[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

無保護カルボン酸のラジカル機構による触媒的酸化反応の開発

[スポンサーリンク]

第293回のスポットライトリサーチは、九州大学 薬学研究院 環境調和創薬化学分野(大嶋研究室)田中津久志(たなかつくし)さんにお願いしました。

大嶋先生の研究室は、環境調和性を志向した無保護ヘテロ原子官能基の実用的な修飾反応の開発に精力的に取り組んでいます。
今回取り上げる研究は、無保護カルボン酸のα位を選択的に酸化する新たな手法の開発です。本研究は、Journal of American Chemical Society誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています(取り上げるのが遅くなってしまいました、すいません!)。

“Chemoselective Catalytic α-Oxidation of Carboxylic Acids: Iron/Alkali Metal Cooperative Redox Active Catalysis”
J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 4517–4524. DOI: 10.1021/jacs.0c00727

本テーマを担当されていた大嶋研究室の矢崎助教から、田中さんについて以下のコメントを頂いています。

田中くんはこれまでラジカル型の反応開発に取り組んできました。もともと大嶋研究室では馴染みのなかったケミストリーであったため、高難度のテーマでありましたが、化学が非常に好きなことに加えて、ハードワーカーあるために素晴らしい結果を得るためにそれほど時間はかからなかった印象です。田中くんは反応開発のおける卓越したセンスもさることながら、その反応機構解析も詳細に行うことで、予想もしなかったような新たな知見をこれまで多くに発見してきました。今回の研究内容であるカルボン酸の酸化反応では、カルボン酸のエノラート化は等量以上の塩基が必須という私の個人的な固定観念を打ち破るような結果を見出してくれました。研究開始当初こそ、先輩や私がアドバイスをしておりましたが、最近では私がアドバイスや意見をもらう場面も多いです。現在もこれまでの知見を活かした研究や、新たな試みなど興味は尽きないようで、田中くんのこれからのケミストリーの展開がとても楽しみであると同時に、あと一年程度しか一緒に研究できないという少し残念な気持ちです。

もっと一緒に研究したいと思える研究者、良いですね!
あと1年間、これまで以上の新しい発見を求めて研究に没頭してくれるでしょう。

大津会議への参加なども経験し、今後の成長と活躍が期待される田中さんのインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の研究では、化学量論量の外部塩基を必要としないカルボン酸のエノラート化とラジカル機構によるカルボン酸のα-官能基化反応を世界で初めて達成しました。カルボン酸はエステルやアミドといったカルボニル系官能基の原料や、レドックス反応におけるラジカル前駆体として汎用される合成化学的に重要な化合物です。そのため、より多様な化合物を簡便に合成するためにカルボン酸の効率的な化学修飾法の開発は重要な研究課題です。カルボン酸の化学修飾法を開発する上で、従来法ではカルボン酸特有の酸性プロトンを中和するために化学量論量の外部塩基が必要でした。また、古典的な二電子型反応を補完しうるラジカル反応に適用可能な触媒系は達成されていませんでした。さらに、カルボン酸は遷移金属等を用いるレドックス活性条件において容易に脱炭酸が進行し、ラジカル源として広く利用されています。そのため、レドックス活性条件下で脱炭酸を伴わないカルボン酸のエノラート化法にはより温和な条件が求められます。

このような背景のもと、Brønsted塩基触媒としてカルボキシラート(カルボン酸とモレキュラーシーブスにより系中発生)を、レドックス活性なLewis酸触媒として鉄を利用したカルボン酸の新規エノラート化機構を開発しました。そして、本触媒系を用いることでラジカル機構によるカルボン酸のα-酸化反応を達成しました。また、本研究では詳細な反応機構解析により、鉄とアルカリ金属が協働することでカルボン酸の効率的なエノラート化が達成されていることを明らかにしました。本機構により、本反応ではケトンやエステル、アミドといったカルボニル化合物共存下におけるカルボン酸の化学選択的なα-酸化反応を達成しました。また、今回開発した触媒系はカルボン酸の多様なラジカル型修飾反応の開発基盤として重要な知見を与えるものであると我々は考えています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

最も思い入れがあるのは、モレキュラーシーブスに反応促進の効果があることが分かったところです。後の反応機構解析実験によって、モレキュラーシーブスがアルカリ金属源として機能して反応を促進していることが明らかになりましたが、研究開始時にはこのことは全く想定していませんでした。
最適化の初期段階においてカルボン酸の酸性プロトンを中和するために炭酸ナトリウムを添加しており、モレキュラーシーブスは副生する水を取り除く目的で加えていました。反応条件の最適化を進める中で、塩基非添加のネガティブコントロールを取ろうとしたところ、収率はほぼ変化しませんでした。そこでモレキュラーシーブスを抜いてみたところ、収率が劇的に低下してとても驚いた記憶があります。同時に「これはメカニズム解析のしがいがあるぞ」とテンションが上がった瞬間でした。肝心の「なぜアルカリ金属が良いのか?」についてはまだよく分かっていないので、今後の重要な研究課題です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

目的物の精製です。基質一般性の検討では生成物をカルボン酸のまま単離したかったのですが、特に電子吸引性基の付いた基質では副生成物(おそらくテトラメチルピペリジン)との分離が困難でした。本反応ではTEMPO由来のテトラメチルピペリジンの生成が確認できているので、カルボン酸と塩を形成しているのではないかと考えています。色々試したのですが生成物の安定性もそれほど高くなく、泣く泣くエステル化して基質一般性のテーブルを埋めました。しかし、カルボン酸の化学修飾反応ではカルボン酸として単離できることが理想だと思うので、カルボン酸を扱う研究にまた取り組む機会があれば、カルボン酸のまま単離することにこだわりたいと考えています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今後は様々な側面から化学に触れて研究者としての視野を広げたいと考えています。そのため、卒業後の進路は企業就職を選択しました*。企業では大学とは全く異なる価値観の研究に触れられると思うので、今はそのことにとてもワクワクしています。その後自分がどのようなキャリア歩むかは分かりませんが、どのような形であれ、化学で社会的課題の解決に取り組み、知を社会に還元できる研究者になりたいと考えています。

*(インタビュー時期は博士課程2年)

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私にとっての大学での研究を一言で言うと「自己表現」でした。自分の興味と知識をもとにコンセプトを考え、それを実現するために日々模索する研究生活はやりがいに満ちていました。この経験から、研究生活をより楽しむためには自分なりのこだわりを持ってやりたいことに取り組むことが大事だと考えています。そして、その人の「哲学」から生まれたアイデアには「その人らしさ」が宿り、独創的な研究に繋がるのだと私は信じています。

最後になりましたが、熱心なご指導に加え、自由な研究環境を与えてくださった大嶋先生、矢崎先生、友人かつライバルとして切磋琢磨してくれた同期の近藤くん、そして個性豊かな2研のメンバーをはじめとする研究室の皆様に感謝申し上げます。また、このような貴重な機会をくださったChem-Stationスタッフの方々にも深く感謝いたします。

研究者の略歴

名前:田中津久志
所属:九州大学大学院薬学研究院 環境調和創薬化学分野

略歴:
2017年3月 九州大学薬学部創薬科学科 卒業
2019年3月 九州大学大学院薬学府創薬科学専攻 修士課程 修了
2019年4月 九州大学大学院薬学府創薬科学専攻 博士後期課程
2019年4月 日本学術振興会特別研究員 DC1

受賞歴:
2018年 第28回万有福岡シンポジウム 有機合成化学協会九州山口支部ポスター賞
2019年 第36回有機合成化学セミナー 優秀ポスター賞
2019年 International Joint Symposium on Synthetic Organic Chemistry, Poster Prize
2019年 第10回大津会議アワードフェロー

関連リンク

  1. 九州大学大学院薬学研究院 環境調和創薬化学分野 大嶋研究室
  2. プレスリリース:カルボン酸の新たな触媒的活性化法およびラジカル機構による酸化反応を開発~カルボン酸を原料とした医薬品などの合成応用へ期待~

Macy

投稿者の記事一覧

有機合成を専門とする教員。将来取り組む研究分野を探し求める「なんでも屋」。若いうちに色々なケミストリーに触れようと邁進中。

関連記事

  1. 先端の質量分析:GC-MSおよびLC-MSデータ処理における機械…
  2. SDFって何?~化合物の表記法~
  3. 小型質量分析装置expression® CMSを試してみた
  4. グラフィカルアブストラクト付・化学系ジャーナルRSSフィード
  5. 励起パラジウム触媒でケトンを還元!ケチルラジカルの新たな発生法と…
  6. イグ・ノーベル賞の世界展に行ってきました
  7. ポンコツ博士の海外奮闘録⑬ ~博士,コロナにかかる~
  8. 第20回次世代を担う有機化学シンポジウム

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「新規高活性アルコール酸化触媒 nor-AZADOの有用性」 第1回 Wako 有機合成セミナー オンデマンド配信を開始! 富士フイルム和光純薬
  2. LSD1阻害をトリガーとした二重機能型抗がん剤の開発
  3. 第55回―「イオン性液体と化学反応」Tom Welton教授
  4. デーブナー・フォン=ミラー キノリン合成 Doebner-von Miller quinoline synthesis
  5. 化学者がコンピューター計算を行うべきか?
  6. 酵素触媒によるアルケンのアンチマルコフニコフ酸化
  7. 分子1つがレバースイッチとして働いた!
  8. ナノスケールの虹が世界を変える
  9. 偽造ウイスキーをボトルに入れたまま判別する手法が開発される
  10. ちっちゃい異性を好む不思議な生物の愛を仲立ちするフェロモン

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

注目情報

最新記事

粉末 X 線回折の基礎知識【実践·データ解釈編】

粉末 X 線回折 (powder x-ray diffraction; PXRD) は、固体粉末の試…

異方的成長による量子ニードルの合成を実現

第693回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科(佃研究室)の髙野慎二郎 助教にお願…

miHub®で叶える、研究開発現場でのデータ活用と人材育成のヒント

参加申し込みする開催概要多くの化学・素材メーカー様でMI導入が進む一…

医薬品容器・包装材市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、医…

X 線回折の基礎知識【原理 · 基礎知識編】

X 線回折 (X-ray diffraction) は、原子の配列に関する情報を得るために使われる分…

有機合成化学協会誌2026年1月号:エナミンの極性転換・2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)・細胞内有機化学反応・データ駆動型マルチパラメータスクリーニング・位置選択的重水素化法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年1月号がオンラインで公開されています。…

偶然と観察と探求の成果:中毒解毒剤から窒素酸化物を窒素分子へ変換する分子へ!

第692回のスポットライトリサーチは、同志社大学大学院理工学研究科(小寺・北岸研究室)博士後期課程3…

嬉野温泉で論文執筆缶詰め旅行をしてみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

論文を書かなきゃ!でもせっかくの休暇なのでお出かけしたい! そうだ!人里離れた温泉地で缶詰めして一気…

光の強さで分子集合を巧みに制御!様々な形を持つ非平衡超分子集合体の作り分けを実現

第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室…

化学系研究職の転職は難しいのか?求人動向と転職を成功させる考え方

化学系研究職の転職の難点は「専門性のニッチさ」と考えられることが多いですが、企業が求めるのは研究プロ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP