[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Brevianamide Aの全合成:長年未解明の生合成経路の謎に終止符

[スポンサーリンク]

市販の試薬から短工程でbrevianamide Aの初の全合成が達成された。今後、brevianamide類の生合成経路解明研究の加速が期待できる。

 Brevianamide AとBの生合成経路仮説

Diels–Alder反応は強力な有機合成反応である。この反応はいくつかの天然物の生合成にも関与していることが知られ、生体内でDiels–Alder反応を触媒するDiels–Alderaseもいくつか同定されてきた[1]。モノ-、もしくはジオキソピペラジン骨格をもつビシクロ[2.2.2]ジアザオクタンアルカロイドもそのような天然物の一つであり、生合成においてDiels–Alder反応がこのビシクロ骨格形成に関与すると提唱されている(図1A)[2]。これらの天然物のいくつかは生合成遺伝子クラスターが同定され、Diels–Alderaseの存在が明らかになっている。しかし、brevianamide A (1)やそのジアステレオマー(2: brevianamide B)などのジオキソピペラジン骨格をもつアルカロイドの生合成遺伝子クラスターはまだ同定されていない[3,4]
12は1969年に菌類Penicillium brevicompactumから生成比約90:10で単離された。単離後50年間に多くの研究がなされた結果、現在では1993年にWilliamsらが提唱した以下の生合成経路が支持されている (図1B)[5]。生合成中間体(+)-deoxybrevianamide E (3)がもつインドール部位が酸化されてヒドロキシインドリン4を与える。その後アルキル基の1,2-転位が進行しインドキシル5となる。5のジケトピペラジンの酸化により生じたアザジエン8の分子内Diels–Alder反応により12が生合成される。Williamsらは本生合成仮説を実証すべく本合成経路にて12の合成を試みたが、5の不安定性により失敗した。このようにin vitroでの本生合成の再現が難しく、Diels–Alderaseが不明な12の生合成経路の解明は、長い間多くの化学者の研究対象とされてきた。
今回、エディンバラ大学のLawrenceらは、Williamsらの仮説をもとに、3の代わりに酸化段階が一つ高い(+)-dehydrodeoxybrevianamide E (6)を用いて7を合成し、その後7の分子内Diels–Alder反応により12の全合成を達成した(1は初の全合成: 図1C)。本全合成を通じて、1の生合成にはDiels–Alderaseが関与しないことが示唆された。

図1. A. ビシクロ[2,2,2]ジアザオクタンアルカロイド B. Williamsが提唱した1,2の生合成経路 C. Brevianamide A, Bの合成計画

Total Synthesis of Brevianamide A”
Godfrey, R. C.; Green, N. J.; Nichol, G. S.; Lawrence, A. L. Nat. Chem. 2020.
DOI: 10.1038/s41557-020-0442-3

論文著者の紹介


研究者:Andrew L. Lawrence
研究者の経歴:
2002–2006 M.S., St. John’s College, University of Oxford, UK
2006–2010 Ph.D., University of Oxford, UK (Prof. J. E. Baldwin and Prof. R. M. Adlington)
2010–2011 Postdoc Fellow, Australian National University, Australian (Prof. M. S. Sherburn)
2012–2013 ARC DECRA Fellow, Australian National University, Australian
2013–2017 Lecturer, University of Edinburgh, UK
2017– Senior Lecturer, University of Edinburgh, UK
研究内容:天然物の全合成研究

論文の概要

著者らは、Williams生合成仮説の中間体8がもつジオキソピペラジン部位と同じ酸化段階をもつ(+)-dehydrodeoxybrevianamide E (6)を合成中間体とすれば1を合成できると考えた(図2)。

そこで、市販のL-トリプトファンメチルエステル(9)から5工程、総収率34%で6を合成した。次に6mCPBA酸化したところ、インドール部位の酸化とアミナール形成(環化反応)が一挙に進行し、1011が収率57%、ジアステレオマー生成比64:36で得られた。続いて、10をLiOH/H2O条件で反応させることで、アミナールの開環–アルキル基の1,2-転位–生じたアザジエンの分子内Diels–Alder反応のカスケード反応が進行し、収率63%、ジアステレオマー生成比93:7で12の合成に成功した。11を同様の反応条件に付したところ、収率60%、ジアステレオマー比92:8で12のエナンチオマーent1ent2が得られた。

最後のDiels–Alderカスケード反応のジアステレオ選択性が約9:1と、単離された天然物12の比と同等であったことから、これらの生合成にはDiels–Alderaseは関与せず、自発的に8のDiels–Alder反応が進行していることが示唆された。

図2. Brevianamide Aの全合成

 

以上、brevianamide A (1)と2の全合成が達成された。本成果により、長年未解明であった1および2の生合成経路の謎に終止符が打たれた[4]

 参考文献

  1. Stocking, E. M.; Williams, R. M. Chemistry and Biology of Biosynthetic Diels–Alder Reactions. Angew. Chem., Int. Ed. 2003, 34, 3078–3115. DOI: 10.1002/anie.200200534
  2. Finefield, J. M.; Frisvad, J. C.; Sherman, D. H.; Williams, R. M. Fungal Origins of the Bicyclo[2.2.2]diazaoctane Ring System of Prenylated Indole Alkaloids. J. Nat. Prod. 2012, 75, 812–833. DOI: 10.1021/np200954v
  3. Dan, Q.; Newmister, S. A.; Klas, K. R.; Fraley, A. E.; Mcafoos, T. J.; Somoza, A. D.; Sunderhaus, J. D.; Ye, Y.; Shende, V. V.; Yu, F.; Sanders, J. N.; Brown, W. C.; Zhao, L.; Paton, R. S.; Houk, K. N.; Smith, J. L.; Sherman, D. H.; Williams, R. M. Fungal Indole Alkaloid Biogenesis through Evolution of a Bifunctional Reductase/Diels–Alderase. Nat. Chem. 2019, 11, 972–980. DOI: 10.1038/s41557-019-0326-6
  4. 本論文査読中にWilliams、Sherman、Liらによって1の生合成遺伝子クラスターが同定された。種々の対照実験の結果、Lawrenceらの結論と同様、本Diels–Alder反応にはDiels–Alderaseは関与していないことが提唱された。Ye, Y.; Du, L.; Zhang, X.; Newmister, S. A.; Zhang, W.; Mu, S.; Minami, A.; Mccauley, M.; Alegre-Requena, J. V.; Fraley, A. E.; Adrover-Castellano, M. L.; Carney, N.; Shende, V. V.; Oikawa, H.; Kato, H.; Tsukamoto, S.; Paton, R. S.; Williams, R. M.; Sherman, D. H.; Li, S. Cofactor-Independent Pinacolase Directs Non-Diels–Alderase Biogenesis of the Brevianamides.ChemRxiv Preprint 2019. DOI: 26434/chemrxiv.9122009.v1
  5. Sanz-Cervera, J. F.; Glinka, T.; Williams, R. M. Biosynthesis of Brevianamides A and B: in Search of the Biosynthetic Diels–Alder Construction.Tetrahedron 1993, 49, 8471–8482. DOI: 1016/s0040-4020(01)96255-6
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. ヒドラジン
  2. メカノケミストリーを用いた固体クロスカップリング反応
  3. 化学系学生のための就活2019
  4. 英語発表に”慣れる”工夫を―『ハイブリッ…
  5. 君はPHOZONを知っているか?
  6. アルツハイマー病の大型新薬「レカネマブ」のはなし
  7. ランシラクトンCの全合成と構造改訂-ペリ環状反応を駆使して-
  8. NaHの水素原子の酸化数は?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功
  2. 【マイクロ波化学(株)医薬分野向けウェビナー】 #ペプチド #核酸 #有機合成 #凍結乾燥 第3のエネルギーがプロセスと製品を変える  マイクロ波適用例とスケールアップ
  3. カーボン系固体酸触媒
  4. 第70回―「ペプチドの自己組織化現象を追究する」Aline Miller教授
  5. ”がんのメカニズムに迫る” 細胞増殖因子とシグナル学術セミナー 主催: 同仁化学研究所
  6. 【書籍】天然物合成で活躍した反応:ケムステ特典も!
  7. 【25卒化学系イベント】 「化学系女子学生のための座談会(11/18・19)」 「Chemical LIVE(12/9・10)」Zoom開催
  8. 分子間相互作用の協同効果を利用した低対称分子集合体の創出
  9. アロタケタールの全合成
  10. MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年6月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

早稲田大学各務記念材料技術研究所「材研オープンセミナー」

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下材研)では、12月13日(金)に材研オープンセミナーを実施しま…

カーボンナノベルトを結晶溶媒で一直線に整列! – 超分子2層カーボンナノチューブの新しいボトムアップ合成へ –

第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大…

第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授

第67回目の研究者インタビューです! 今回は第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化す…

四置換アルケンのエナンチオ選択的ヒドロホウ素化反応

四置換アルケンの位置選択的かつ立体選択的な触媒的ヒドロホウ素化が報告された。電子豊富なロジウム錯体と…

【12月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスのエステル化、エステル交換触媒としての利用

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

小松 徹 Tohru Komatsu

小松 徹(こまつ とおる、19xx年xx月xx日-)は、日本の化学者である。東京大学大学院薬学系研究…

化学CMアップデート

いろいろ忙しくてケムステからほぼ一年離れておりましたが、少しだけ復活しました。その復活第一弾は化学企…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP