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歯のバイオフィルム除去と病原体検出を狙ったマイクロロボットの開発

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口内を健康に保つには毎日のケアが重要で、特に歯磨きは欠かさず行う必要があります。ペンシルバニア大学の研究チームが、歯磨きや歯間掃除を自動化するためのマイクロロボットを開発したと発表しました。 (引用:Gaigazine7月8日)

朝晩、人によっては食事毎に歯磨きを行いますが、これを怠ると虫歯になることもあります。そんな毎日のルーティンワークを変えるかもしれない研究成果がACS Nanoに発表されました。

まず研究の背景から論文の内容を見ていきますが、バイオフィルムは様々な表面に付着することができ、人の健康に影響を与え感染症の原因にもなるものです。バイオフィルムをサンプリングすることができれば効果的な処置をすることができると考えられますが、多様な病原体が不均一に分布しているため、難しい課題でした。そこで本研究では粘着性のバイオフィルムを取り除き、病原体をサンプリングする酸化鉄のナノ粒子(IONP)を使ったマイクロロボティクスシステムの開発を行いました。

IONPは磁力によって場所をコントロールしながら過酸化水素に触媒作用を示して抗菌効果を出せるため、バイオフィルムの処置では使用例があります。しかしながら複雑な形状の場所には使えず、またバイオフィルムを回収することは達成されていませんでした。そこで、本研究ではIONPを磁力によって組み立て、再構成して作動するような機構を開発しました。

AB:IONPの磁力によって形を変える方法と歯への対応 C:実験装置図 D:酸化鉄の触媒作用 E:歯のバイオフィルムと取り除く様子 F:目指したIONPの自動ブラッシングプログラム(出典:原著論文

まずIONPの合成方法ですが、酸化鉄をエチレングリコールに溶かし撹拌中の溶液に酢酸ナトリウムを加えます。その混合物をオートクレーブで12時間加熱し室温に戻した後、IONPの沈殿物を回収しエタノールで洗浄、60℃で3時間乾燥させました。次にこの研究の要であるIONPの形を表面の形状に応じて変える方法ですが対となる電磁石を使用し、電磁石の位置と磁力をコントロールすることでブラシ状のIONPの形を数秒で変化できることを行いました。これによりバイオフィルムを破壊するだけでなくバクテリアを殺したり、診断のために回収することもでき、それが歯のような複雑な形状に対しても可能だと主張しています。

論文中では、この表面の形に合わせてIONPの形を変えることをSTARS(surface topography-adaptive robotic superstructures)と呼び、電磁石の位置や強さ、IONPの濃度を変えてブラシが自由自在に変化し、歯間のような奥まったところにもアクセスできるように条件の最適化を行いました。

A: 電磁石の場所による磁力の変化とIONPの濃度の違いによるブラシ形状の違い B:電磁石の移動速度を変えた時のブラシのタイムラプス画像 CD:IONPの濃度と電磁石の移動速度、磁力を変えた時のブラシの長さ E-H:ブラシに平版や凹凸パターンがある壁を当てた時のSTARSの挙動(出典:原著論文

さらにブラシの機械強度を調査しました。具体的にはジメチルポリシロキサンのカンチレバーを作り、そこにIONPのブラシ当ててカンチレバーのたわみを計測しました。また、歯間のような奥まった所に対してもブラシがせん断力があるか、壁に囲まれた所にカンチレバーを作りたわみを測定しました。得られた結果に対して本文中では、IONPの”剛性の勾配”が強い凝集を生み出し重力や水平方向への伸びに対しても耐え、表面の形状に対応しながらもバイオフィルムを取り除く十分なせん断力を示していると結論付けています。

AD:実験方法 BE:ブラシがカンチレバーに触れた時の様子 BCEF: 磁力やブラシの長さを変えた時の機械強度の変化(出典:原著論文

次にバイオフィルムを使った実験を行いました。具体的にはストレプトコッカス・ミュータンスという取り除くのが難しいバイオフィルムを形成する口腔病原体を、歯を模した板で培養し評価環境を作りました。まずIONPでの処理で蛍光標識されたバイオフィルムが物理的に取り除かれているのか調べたところ、処理をした部分は蛍光が消え、きれいに除去されたことが確認されました。次にIONPの触媒活性を調べるために、活性酸素と反応して可視光を吸収する化合物を生成する3,3′,5,5′-tetramethylbenzidine (TMB)を過酸化水素と共に加えました。するとIONPのブラシの周りが即座に色が変わり、STARSでも触媒活性を示し表面のバクテリアを殺す能力があることを確認しました。

A:実験装置 B:ブラッシング前後の表面の蛍光画像 C-F:過酸化水素の効果 GH:条件を変えた時のバイオフィルム除去効率の違い I-K:ブラシに取り込まれたバイオフィルムのコンポーネント(出典:原著論文

さらにバイオフィルムの殺菌能力を確認したところ、STARSによって取り除いたバイオフィルムからは、生存している細胞は確認されず、IONPによって物理的にバイオフィルムを除去しながら活性酸素を発生させて殺菌していることが分かりました。バイオフィルムを除去する能力を条件ごとに調べたところ、磁力やIONPの濃度が高いほど効率は高くなり、上記の結果と同様の傾向となりました。特徴的な事は、バイオフィルムの除去において機械的な摩擦によってIONPが主のブラシから脱離しても、再形成されて表面を磨くように働くことです。そして脱離したIONPは磁力によって再回収されます。

繰り返しの使用についても実験が行われ、わずかに触媒活性が低下するのみでバイオフィルムの除去能力と殺菌能力は安定していることが分かりました。興味深いことにバイオフィルムを構成する細胞と多糖がブラシに吸着することがIONPのSEM画像から確認され、バイオハイブリッド複合体をSTARSで回収できることが分かりました。

より人間の歯の構造に近い環境でSTARSの評価を行うため、3Dプリンターで人口の歯を製作して実験を行ったところ、IONPが歯間に入り込むことができ、STARSの適応性が確認されました。

A:人口の歯の製作手順 B-E:STARSの人口の歯への挙動(出典:原著論文

最後にSTARSで歯磨きを模した動きを行ったところ、複数の動きを組み合わせることで歯をきれいにすることができました。さらに、IONPからバイオフィルムを構成する細菌を回収することに成功しました。これによりSTARSによって病気の原因となるバイオフィルムをサンプリングすることができ、局在化している病原体や毒性のある生体物質の検出への応用可能性が考えられます。さらに自律的かつ遠隔操作でバイオフィルム除去とデータ収集を組み合わせた診断や治療も、STARSで可能になるかもしれないとコメントされています。

AB:ブラッシングの結果 CD:バイオフィルムの回収結果

材料の検討については議論が少なく、IONPの粒径によってバイオフィルムの除去のパフォーマンスが変わるのか気になるところです。また実験データを見る限り歯の磨きレベルは高いように見えますが、過酸化水素で殺菌するには毒性の問題があり、口の中での殺菌には別の方法が必要かもしれません。殺菌なしでも家庭で顔面に磁力を当てることは難しく、歯科医院などで初診や定期検査でバイオフィルムを取り除いて病原体などを調べるのが現実的かと考えられます。バイオフィルムが問題になるのは口の中だけでなく、排水口ではぬめりや悪臭、海水と接触する金属においては腐食などの原因になっており、この技術がバイオフィルム除去の遠隔清掃に応用できるかもしれません。化学に関連する部分は少ないものの、データや画像が多く楽しみながら読み進めることができる論文でした。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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