[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ビタミンと金属錯体から合成した人工の酵素

[スポンサーリンク]

プラチナPtの他、ロジウムRhルテニウムRuパラジウムPdイリジウムIrオスミウムOs。これら白金族元素に分類される金属は、有機化学合成の分野では触媒材料として、活躍が広く知られています。 しかし、生き物が環境中に希少なこれら金属元素を何かに使うといった報告は、まったく知られていません。

今まで出会わなかったものが出会うとどうなるのか、可能性はまだまだ残されていることでしょう。白金族元素を使った天然には類がない人工酵素を創成し反応を制御しようという試みが、新たに注目を集めています。触媒中心を構築する決め手は、ビタミンの1種、ビオチン(biotin)にあり。

天然に存在する酵素タンパク質が持つ触媒作用を手助けする分子を、補因子(cofactor)と言います。金属イオンの有名どころだと、Fe  Cu亜鉛ZnマンガンMn。すべての生き物に共通するわけではありませんが、バナジウムVコバルトCoニッケルNiもありますね。もう少し構造が複雑なものだと、光合成色素のクロロフィルで言うところの、フェオフィチンマグネシウムMgのように、有機小分子に金属イオンが組み合わさったものもあります。

生化学反応では決して登場しませんが、一方、有機合成の分野ではロジウムRhやルテニウムRuといった白金族元素は触媒材料としておなじみです。例えば、野依良治氏がノーベル化学賞に輝いた不斉触媒のBINAP2,2′-bis(diphenylphosphino)-1,1′-binaphthyl; バイナップ)あたりで、ロジウムやルテニウムが大活躍していることは、よく知られたところでしょう。

こういった希少な白金族元素を、土壌や食料から栄養分として、生き物が安定して手に入れることは、きっと難しかったのでしょう。酵素と白金族元素。生物進化の壁にはばまれて、今まで交わることのなかったふたつが、フラスコの中で出会うとき[1]、物語ははじまります。

 

ケトンからアルデヒドへの不斉還元

ビオチンはビタミンとしての機能とは別に、アビジンと呼ばれるタンパク質と直接に相互作用する性質[2]があります。その親和能力は、抗原抗体反応を優に超える強さです。このビオチンを誘導体にして金属錯体をつなげられるように構造を改変します。そうすると、ビオチンがアビジンとくっつくことで、金属錯体がタンパク質の特定の位置に固定できるようになります[1]。そうして上手くやれば、タンパク質のへこみに触媒能力のある金属錯体がはまって、立体障害や、付近のアミノ酸側鎖からの寄与で、反応が選択的に進むのではということは、長年の間、模索されてきました。

栄養学分野ではビタミンHとかビタミンB7とも呼ばれるビオチンの構造式

栄養学分野ではビタミンHとかビタミンB7とも呼ばれるビオチンの構造式

いくつか報告がありますが、つい最近まで知られていた活用例[3],[4]はこれ。ケトンを還元してアルコールにします。

GREEN201212biotin2b

置換基の大小に応じて、ヒドロキシ基のどちらの立体化学が優先されるか決定される不斉反応です。触媒は、ロジウム錯体のこちら。

ビオチンで固定され塩化物イオンが外れた部分でもタンパク質アミノ酸側鎖と相互作用

ビオチンで固定され塩化物イオンが外れた部分でもタンパク質アミノ酸側鎖と相互作用

えっ何?「白金族元素を使わなくても同じ反応がかの有名なパン酵母還元ミッドランド還元できるだろ」って?…確かにそうですね。

 

C-H活性化からの環構築

では、もうちょっとフクザツな反応を。炭素間結合を生成しながら、6員環を新たに構築するこちら[6]はいかがでしょう。

GREEN201212biotin3b

ピバロイル基((CH3)3CCO-; Piv-)で保護しているところが、反応が回る決め手のひとつ[5]なのですが、それだけでは立体選択になりません。反応機構[5]を考えると、そのままではどうあがいても(不斉配位子を新たに開発しない限り[8])不可能なはず[6]。しかし、ビオチンとアビジンからなるシステムでは可能になってしまいます。触媒は、ルテニウム錯体のこちら。

ビオチンで固定され塩化物イオンが外れた部分でもタンパク質アミノ酸側鎖と相互作用

「ほうほう 風変わりな方法論ですな」と思っていたら、2012年『サイエンス』[6]だけではなく、2012年『ネイチャーケミストリー』[7]にも、今度は白金族元素でイリジウムIr錯体を使い別の反応で報告が(まだオンライン先行公開状態ですけど)。興味あるかたはこちらもご確認ください。

 

参考論文

  1. “Conversion of a protein to a homogeneous asymmetric hydrogenation catalyst by site-specific modification with a diphosphinerhodium(I) moiety.” Wilson ME et al. J. Am. Chem. Soc. 1978 DOI: 10.1021/ja00469a064
  2. “Structural origins of high-affinity biotin binding to streptavidin.” Weber PC et al. Science 1989 DOI: 10.1126/science.2911722
  3. “Artificial metalloenzymes based on biotin-avidin technology for the enantioselective reduction of ketones by transfer hydrogenation.” Letondor C et al. Proc. Natl. Acad. Sci. 2005 DOI: 10.1073/pnas.0409684102
  4. “Artificial transfer hydrogenases based on the biotin-(strept)avidin technology: Fine tuning the selectivity by saturation mutagenesis of the host protein.” Lentondor C et al. J. Am. Chem. Soc. 2006 DOI: 10.1021/ja061580o
  5. “Rhodium(III)-catalyzed heterocycle synthesis using an internal oxidant: Improved reactivity and mechanistic studies.” Guimond N et al. J. Am. Chem. Soc. 2011 DOI: 10.1021/ja201143v
  6. “Biotinylated Rh(III) complexes in engineered streptavidin for accelerated asymmetric C-H activation.”  Hyster TK et al. Science 2012 DOI: 10.1126/science.1226132
  7. “Synthetic cascades are enabled by combining biocatalysts with artificial metalloenzymes.” Kohler V etal. Nature Chemistry 2012 DOI: 10.1038/nchem.1498
  8. “Chiral Cyclopentadienyl Ligands as Stereocontrolling Element in Asymmetric C–H Functionalization.” Ye B et al. Science 2012 DOI: 10.1126/science.1226938

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4274131998″ locale=”JP” title=”わかりやすいからだとビタミンの知識”][amazonjs asin=”4532167728″ locale=”JP” title=”事実は真実の敵なり―私の履歴書”]

 

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 化学探偵Mr.キュリー6
  2. #おうち時間を充実させるオンライン講義紹介 ーナノテクー
  3. 解毒薬のはなし その1 イントロダクション
  4. CYP総合データベース: SuperCYP
  5. 化学コミュニケーション賞2024、候補者募集中!
  6. 二重芳香族性を示す化合物の合成に成功!
  7. 重医薬品(重水素化医薬品、heavy drug)
  8. 徹底比較 トラックボールVSトラックパッド

注目情報

ピックアップ記事

  1. MEDCHEM NEWS 32-1号「機械学習とロボティックス特集」
  2. ニコラウ祭り
  3. アントンパール 「Monowave300」: マイクロ波有機合成の新武器
  4. グァンビン・ドン Guangbin Dong
  5. 「可視光アンテナ配位子」でサマリウム還元剤を触媒化
  6. マグネシウム Magnesium-にがりの成分から軽量化合物材料まで
  7. 留学せずに英語をマスターできるかやってみた(7年目)(留学後編)
  8. ボンビコール /bombykol
  9. ベンゼン環が壊れた?!ー小分子を活性化するー
  10. 薗頭 健吉 Kenkichi Sonogashira

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年12月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

フィーゼルマン チオフェン合成/Fiesselmann Thiophene Synthesis

概要フィーゼルマン チオフェン合成(Fiesselmann Thiophene Synthesi…

“とび跳ねる水滴”に潜む物理 〜接触時間とエネルギー源で読む撥水・防氷のテク〜

熱したフライパンに落ちた水滴が、玉になってコロコロと走り回り、冷えた面では、結露水が合体した瞬間に跳…

AI時代に研究者がすでに持っている力・これから伸ばしたい力

論文要約や文献検索など、研究現場でもAI活用が日常化する一方、「自分の仕事の先行き」に漠然とした不安…

miHub®を活用した探索的データ解析の実践

開催概要研究開発においてデータ活用が進む中、機械学習モデルの構築や予測解析に…

“ある特効薬”のはなし ~本田宗一郎氏の回想から

Tshozoです。最近実家に戻っては色々と廃棄するなどの店じまいを少しずつ進めているのですが、中…

高分子鎖を束ねた新しい共重合体「束状共重合体」が誕生

第715回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科(植村研究室)に所属されていた亀谷…

2026年「有機溶媒危機」へのアンサー。北大発・メカノクロスが挑む、溶媒に依存しない新たな合成法 = “メカノケミカル有機合成”の社会実装

株式会社メカノクロスは、メカノケミカル有機合成技術の社会実装に挑む北海道大学発の…

“壊れないよう” に作ってきた半導体ポリマーを、あえて “壊れるよう” に作る化学

半導体ポリマーは長いあいだ、「いかに壊れにくく、長持ちさせるか」といったような安定性を競って進歩して…

有機合成化学協会誌2026年7月号:固体高分子電解質・電子ドナー・アクセプター錯体・機械学習法・trichodermamide類・エナンチオ選択的スキップジエン合成法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年7月号がオンラインで公開されています。…

第62回Vシンポ「見えない空気を科学する~センサによる室内環境・臭気の見える化と快適空間デザインの最前線~」を開催します!

こんにちは、Macyです。第62回Vシンポのご案内をさせていただきます。今回は、前回同様…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP