[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

DNAを切らずにゲノム編集-一塩基変換法の開発

[スポンサーリンク]

ゲノム編集といえば、今流行りのCRISPR/Cas9を思い浮かべる方が多いと思います。CRISPR/Cas9に限らず、ゲノム編集の基本的な戦略は、DNAを切り、そこに目的の遺伝子を導入するという方法をとります。しかし、DNAの切断を経る方法だと、非特異的な遺伝子導入や遺伝子欠損を防ぎきれません。

David LiuらのグループはDNAを切断せずにゲノム編集を行う方法を報告しました[1]。どうやってゲノム編集を行うかというと、シトシン(C)からウラシル(U)に変換する酵素をもちいる、いわゆる官能基変換反応を利用して達成しています!これを用いれば一塩基だけですがゲノム編集できます。

一塩基変換法の作用機序

彼らは通常、DNAを切る「ハサミ」として用いられるCas9を不活性し(dCas9)、それをゲノム編集する目的の配列認識に用いています。

具体的な分子設計としては、dCas9タンパク質にCytidine deaminaseというシトシン(C)をウラシル(U)に変換する酵素を結合させています。まずdCas9のガイドRNA(sgRNA)がターゲットの配列を認識すると二本鎖が解け、そこにCytidine deaminaseが作用することでシトシンがウラシルに変換します。生成したミスマッチ配列は、修復機構により対応する配列に変換され、C→U(T)という一塩基変換が達成されます。理屈としては非常に簡単で、近接効果を用いて選択的にdeaminaseを作用させ、その後生物本来の修復機構を利用すると言うことですね。

ちなみに同様の戦略が神戸大学の近藤らによっても報告されています[2]。Target-AIDと呼ばれるこの技術を用いて、最近ではベンチャー企業「バイオパレット」を立ち上げています。

一塩基変換法の作用機序(Ref 1より改変)

修復機構を工夫!

彼らの仕事はC→Uに変換しておわり!というわけではありません。そのあとの修復機構が効率的に進行する工夫もなされています。せっかく変異を入れたウラシルを、グリコシラーゼによって分解されるのを防ぐため、uracil DNA glycosylase inhibitor (UGI)をdCas9に導入しています。

また、修復機構を効率的に進行させるために、dCas9の変異を一つnativeのものに戻してニッカーゼ(DNAの一本鎖を切断)機能を回復させています。結局DNA切ってるんじゃん!と思われる方もいらっしゃると思いますが、本質的には、修復機構を効率的にするためであって、ゲノム変異を入れるためではないので。

修復機構も巧みにコントロールしている

Liuらは最近、これをin vivoでも達成しています[3]in vivoで用いる時は、より特異性を上げるためにdCas9に変異をいれたり(下図のHF-BE3)、生体に導入するための検討を行ったりしています。詳細は是非論文をご一読していただければと思います。

一塩基変換法に用いる酵素の全貌。Cas9 nickaseにCytidine deaminaseとUGIがconjugateされています。いろいろ工夫されています(出典: ref 3 )

おわりに

今回の方法だと一塩基しか変異入れれない!と思う方も多いと思います。ただ、多くの遺伝子病は一塩基変換するだけで十分なことも多く、また「バイオパレット」がおそらく狙っているであろう、遺伝子改変した農作物も一塩基変換で十分にその効果を発揮できるのでしょう。もちろん多くの変異を入れたいのならCRISPR/Cas9を用いればよく、適材適所というところでしょうかね。

今回はこの辺で。

 

参考文献

  1. Komor, A. C.; Kim, Y. B.; Packer, M. S.; Zuris, J. A.; Liu, D. R. Nature, 2016, 533, 420. DOI: 10.1038/nature17946
  2. Nishida, K.; Arazoe, T.; Yachie, N.; Banno, S.; Kakimoto, M.; Tabata, M.; Mochizuki, M.; Miyabe, A.; Araki, M.; Hara, K. Y.; Shimatani, Z.; Kondo, A. Science, 2016, 353, aaf8729. DOI: 10.1126/science.aaf8729
  3. Rees, H. A.; Komor, A. C.; Yeh, W.-H. H.; Caetano-Lopes, J.; Warman, M.; Edge, A. S. B.; Liu, D. R. Nat. Commun. 2017, 8, 15790. DOI: 10.1038/ncomms15790

関連リンク

Avatar photo

goatfish

投稿者の記事一覧

専門は有機化学です。有機合成と運動さえできればもう何もいりません。

関連記事

  1. 企業研究者のためのMI入門①:MI導入目的の明確化と使う言語の選…
  2. ポンコツ博士の海外奮闘録④ ~博士,ろ過マトる~
  3. 博士号で世界へ GO!-ー日本化学会「化学と工業:論説」より
  4. NMRの測定がうまくいかないとき
  5. 「鍛えて成長する材料」:力で共有結合を切断するとどうなる?そして…
  6. ポンコツ博士の海外奮闘録⑤ 〜博士,アメ飯を食す。バーガー編〜
  7. 光触媒水分解材料の水分解反応の活性・不活性点を可視化する新たな分…
  8. 積極的に英語の発音を取り入れてみませんか?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 拡張Pummerer反応による簡便な直接ビアリール合成法
  2. 1-ヒドロキシタキシニンの不斉全合成
  3. シューミン・リー Shu-Ming Li
  4. 第7回HOPEミーティング 参加者募集!!
  5. 有機合成化学協会誌2021年1月号:コロナウイルス・脱ニトロ型カップリング・炭素環・ヘテロ環合成法・環状γ-ケトエステル・サキシトキシン
  6. ディーン・トースト F. Dean Toste
  7. ブラン環化 Blanc Cyclization
  8. 9,10-Dihydro-9,10-bis(2-carboxyethyl)-N-(4-nitrophenyl)-10,9-(epoxyimino)anthracene-12-carboxamide
  9. ネイサン・ネルソン Nathan Nelson
  10. プレヴォスト/ウッドワード ジヒドロキシル化反応 Prevost/Woodward Dihydroxylation

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年11月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP