[スポンサーリンク]

海外化学者インタビュー

第69回―「炭素蒸気に存在する化学種の研究」Harold Kroto教授

[スポンサーリンク]

第69回の海外化学者インタビューは、ハリー・クロトー教授です。フロリダ州立大学の化学・生化学部に在籍し、ナノスケール自己組織化のメカニズム、炭素蒸気に存在する化学種(数百種、少なくとも5種類の族が存在しています)、小さなフラーレンの安定化およびナノチューブの応用に取り組んでいます(訳注:2016年に逝去されています)。それではインタビューをどうぞ。

Q. あなたが化学者になった理由は?

科学と数学、芸術とテニスが得意でしたが、仕事を見つけなければなりませんでした。60年代、科学の方が芸術よりはずっとましでした。当時は、子どもが選べる進路の数はずっと少なかったのです。化学の先生(ボルトン・スクールのWilf JaryとHarry Heaney)、美術の先生(Higginson氏)、どちらもとても良かったです。その後、Harry Heaneyは学校の教師を辞め、ラフバラー大学の化学の教授になりました。

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

ほぼ確実に、グラフィックアートとデザインの分野にいるでしょう。今もこういった作業を多くしています。また、おそらくはアニメーションと科学ドキュメンタリーの仕事です。www.vega.org.ukwww.geoset.infoを見てください。1964年にBBCの就職面接を受けましたが、外国に住みたいと思ったので、カナダでポスドクをすることにしました。BBCは私が戻ってきたときには会いましょうと言ってくれました。

Q. 概して化学者はどのように世界に貢献する事ができますか?

化学者は社会に対して最も人道的な貢献をしてきました。(凝縮器の名前で有名な)リービッヒは、下水の化学的処理についてロンドン市に助言しましたが、これ以前のテムズ川はひどく、落ちたら死んでしまうほど汚染されていました。クロウフォード・ロングと他の人々は麻酔薬を開発しました―麻酔薬なしで足を切断することを想像してください―19世紀以前には日常的に行われていました(Rowlinson’s drawingsをGoogle画像検索すればわかります)。

FloreyHeatleyChainがペニシリンの大量製造法(Flemingは自らの発見を何も進歩させませんでした)を開発した1942年より前には、血液中毒が切断および/または死亡につながる事態が日常的に発生していました。確かではありませんが一部の推定によると、世界の食料の70%はハーバー・ボッシュ法で製造される肥料を使って生産されています。現代にポリマーがなければ、あるいはコンピューターチップ用のウエハーを作るためにシリコンの大きな結晶を成長させる方法を学んでいなければ、現代の世界はどうなっていたでしょうか。アスピリンと白金抗がん薬は、フロリダ州立大学の同僚であるBob Holtonが開発したタキソールと同様、大きな貢献をしてきました。化学者であることに誇りを持てる、多くの素晴らしい貢献があったのです。

一部の化学者たちは、不幸にも非人道的な貢献をしました。Louis FieserFieser & Fieserという有機化学の素晴らしい教科書を書いた人です―が、ナパーム弾を発明したと知ったとき、ひどくがっかりしました。科学を学ぶ若い学生たちには、この種の応用 (私はこういったものを科学とは呼びません) から距離を置き、人道的貢献に焦点を当てるよう奨励しています。Haberの名声は、神経ガスの開発によっても傷つけられました。若い人たちには、ペニシリンの主たる実験をすべて行い、何百万人もの命と手足を救ってきたNorman Heatleyのように、ほぼ無名のヒーローにむしろなってほしいと願っています。

Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

アメリカに移住し、アメリカの誕生について多くのことを学び、いわゆる建国の父たちに大きな憧れを抱くようになりました。彼らの懸念と、彼らがどのようにして素晴らしい創作物―権利章典と合衆国憲法―を制定したのか、について話したいと思います。そのうちの3人とと夕食を共にしたいです。故郷ルイスにしばらく住み、『人間の権利』を書いたトマス・ペイン。科学者であり、真に最初のアメリカ人でしたが、ほぼ20年間ロンドンに住み、革命の直前にひどい扱いを受けたベンジャミン・フランクリン。そして、教会と国家が分離しなければ民主主義はありえないと説いたトーマス・ジェファーソン。後者の点は今日においてとても重要です。

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

自分にはたくさんやらねばならないことがあるのは間違いないのですが、残念ながら、今では同僚たちがほとんどの現場での実験作業をする傾向があります。私は時々電子顕微鏡の観察に携わっていたのですが。

サセックス大学の職を退かなければならなかったので、この3年間は研究室を持っていません。フロリダ州立大学のすばらしい新社屋に、美しい研究室がちょうどできました。最後は、誰の助けも借りずに一人で実験しました!!!1990年にようやくC60のサンプルを手にしました。1985年のC60発見論文では、C60が超潤滑剤になるかもしれないと予想しました。平らなグラファイトが潤滑剤になるので、丸いグラファイトの方が結局のところより良いだろうと考えたのです(!!!!)。サンプルを取って、ヘラでスライドグラスに押し付けると、砂のようになってがっかりしました。グラファイトは、空気と水が層の間に入り込まない限り潤滑剤にならないということを知るまで、このことは理解できませんでした。例えば、グラファイトは高高度やスペースシャトルでは使用できません。層間力は弱くなく、グラフェン層は真空中では互いに滑らないのです。

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

(たぶんファインマンの)量子電気動力学の入門書を持っていきます。分子スペクトルを解析し、周りから量子力学を理解していると思ってもらうに十分な程度には、すでにある漠然とした量子力学の知識から次なるステップに進みたく思っています。

ギターも持っていけるのなら、ジェームス・テイラーのLP盤を買って、ギター演奏に関して非常に限定的な自分の能力を向上させたいと思っています。彼の(ライブ)アルバムかグレイテスト・ヒッツ アルバムを持っていかねばなりません。最初期のアルバム2枚に収録されるSweet Baby James、Carolina in Mindが求めるものです。

原文:Reactions – Harry Croto

※このインタビューは2008年6月20日に公開されました。

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 第九回 タンパク質に新たな付加価値を-Tom Muir教授
  2. 第45回「天然物合成化学の新展開を目指して」大栗博毅教授
  3. 第109回―「サステイナブルな高分子材料の創製」Andrew D…
  4. 第95回―「生物学・材料化学の問題を解決する化学ツールの開発」I…
  5. 第19回「心に残る反応・分子を見つけたい」ー京都大学 依光英樹准…
  6. 第65回―「タンパク質代替機能を発揮する小分子の合成」Marty…
  7. 第31回「植物生物活性天然物のケミカルバイオロジー」 上田 実 …
  8. 第17回 音楽好き化学学生が選んだ道… Joshua…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. マイヤー・シュスター転位/ループ転位 Meyer-Schuster/Rupe Rearrangement
  2. ギ酸 (formic acid)
  3. アルコールを空気で酸化する!
  4. プレヴォスト/ウッドワード ジヒドロキシル化反応 Prevost/Woodward Dihydroxylation
  5. ケクレの墓 (Poppelsdorf墓地)
  6. 一次元の欠陥が整列した新しい有機−無機ハイブリッド化合物 -ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に期待-
  7. サンケイ化学、フェロモン剤を自社生産
  8. 第28回Vシンポ「電子顕微鏡で分子を見る!」を開催します!
  9. 手術中にガン組織を見分ける標識試薬
  10. 誤った科学論文は悪か?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP