[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

NMRの基礎知識【原理編】

[スポンサーリンク]

NMRとは核磁気共鳴 (Nuclear Magnetic Resonance)の略称です。ざっくりいうと構成原子の置かれた環境を1つ1つ区別して調べることができ、原子同士のつながり方もわかる測定法です。測定が簡便な割に多くの情報が得られるため、特に有機化合物を扱う分野では重宝されます。毎日10本を超える測定を行うことも珍しくありません。

本シリーズでは、NMRの原理から実例までをできるだけ分かりやすくご紹介したいと思います。今回は【原理編】です。

核磁気共鳴現象:その原理

原子核は正電荷をもち、自転しています(厳密にはコマのように歳差運動をしています)。これによって自ら磁場を発生させています。言い換えると、原子一つ一つは、小さな磁石とみなすことができます。このことを表すベクトル物理量を、核磁気モーメント(核スピン)と呼びます。

普通の状態だと原子核はランダムな方向で回転しますので、核スピンの向きは当然ばらばらです。しかし、外部から強力な磁場(強さB0)をかけてやると、核スピンは磁場と順並行(↑)または逆並行(↓)の2種類へと綺麗に整列してくれます。

このとき、逆並行(↓)の核スピン状態は、外部磁場と逆らう形になっているので、順並行(↑)に比べてエネルギーが高くなります。外部磁場の影響により、核スピンが2つのエネルギー順位へ分裂することをゼーマン分裂と呼びます。ゼーマン分裂状態になると、エネルギー差に相当する電磁波に対して系が共鳴する(≒特定の波長をもつ光で高エネルギー状態へ励起される)ようになります。これこそが核磁気共鳴と呼ばれる現象です。

NMRの場合、このエネルギーがラジオ波領域(波長=1 m~100 km)に相当します。様々な波長のラジオ波をパルスとして一挙に当ててやると、上記エネルギー差に相当する波長のみで吸収が起こります。この様子を解析してやることで、核スピン(≒原子核)の置かれた状態が分かるのです。

測定装置

NMR測定装置は、大まかに①超伝導磁石(磁場発生部) ②分光計(ラジオ波照射・信号受信部) ③コンピューター(操作及びデータ処理部)に分かれます。

NMR装置の構成(JEOL RESONANCEのページより引用)

サンプル挿入・測定時の状態を模式的に表すと、下図のようになります。

サンプル管に磁場をかけ、高周波発振器によってラジオ波をあてると、上述の原理に従って核磁気共鳴が起こります。このとき、試料を取り巻いているコイルに微小な誘導電流が放出されるので、増幅器を経由させて自由誘導減衰(FID)信号としてこれを記録します。

実際には、FIDは様々な波形の重ね合わせとして記録されますので、コンピュータで波数成分ごとに分離(フーリエ解析)してやります。そうすると、我々の目になじみ深いNMRチャートが得られてきます。

左:FID信号、右:フーリエ変換後のNMRチャート(こちらのページより引用)

 

測定できる核種

原理の項で既に述べたとおり、NMR現象には核スピンの存在が必要です。核スピンの有無は、スピン量子数(Iという物理量で判断できます。

この値は、原子核に含まれる陽子数・中性子数が奇数か偶数かに依っています(下表)。質量数が奇数であれば、I=1/2,1,3/2・・・などのように、整数値か半整数値をとります。偶数であれば、I = 0,1,2・・・のように0か整数値をとります。

質量数 原子番号 スピン量子数 I 核種の例
奇数 奇数、偶数 半整数(1/2,2/3,2/5,…) 1H,15N,13C,17O,19F,31P,129Xe,…
偶数 偶数 12C,16O, 28Si, 32S,…
偶数 奇数 整数(1、2、3、…) 2D,14N,…

ここで重要なことは、スピン量子数= 0の核種は核スピンを持たないので、核磁気共鳴を示さないという事実です。たとえば、上表の12C, 16O, 28Si, 32S などはI = 0となる典型核種なので、NMRの測定ができません。逆にそれ以外の核種は測定できます。

有機化合物の測定で最もよく用いられる核種は、水素核1H炭素核13Cです(どちらも= 1/2)。

水素核1Hは天然同位体存在比がほぼ100%であり、なおかつ最も感度のよい核の一つです。このため、試料が数mgあれば十分きれいなスペクトルが得られます。

他方、炭素核13Cの天然同位体存在比は1.1%(I = 0である12Cが大半を占める)であり、また感度も1Hの1/4ほどしかありません。このため一般に13C-NMRは非常に微弱な信号として観測されるのみで、測定には多めのサンプルを必要とします。

さて、おおまかな原理は以上です。次回の【測定・解析編】へと続きます。

(執筆 ブレビコミン・ボンビコール、2018/1/6 加筆修正 cosine)
※本記事はHTML版記事に加筆修正を加え、ブログに転記したものです

関連書籍

ケムステ内関連記事

関連リンク

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 反芳香族性を示すπ拡張アザコロネン類の合成に成功
  2. 膨潤が引き起こす架橋高分子のメカノクロミズム
  3. カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (3) 完結編
  4. 【PR】Chem-Stationで記事を書いてみませんか?【スタ…
  5. 出発原料から学ぶ「Design and Strategy in …
  6. NPG asia materialsが10周年:ハイライト研究収…
  7. フラスコ内でタンパクが連続的に進化する
  8. 有機合成化学協会誌2018年5月号:天然物化学特集号

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 電池長寿命化へ、充電するたびに自己修復する電極材
  2. ジェームズ・ロスマン James Rothman
  3. 液相における粒子間水素移動によって加速されるアルカンとベンゼンの脱水素カップリング反応
  4. 広瀬すずさん出演のAGCの新CM『素材でがんばるAGC/水の供給篇』が放映開始
  5. 電話番号のように文献を探すーRefPapers
  6. アステラス製薬、抗うつ剤の社会不安障害での効能・効果取得
  7. CO2を用いるアルキルハライドの遠隔位触媒的C-Hカルボキシル化
  8. ライアン・シェンビ Ryan A. Shenvi
  9. ADC薬 応用編:捨てられたきた天然物は宝の山?・タンパクも有機化学の領域に!
  10. 世界初 もみ殻からLEDを開発!~オレンジ色に発光するシリコン量子ドットLED~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

様々な化学分野におけるAIの活用

ENEOS株式会社と株式会社Preferred Networks(PFN)は、2023年1月に石油精…

第8回 学生のためのセミナー(企業の若手研究者との交流会)

有機合成化学協会が学生会員の皆さんに贈る,交流の場有機化学を武器に活躍する,本当の若手研究者を知ろう…

UBEの新TVCM『ストーリーを変える、ケミストリー』篇、放映開始

UBE株式会社は、2023年9月1日より、新TVCM『ストーリーを変える、ケミストリー』篇を関東エリ…

有機合成化学協会誌2023年9月号:大村天然物・ストロファステロール・免疫調節性分子・ニッケル触媒・カチオン性芳香族化合物

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年9月号がオンライン公開されています。…

ペプチドの精密な「立体ジッパー」構造の人工合成に成功

第563回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科応用化学専攻 藤田研究室の恒川 英…

SNS予想で盛り上がれ!2023年ノーベル化学賞は誰の手に?

さてことしもいよいよ、ノーベル賞シーズンが到来します!化学賞は日本時間 10月4日(水) 18時45…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2023年版】

各媒体からかき集めた情報を元に、「未来にノーベル化学賞の受賞確率がある、存命化学者」をリストアップし…

DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見

第562回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学(現:大阪公立大学)大学院 工学研究科 電子・数物…

イグノーベル賞2023が発表:祝化学賞復活&日本人受賞

今年もノーベル賞とイグノーベル賞の季節がやってきました。今年もケムステではどちらについても全速力で記…

ポンコツ博士の海外奮闘録XXII ~博士,海外学会を視察する~

ポンコツシリーズ国内編:1話・2話・3話国内外伝:1話・2話・留学TiPs海外編:1話・…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP