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化学者のつぶやき

化学の力で迷路を解く!

Maze Solving by Chemotactic Droplets
Lagzi, I.; Soh, S.; Wesson, P. J.; Browne, K. P.; Grzybowski, B. A. J. Am. Chem. Soc. 2010, ASAP. doi:10.1021/ja9076793

本日公開されたばかりの論文ですが、分野を問わず化学者の皆さん気になっているご様子。Twitterでも、ちらほら話題として見られます。やはり普段見かけない奇抜な論文には目が留まってしまうものなんでしょう。せっかくですから、ここで取り上げてみましょう。

まずは百聞は一見にしかず。上の動画をご覧ください。

水溶液を満たした迷路に赤色の油滴を落とすと、自発的に動いてゴールにたどり着くという、驚きの様子が収められています。

良く見てもらえれば分かりますが、一度間違ったルートに入っても、いずれ正しいルートに戻ってきます。結果として油滴は、ほぼ最短ルートを進んで迷路を解きます

この驚くべき現象、一体全体どんなカラクリになってるのでしょうか?


理解のキーポイントは、以下の二点になります。

① 迷路にpH勾配を付けてある
② pH勾配を表面張力の差に変換する仕組みを使って、油滴を動かしている

まず①ですが、迷路には水酸化カリウム水溶液(pH 12)が満たされています。そして出口には、塩酸(pH 1)を含むゲルが置かれます。

するとゲルからじわじわと塩酸が拡散し、以下の模式図で示すように、出口がもっとも酸性(低pH)、入口がもっともアルカリ性(高pH)の強い迷路が出来上がります(赤色が濃い部分ほどpHが低い)。

 入口~出口を結ぶ最短ルートだけが、凹凸の無い単調なpH勾配を持つことに注意してください。

maze_2.png
続いて②ですが、実は油滴に仕掛けがしてあります。着色料に加えて、脂肪酸(2-ヘキシルデカン酸:HDA)が溶かしてあります。

迷路上に油滴を落とすと、脂肪酸が水溶液に染みだしてきます。アルカリ性溶液では脱プロトン化を受け、イオン体となります。イオン体となった脂肪酸は、界面活性剤として働き、油滴周りの表面張力を低下させます。このため、溶液のpHが高いほど表面張力が低く、pHが低いほど表面張力が高くなる、という状況が油滴の周りで生じます。こうして、表面張力の高い方(=pHの低い方)に引きずられる形で、油滴が動くことになります。

maze_3.gif 子供の頃、「洗剤をたらすと、水面に浮かんだものが動く」のを見た覚えは無いでしょうか? 大まかには、あれと同じ原理です。以下はその実際例。ちなみにもっと詳細な理屈については、論文上で数式を使った説明がなされています。ちょっと複雑すぎるので、ここではこの程度にとどめておきましょう。

 

 この迷路設計では「間違ったルート=pHが高くなる方向」となっています(模式図参照)。このため間違ったルートに入ると、必然的に逆方向の力がかかるようになっています。結果として、正しいルートに押し戻されていくわけですね。 この手法は原理上、適用可能な迷路の大きさに制限があるようです。あまりに大きな迷路だと、できるpH勾配が緩やか過ぎるため、上手く機能してくれないのだとか。さらに一般化するには、別の手法が必要となるようです。

一流ジャーナルに載っている最先端研究ですが、根本原理自体は、実は小学生でも実感できるもの、というのに全くもって驚きです。大発見の種は、まだまだそこら中に転がっているのでしょうね。

こういった「ものづくり」とは毛色の違う化学も、また面白いものですね。

余談ですが、計算機理論と絡めた化学研究は、DNAコンピュータを筆頭にいくつか知られています。そこら辺の話は、別の機会にまた取り上げてみたいですね。

  • 関連リンク

粘菌に学ぶ賢い計算法

The Grzybowski Group

“界面活性剤を燃料に”水中を泳ぎまわる油滴 (PDF)

DNAコンピュータ – ナノエレクトロニクス.jp

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cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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