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スポットライトリサーチ

銅触媒による第三級アルキルハロゲン化物の立体特異的アルキニル化反応開発

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第 416 回のスポットライトリサーチは、山口大学大学院 創成科学研究科 有機化学研究室の 赤川 裕紀 (あかがわ・ひろき) さんにお願いしました。

赤川さんの所属する西形研究室では、銅を始めとする金属触媒を用いた「自在な分子設計法」の開発に取り組まれており、これまでにも数多くの成果を発表されています。今回、赤川さんらのグループは、銅と炭酸セシウムを用いた光学活性第四級炭素化合物の立体選択的合成法の開発に成功し、その成果を ACS Catalysis に発表するとともに、山口大学よりプレスリリースされました。

Carboxamide-Directed Stereospecific Couplings of Chiral Tertiary Alkyl Halides with Terminal Alkynes

Hiroki AkagawaNaoki TsuchiyaAsuka MorinagaYu KatayamaMichinori Sumimoto, and Takashi Nishikata*
ACS Catalysis2022, 12, 9831–838, DOI: 10.1021/acscatal.2c02433

Herein, we report the stereospecific Sonogashira coupling of a chiral α-bromocarboxamide possessing a tert-alkyl moiety and an alkyne; this reaction produces a chiral tert-alkylated alkyne in a stereoretentive manner. In this reaction, both the CuBr/bathophen catalyst system and carboxamide directing group are essential for achieving the high enantiospecificities of the couplings. Mechanistic studies of this reaction revealed that the alkynyl copper species is the key intermediate that coordinates to the carboxamide group of chiral α-bromocarboxamide.

本反応は多様な炭素官能基を有する光学活性化合物の合成の足掛かりとなる画期的な反応であり、天然物化学や創薬分野などへの応用も期待されます。

研究室を主宰されている教授の西形孝司先生より、赤川さんの人となりについてコメントを頂戴いたしました!

赤川君は、言われたことを瞬時に理解し、さらにそれを自分なりに的確に工夫できる能力の持ち主です。当研究室では、光学活性化合物の性質を調べるという一連の研究テーマを実施しており、これには光学分割というかなり面倒な作業が含まれています。分取した 2 種類のキラル分子は、その分離条件管理、旋光度管理、最初と後のどちらに出てきた分子かの厳密な管理が求められますので、いい加減な管理をしていると、論文化は到底かないません。また、研究データもただ単に分取した分子を条件に当てはまめればうまくいくというものでもなく、当初からいろいろと苦労しました。 しかし、赤川君は持ち前の能力を活かして試行錯誤しながら 2 年にわたりデータを取得し続け、今回の発表に至りました。博士後期課程での活躍を期待しておりましたが、その能力の高さを企業に見抜かれ、残念ながら修士にて修了となってしまいます。今後は企業で活躍しつつ、頃合いをみて博士号取得のために研究室に戻ってくることを期待するところです。 

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

当研究室では以前から第三級α-ブロモカルボニル(第三級アルキル源)を用いた金属触媒によるカップリング反応を研究し、立体的に込み入った様々な分子合成反応を研究しています。今回発表したキラル第三級α-ブロモアミドを用いた立体特異的第三級アルキル薗頭型カップリング (又は Castro-Stephens 型) 反応もその一つです。

当研究室では以前にも第三級α-ブロモアミドを用いたアルキンとのカップリングを研究していましたが、当時の反応条件では立体特異的反応を行うことはできませんでした。今回は、様々な検討をすることで問題を克服し、光学活性な第三級α-ブロモカルボニルを用いてその光学活性を損なうことなくカップリングを進行させることに成功しました。第三級炭素上に新たな置換基をその立体を制御しながら導入することは、立体障害のため通常は極めて困難であり、限られた報告例しかありません。しかし、第三級α-ブロモアミドのカルボニル基を中間体のアルキニル銅が反応する際の配向基として用いることで、立体特異的反応を進行させることに成功しました。これにより、アルキンとアミドをもつ多官能性光学活性第四級炭素化合物を合成可能です

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究では第三級α-ブロモアミドのアミド部位を配向基としているため、高い立体特異性を得るためには、最適な構造を見つけなければなりませんでした。具体的には、第三級α-ブロモアミドのアミド窒素上の置換基の構造をいろいろと検討しました。分子模型を組んで仮説を立てるうちに、窒素上のアリール基のオルト位に置換基があると非常に高い立体特異性 (es: enantiospecificity、生成物ee/原料eeより算出される) が発現することを発見しました。最終的には、N上が 2,6-diisopropylPhenyl が最適な置換基でした。確かにこの置換基は有効でしたが、他の置換基では選択性は低く、これでは一種類のアミド構造しか用いることができません。幅広いアミド構造を適用できるようにするために、実験上の数多くの工夫を行ってきましたが、最終的には、触媒反応ではありませんがアルキニル銅を基質と等量で反応させるとあらゆるアミド構造を持つ第三級α-ブロモアミドで高い立体特異性で反応を行うことに成功しました。これらが、研究論文のデータを集める過程でとても印象に残っています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究で最も苦労した点は生成物の絶対配置の決定と反応機構解明です。 絶対配置の決定には単結晶 X 線構造解析による同定が必須だったのですが、なかなか測定に耐えうる単結晶が得られませんでした。そのため、どのような構造が単結晶を得やすいのか、単結晶化の手順は適切かといった点を様々な論文を参考に考察しました。そうして検討を重ね半年ほどかかってようやく絶対配置を決定することができ、反応が保持で進行していることを突き止めました。 また、反応機構解明では配向基として作用していることを確認する必要がありました。NMR を用いた解析では明確な証拠が得られなかったため、IR 分析に長けた片山先生 (現大阪大学産研) に協力を依頼し、in situ での IR を測定しました。その甲斐あって反応系中で銅が基質に配位していることが示唆され、仮説の証明をすることができました。この場をお借りして感謝を申し上げます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

有機化学に限らず、様々な化学の知識を取り入れそれらを活用できるようになりたいと考えています。反応機構解明実験の際、様々な分野の先生方の力をお借りしまして有機化学の奥深さを実感しました。企業に入ると有機化学以外の分野での勤務を任せられることもあると思うので、新たな知識を得ることを楽しみながら勉強を続けたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

私が本研究を進めるうえで最も役に立ったと感じることは周囲とのコミュニケーションです。じっくり自分で考えて実験することももちろん大切ですが、考えすぎて選択の幅を狭めていることもあるかと思います。私はそのタイプでした。行き詰ったら自分だけで考えるのではなく、相談しやすい先輩方や担当教員に積極的に意見を求めることで何か新しい道が見えてくるかもしれません。そうして次に何が起こるかワクワクしながら実験を進められるともっと楽しく研究ができると思います。 最後に、本研究を進めるにあたってご指導いただきました西形先生、機構解明実験の際に装置を貸していただき、解析までお世話してくださった片山先生、計算化学による反応機構の裏付けをしていただきました隅本先生、一緒に研究を完成させた研究室のメンバーに深く感謝いたします。

研究者の略歴

 

名前: 赤川 裕紀 (あかがわ ひろき)
所属: 山口大学大学院創成科学研究科 有機化学研究室(西形研究室)
研究テーマ: 銅触媒を用いた第三級α-ハロカルボニルへの立体特異的カップリング反応に関する研究
略歴: 2021年3月 山口大学工学部応用化学科 卒業
      2021年4月~ 山口大学大学院創成科学研究科 化学系専攻 生命科学コース 博士前期課程

 

 

赤川さん、西形先生、インタビューにご協力いただきありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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