第409回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 材料系 原・鎌田研究室に在籍されていた幸谷 真芸(こうたに まき)さんにお願いしました。
原・鎌田研究室では触媒と材料科学に関する研究を行っており、具体的にはバイオマス変換に有用な固体ブレンステッド酸・ルイス酸や低環境負荷アンモニア生産のための固体触媒、選択酸化を可能にするための新しい酸化触媒と反応の開発などを行っています。本プレスリリースはマンガン酸化物ナノ粒子についてで、ナノサイズで構造制御されたマンガン酸化物は、バルクとは異なる特異的機能を発現するため、シンプルで効率的なマンガン酸化物のナノ構造制御手法の開発が切望されています。マンガン酸化物ナノ粒子の一例であるトドロカイト型酸化物OMS-1は6.9×6.9 Åの一次元のトンネル構造をもつ物質であり、イオンや分子の識別に由来したさまざまな機能応用研究が注目されていますが、表面積が小さいため応用研究への展開が限られていました。そこで独自に開発したマンガン酸化物ナノ粒子の前駆体結晶化法を拡張し、層間にマグネシウムイオンを導入した後に固相転移反応を起こすことで、メソ孔をもち表面積も大幅に向上することに成功しました。さらに、分子状酸素のみを酸化剤としたアルコールやスルフィドの直接酸化反応を行ったところ、従来のマンガン酸化物よりも穏和な条件下で高い活性を得ることに成功しました。
この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌、および東京工業大学プレスリリースに発表されました。
Maki Koutani, Eri Hayashi, Keigo Kamata, and Michikazu Hara
本研究を指導された鎌田慶吾 准教授より幸谷さんについてコメントを頂戴いたしました!
“おしゃれ番長”こと幸谷真芸さんの学年は、新型コロナウイルス感染拡大第1波の時で4月から大学に来ることができず、実験を開始できたのも7月くらいからだと記憶しています。そんな逆境の中、幸谷さんは朝早くから夜遅くまで頑張って研究活動に取り組み、本成果を発表するに至りました。二酸化マンガンナノ粒子触媒の研究は、卒業生の林愛理さん・山口ゆいさんによる“層状酸化マンガン前駆体の固相転移によるβ-MnO2の合成”からスタートし、今回、幸谷さんが中心となってトンネル構造をもつOMS-1の合成へと展開しました。研究室メンバーでコツコツ積み上げた知見が、今回の触媒合成を可能にしたと思います。私自身、合成は化学の礎だと信じつつも、日々の努力(実験)の積み重ねと物質感をもった現象の理解なくして達成できない悩ましい分野だとも認識しています。今回の成果も、学生の皆さんの努力なくしては達成できなかったと思っています。今後、更なる研究展開を目指すと共に、(写真からもおわかりのように)幸谷さんのような個性豊かな若手研究者が無機合成化学の分野に参画してくれることを期待しております!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
トンネル構造をもつマンガン酸化物超微粒子の簡便な合成手法を開発し、触媒として応用することで、アルコールやスルフィドの酸化反応を、従来のマンガン酸化物触媒より効率的に促進させることに成功した研究です。
ナノサイズで構造制御された材料は、バルク材料とは異なる特異的な性質を示すため、様々な分野で注目を集めています。
6.9×6.9Åの大きなトンネル構造をもつマンガン酸化物OMS-1は、その構造に由来したイオンや分子の認識能を有するため、触媒だけでなく電極材料や吸着材としても研究されています。しかし従来の合成法は、多段階プロセスを要する点や、熱水条件下での反応により粒子が大きく成長するという問題点により応用研究への展開が限られていました。
そこで我々は、Mgイオンを導入したナノサイズの層状前駆体の固相転移反応に着目することで、多孔質OMS-1超微粒子の簡便かつ効率的な合成に成功しました(図1)。この手法は、特殊な試薬を必要とせず、市販の試薬を混ぜ合わせて焼く(加熱する)だけで、メソ孔という触媒反応に重要なナノメートルサイズの空間をもつ多孔質なOMS-1超微粒子が合成可能です。
合成した多孔質OMS-1超微粒子は、従来の水熱法で合成したOMS-1より約7倍以上高い表面積をもち、溶媒や合成中間体として有用なカルボニル化合物やスルホキシドへの直接酸化反応において、従来のマンガン酸化物触媒よりも温和な条件下で高い触媒活性を示しました(図2)。本研究成果は、石油を原料としない化学品合成のための触媒や、エネルギーの製造・貯蓄のための電極材料などへの応用により、カーボンニュートラルな社会に繋がると期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
前駆体とOMS-1の判別に酸処理を用いた点です。 酸化物の結晶構造の解析は、一般的にはまずX線による結晶構造解析を用いて行います。しかし今回のOMS-1は極めて小さい粒子のため、前駆体の層状化合物とX線のみによる判別が困難でした。そのため、研究初期では合成法が確立していない上に、目的化合物が合成できているのかもわからない状態が続き、先行きが不安でした。
既報では、熱処理前後に伴う層間水の脱離に起因した構造変化により判別する例が多いですが、本研究で合成した微粒子の層状物前駆体は、既報のものとは異なる挙動(=トンネル構造へ変化)を示したため、熱処理による判別はできませんでした。そこで、マンガン酸化物に関する論文をさらに調べると、酸処理によりトンネル構造と層状構造で異なる挙動を示すことがわかりました。そして最終的には酸処理前後の挙動と赤外分光法によりOMS-1の構造を確認する事ができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
この合成法では、焼成温度や時間、原料比、溶液のpHなどわずかな合成条件の違いでも生成物の特性が大きく異なるため、研究初期では、一度合成できたものが再現良く合成できず苦労しました。その後、どの条件がどんな特性に影響を与えるかを1つずつ明らかにしていった結果、微粒子化に成功しただけでなく、最終的には様々な表面積のOMS-1が合成可能となりました。また、本研究において合成したOMS-1が、微粒子化に伴う触媒性能の低下がない高品質な触媒であることを証明することに繋がりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今回の研究を行うにあたって文献調査を行った際に、層状の前駆体を固相転移反応するとOMS-1にはならないという報告があり、初めは正直無理なのではないかと思っていました。しかし、実験を行ってみると、ナノサイズの層状前駆体を固相転移反応させることでOMS-1が合成できました。このことから、既存の考え方に囚われずに新しい視点をもって研究に挑まなければ新しい発見はできないということをこの研究から学ぶことができました。
研究室で行った研究や先生方とのディスカッション、そして論文執筆に携わらせていただいたことは本当に貴重な経験でした。これからは今まで学んできた知識や経験を基に企業でものづくりを通して社会に還元していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究では意図した結果が得られないことが多かったです。しかし、それをただの失敗として終わらせるのではなく、重要なのはそこから何が得られるかを如何に考察することだということを学びました。失敗を重ねる程、思い通りの結果が得られたときの達成感は大きかったです。また先生方や先輩方、周りの方々とのディスカッションなしではここまでの成果はありませんでした。
全ての壁は扉だと信じて、失敗を恐れず積極的に研究に取り組み、数多くのディスカッションを行っていくことが重要だと思います。
最後に、本研究において直接ご指導いただきました鎌田准教授を始め、ポスドクの林さん、原・鎌田研究室の皆様にこの場を借りて深く感謝申し上げます。また、このような機会を与えてくださったChem-Stationの方々に心よりお礼申し上げます。
研究者の略歴
名前 : 幸谷 真芸(こうたに まき)
所属(当時) : 東京工業大学 物質理工学院 材料系 原・鎌田研究室
略歴 :
2020年3月 神奈川大学工学部物質生命化学科 卒業
2022年3月 東京工業大学物質理工学院材料系 修士課程修了