやすくなるだろうと考えたのです。

この目的には合成終盤で取り外せる良い求核剤であるチオールのマイケル付加が選ばれました。そしてこの目論見は期待通りの効果を見せ、見事に欲しい立体へと収束させることに成功したのです。

next_move_7a_3

この変換をもとにさらに条件検討を重ねたすえ、ニトロアルケン原料(1グラム)からなんと60%の収率でタミフル(1.5グラム)を合成することに成功しています。また2013年には後続変換全て含めてワンポットで進行させるプロセスを見いだしてもいます[2]。合成化学のマイルストーンと呼ぶにふさわしい、素晴らしい成果だと思います。

さて、今回の問題はいかがだったでしょうか?みなさんは無事、Dead Endを回避できたでしょうか?

 

関連論文

  1. (a) Hayashi, Y.; Gotoh, H.; Hayashi, T.; Shoji, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 4212. DOI: 10.1002/anie.200500599 (b) Enders, D.; Huttl, M. R. M.; Grondal, C.; Raabe, G. Nature 2006, 441, 861. doi:10.1038/nature04820
  2. Mukaiyama, T.; Ishikawa, H.; Koshino, H.; Hayashi, Y. Chem. Eur. J. 2013, 52, 17789. doi:10.1002/chem.201302371

 

関連書籍

 

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2018年3月号:π造形科学・マグネシウムカル…
  2. 【Spiber】新卒・中途採用情報
  3. カルシウムイオンを結合するロドプシンの発見 ~海の細菌がカルシウ…
  4. 立体選択的なスピロ環の合成
  5. アルメニア初の化学系国際学会に行ってきた!②
  6. 第31回Vシンポ「精密有機構造解析」を開催します!
  7. 化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解めっきの還元剤編~
  8. オペレーションはイノベーションの夢を見るか? その2

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 過酸がC–H結合を切ってメチル基を提供する
  2. Natureが査読無しの科学論文サイトを公開
  3. サリドマイド、がん治療薬に
  4. 京都府福知山市消防本部にて化学消防ポンプ車の運用開始 ~消火のケミストリー~
  5. 水分解反応のしくみを観測ー人工光合成触媒開発へ前進ー
  6. 室内照明で部屋をきれいに 汚れ防ぐ物質「光触媒」を高度化
  7. アレクセイ・チチバビン ~もうひとりのロシア有機化学の父~
  8. パリック・デーリング酸化 Parikh-Doering Oxidation
  9. アンソニー・スペック Anthony L. Spek
  10. ReadCubeを使い倒す(3)~SmartCiteでラクラク引用~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

注目情報

最新記事

分子糊 モレキュラーグルー (Molecular Glue)

分子糊 (ぶんしのり、Molecular Glue) とは、2個以上のタンパク質…

原子状炭素等価体を利用してα,β-不飽和アミドに一炭素挿入する新反応

第495回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 鳶巣研究室の仲保 文太…

【書評】現場で役に立つ!臨床医薬品化学

「現場で役に立つ!臨床医薬品化学」は、2021年3月に化学同人より発行された、医…

環状ペプチドの効率的な化学-酵素ハイブリッド合成法の開発

第494回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院生命科学院 天然物化学研究室(脇本研究室) 博…

薬学会一般シンポジウム『異分野融合で切り込む!膜タンパク質の世界』

3月に入って2022年度も終わりが近づき、いよいよ学会年会シーズンになってきました。コロナ禍も終わり…

【ナード研究所】新卒採用情報(2024年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代…と、…

株式会社ナード研究所ってどんな会社?

株式会社ナード研究所(NARD)は、化学物質の受託合成、受託製造、受託研究を通じ…

マテリアルズ・インフォマティクスを実践するためのベイズ最適化入門 -デモンストレーションで解説-

開催日:2023/04/05 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感度センシング

第493回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 材料系 早水研究室の本間 千柊(ほ…

日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2

第一弾に引き続き第二弾。薬学会付設展示会における協賛企業とのケムステコラボキャンペーンです。…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP