[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アニリン版クメン法

[スポンサーリンク]

アルキルアレーンまたはベンジルアルコールからC–C結合切断を経てアニリンを合成する手法が開発された。基質適用範囲が広く、様々なアニリン合成に応用されることが期待される。

アニリンの合成法

アニリンは医薬品や農薬などの様々な物質の合成に用いられる、最も普遍的で重要な化合物の一つである。アニリンの古典的な合成法として、芳香族ニトロ化に続く還元がよく知られているが、強酸、高温と過酷な条件が必要なうえに位置選択性の問題がある[1A]。近年では、アニリンを直接的に合成する手法が開発されている。例えば、ハロゲン化アリールとアンモニアからアニリンを合成する手法が報告されているが、ハロゲン化アリールの調製が必要となることや、強塩基を用いるため基質が限られる[1B](1)。また電気化学的手法[1C](2)や光触媒[1D](3)を用いた、芳香族C–H結合をC–N結合へ直接変換する方法も近年発展してきているが、オルトーパラ選択性、メタ選択的アミノ化や電子不足な基質のアミノ化が困難などの問題は未だに解決されていない。

 今回北京大学のJiao教授らは、クメン法に使われるクメンなどのアルキルアリールまたはベンジルアルコールを基質として、アジ化ナトリウムと必要に応じて酸化剤を作用させることでアニリン合成に成功した[1E]。電子不足な基質にも適用でき、C–C結合の切断を経ることで位置選択的なアミノ化ができる。

図1. (A)古典的アニリン合成 (B)アリールハライドのアミノ化 (C)電気化学的C–Hアミノ化 (D)光触媒を用いたC–Hアミノ化 (E)本反応

 

“From alkylarenes to anilines via site-directed carbon–carbon amination”

Liu, J.; Qiu, X.; Huang, X.; Luo, X.; Zhang, C.; Wei, J.; Pan, J.; Liang, Y.; Zhu, Y.; Qin, Q.; Song, S.; Jiao, N. Nat. Chem.2018.

DOI: 10.1038/s41557-018-0156-y

論文著者の紹介

研究者:Ning Jiao(焦宁)

研究者の経歴:
1995-1999 B.S., Organic Chemistry, Shandong University
1999-2004 Ph.D., Shanghai Institute of Organic Chemistry,
Chinese Academy of Sciences [Prof. Shengming Ma] 2004-2006 Post-doc, Max Planck Institute für Kohlenforschung (MPI) [Prof. Manfred T. Reetz] 2007-           Associate Professor, Professor, Peking University

研究内容:好気性酸化・ニトロ化・ハロゲン化反応の開発

論文の概要

本反応では、基質がアルキルアリールの場合、TFA溶媒中空気存在下、2.5当量のアジ化ナトリウムおよび酸化剤として1.5当量のDDQ40 °C4時間作用させることでアニリン誘導体が得られる[2A]

基質がベンジル二級アルコールの場合、n-ヘキサン溶媒中TFAを添加することで、同様な条件で酸化剤を用いなくても反応が進行する。基質として、様々なオルト、メタ、パラ置換のイソプロピルベンゼン誘導体、ベンジル二級アルコールが適用できる。カルボン酸、電子求引基などの官能基を有する場合は基質としてベンジルアルコールを用いることで反応が進む。エチルベンゼン、クメンなどが基質の場合、DDQの代わりに酸素を酸化剤として用いても中程度の収率で目的物が得られる[2B]。興味深いことに、エチルベンゼン、クメン、シクロヘキシルベンゼンからなるアルキルアリール混合物を基質に用いた場合も本反応条件で同一のアニリンを中程度の収率で得ることができる[2C]

 種々の実験より、反応性は、三級炭素>二級炭素>一級炭素の順で大きく、アルキル基が二つ存在する場合は反応性が高い方のみがアミノ化されることが判明した。また、系中に水素化ホウ素ナトリウムが存在する条件では、二級アルキルアミンが得られたことから、プロトン化されたイミン中間体を経由する次のような反応機構が提唱されている[2D]

まず、アルキルアレーン[I]の酸化ないしベンジル二級アルコール[II]の脱水によりカルボカチオン[III]が生じ、即座にアジ化ナトリウムに求核攻撃を受けてベンジルアジド中間体[IV]を生成する。続く酸によるアジドのプロトン化物[V]が生成、アジドの転位[VI]を経て、最後に加水分解によりアニリン[VII]を生成する。

図2. (A)基質適用範囲 (B)酸化剤として酸素を用いた反応 (C)アルキルアリール混合物からのアニリン合成 (D)推定反応機構

以上、アルキルアリールまたはベンジルアルコールからC–C結合切断を経てアミノ化する反応を紹介した。混合物を原料として、また酸素を酸化剤として利用可能なこの反応はクメン法のようなアニリンの工業的応用が期待される。

参考文献

  1. Klinkenberg, J. L.; Hartwig, J. F. Angew. Chem,. Int. Ed.2011, 50, 86. DOI:10.1002/anie.201002354
  2. Morofuji, T.; Shimizu, A.; Yoshida, J. J. Am. Chem. Soc.2013, 135, 5000. DOI: 10.1021/ja402083e
  3. Zheng, Y.-W.; Chen, B.; Ye, P.; Feng, K.; Wang, W.; Meng, Q.-Y.; Wu, L.-Z.: Tung, C.-H. J. Am. Chem. Soc.2016, 138, 10080. DOI: 10.1021/jacs.6b05498
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 香料:香りの化学3
  2. アスピリンから生まれた循環型ビニルポリマー
  3. 研究者よ景色を描け!
  4. 生体深部イメージングに有効な近赤外発光分子の開発
  5. 【5月開催】第八回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機金…
  6. 一重項励起子開裂を利用した世界初の有機EL素子
  7. 化学者がMidjourneyで遊んでみた
  8. 一流の化学雑誌をいかにしてつくるか?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 科学的発見を加速する新研究ツール「SciFinder n」を発表
  2. 半導体ナノ結晶に配位した芳香族系有機化合物が可視光線で可逆的に脱離する機構を解明!
  3. 第145回―「ランタニド・アクチニド化合物の合成と分光学研究」Christopher Cahill教授
  4. ⽔を嫌う CH₃-基が⽔をトラップする︖⽣体浸透圧調整物質 TMAO の機能溶液化学を、分⼦間相互作⽤の時空間精細解析で解明
  5. 無限の可能性を秘めたポリマー
  6. カンブリア爆発の謎に新展開
  7. 2012年10大化学ニュース【前編】
  8. ペンタレネン Pentalenene
  9. ロジウム(II)アセタート (ダイマー):Rhodium(II) Acetate Dimer
  10. 【第一三共】抗血小板薬「プラスグレル」が初承認‐欧州で販売へ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年1月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

理研の研究者が考える“実験ロボット”の未来とは?

bergです。昨今、人工知能(AI)が社会を賑わせており、関連のトピックスを耳にしない日はないといっ…

【9月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】有機金属化合物 オルガチックスを用いたゾルゲル法とプロセス制御ノウハウ①

セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチック…

2024年度 第24回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 候補業績 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブル ケミストリー ネットワーク会議(略称: …

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

開催日時 2024.09.11 15:00-16:00 申込みはこちら開催概要持続可能な…

第18回 Student Grant Award 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議(略称:JAC…

杉安和憲 SUGIYASU Kazunori

杉安和憲(SUGIYASU Kazunori, 1977年10月4日〜)は、超分…

化学コミュニケーション賞2024、候補者募集中!

化学コミュニケーション賞は、日本化学連合が2011年に設立した賞です。「化学・化学技術」に対する社会…

相良剛光 SAGARA Yoshimitsu

相良剛光(Yoshimitsu Sagara, 1981年-)は、光機能性超分子…

光化学と私たちの生活そして未来技術へ

はじめに光化学は、エネルギー的に安定な基底状態から不安定な光励起状態への光吸収か…

「可視光アンテナ配位子」でサマリウム還元剤を触媒化

第626回のスポットライトリサーチは、千葉大学国際高等研究基幹・大学院薬学研究院(根本研究室)・栗原…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP