[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

フルオロシランを用いたカップリング反応~ケイ素材料のリサイクルに向けて~

[スポンサーリンク]

第282回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学 大学院理学系研究科(松坂研究室)・山本大貴さんにお願いしました。

ケイ素-フッ素結合は自然界でもっとも強固な結合の一つであり、有機合成でもSi-F結合形成を駆動力とした変換法は多数開発されています。一方でこの結合を切断するにはどうすればいいか?と問われると、すぐには思い付きません。本研究ではパラジウム・ニッケル触媒の新たな特性を開拓し、この困難な結合変換を見事に成し遂げています。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文およびCover Pictureプレスリリースに公開されています。

“Fluorosilane Activation by Pd/Ni→Si–F→Lewis Acid Interaction: An Entry to Catalytic Sila-Negishi Coupling”
Kameo, H.; Yamamoto, H.; Ikeda, K.; Isasa, T.; Sakaki, S.; Matsuzaka, H.; García-Rodeja, Y.; Miqueu, K.; Bourissou, D. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 14039–14044. doi:10.1021/jacs.0c04690

研究を現場で指揮された亀尾 肇 准教授から、山本さんについて以下のコメントを頂いています。昨今のコロナ禍でどのラボでもかなりの負担がかかったと思われますが、それでも歩みを止めない姿勢は今後とも人生の貴重な糧になることと思われます。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

山本君はプロ野球好きで、その手の話になると話が止まらず、帰るのも忘れて話をし続けています。その情熱は研究にもよく発揮され、ケイ素‒フッ素結合の変換に関する難しい研究テーマに本当に粘り強く取り組んでくれました。特に、先輩らが苦労した化合物の単離を数多く達成できたのは、山本君の実験化学者としての高い能力を示すものでした。コロナ禍の大変な時期に論文を完成させる実験をきっちりとやり遂げた経験は、山本君が研究者として成長してゆく糧になると思います。これからも研究を始め様々な事に挑戦し、情熱を持って取り組んでくれることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

私たちのグループの研究では σ電子受容性 (Z 型) 配位子として作用する反応基質が求核的に活性化されることに注目して、研究を行っています。今回、その求核的な活性化を鍵要素とすることで、強固なケイ素‒フッ素結合の切断を実現し、フルオロシランの触媒的な変換を世界に先駆けて達成しました

ケイ素‒フッ素結合はケイ素が形成する最も強固な結合です。さらに、フルオロシランと遷移金属との間には強い軌道相互作用が形成されにくいため、分子性触媒を用いてフルオロシランを変換することは困難でした。今回の研究は、Z 型配位子として作用しているフルオロシランに Lewis 酸を作用させることで、ケイ素‒フッ素結合が切断できることを先輩方が見出したことから始まりました。その知見に基づいて触媒反応への展開を図り、根岸カップリングの反応条件下で、様々な Lewis 酸の添加効果を検討する中で、Mg 塩の存在下で目的のアリール化が実現できることを見出しました。さらに、Pd→Si‒F 相互作用を有する反応中間体を単離して、Z 型シランから X 型シリル配位子への鍵となる変換が可逆的に進行することも明らかにしました。本研究のアプローチは、その他の強固な結合の変換にも適用できるものと期待されます。
ケイ素にはフッ素などの電気陰性な原子との間に強固な結合を形成する特性があります。そのため、ケイ素化合物は耐久性と耐熱性の高さが求められる半導体や医療素材などで使用されています。その一方で、強固なケイ素‒フッ素結合を変換する技術は乏しく、リサイクルすることはさらに困難とされてきました。最も強固なケイ素‒フッ素結合を変換する本研究の成果は、ケイ素化合物のリサイクル技術を実現するための知的基盤になると期待されます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

大阪大学の生越先生大橋先生のグループが、ヨウ化リチウムなどの Lewis 酸とパラジウム錯体との協同効果により、テトラフルオロエチレンの炭素‒フッ素結合の活性化を実現していました。そこから着想を得て、Z 型配位子として作用しているフルオロシランにヨウ化リチウムを作用させて、ケイ素‒フッ素結合の切断を達成しました。しかし、リチウム塩の存在下ではカップリング反応を検討しても触媒反応は効率的に進行しませんでした。そこで、様々な Lewis 酸を検討したところ、臭化マグネシウムなどのマグネシウム塩を用いると、1当量の添加でもフルオロシランのアリール化がほぼ定量的に進行しました。そのとき、Lewis 酸の絶大な効果に感動したことを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

ニッケル錯体を用いた実験はいずれも再現性を高めることに苦労しました。特に、ケイ素‒フッ素結合切断の反応生成物であるニッケルシリル錯体は空気や水分に対して不安定であり、細心の注意を払い何とか単離にまでこぎつけました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

素材開発の研究に携わりたいと考えています。研究生活を通じて本質を考える力を磨き、生活を豊かにする画期的な新素材の開発に携わりたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

Chem-Station は学部生の頃から楽しく拝読していましたが、まさか自分に寄稿の機会を頂けるとは考えておりませんでした。貴重な経験を頂き感謝申し上げます。
最後にこの場をお借りして日頃よりご指導くださった松坂先生、亀尾先生、竹本先生をはじめとする松坂研究室の皆さま、並びにこのコロナ禍においても変わらず心身ともに支えてくれた両親をはじめ家族に深く感謝致します。

研究者の略歴

名前:山本 大貴 (やまもと ひろき)
所属:大阪府立大学 大学院理学系研究科分子科学専攻 松坂研究室 修士1年
略歴:
2016年4月 大阪府立大学生命環境科学域自然科学類 入学
2020年3月 大阪府立大学生命環境科学域自然科学類 卒業
2020年4月 大阪府立大学大学院理学系研究科分子科学専攻 進学
研究テーマ:遷移金属錯体を用いたケイ素‒フッ素結合の触媒的変換反応

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 抗薬物中毒活性を有するイボガイン類の生合成
  2. アカデミックの世界は理不尽か?
  3. 二重可変領域を修飾先とする均質抗体―薬物複合体製造法
  4. 鉄触媒での鈴木-宮浦クロスカップリングが実現!
  5. 窒素を挿入してペリレンビスイミドを曲げる〜曲面π共役分子の新設計…
  6. 近況報告Part V
  7. それは夢から始まったーベンゼンの構造提唱から150年
  8. 中性ケイ素触媒でヒドロシリル化

注目情報

ピックアップ記事

  1. 水分解反応のしくみを観測ー人工光合成触媒開発へ前進ー
  2. トリフルオロメタンスルホン酸すず(II) : Tin(II) Trifluoromethanesulfonate
  3. 新規色素設計指針を開発 -世界最高の太陽光エネルギー変換効率の実現に向けて-
  4. トビアス・リッター Tobias Ritter
  5. トリフルオロ酢酸パラジウム(II) : Trifluoroacetic Acid Palladium(II) Salt
  6. 理研の一般公開に参加してみた
  7. アルコールをアルキル化剤に!ヘテロ芳香環のC-Hアルキル化
  8. 高機能性金属錯体が拓く触媒科学:革新的分子変換反応の創出をめざして
  9. 第47回天然有機化合物討論会
  10. 官能基選択的な 5 員環ブロック連結反応を利用したステモアミド系アルカロイドの網羅的全合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年11月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP