[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ものづくりのコツ|第10回「有機合成実験テクニック」(リケラボコラボレーション)

[スポンサーリンク]

理系の理想の働き方を考える研究所「リケラボ」とコラボレーションとして「有機合成実験テクニック」の特集を10回に渡り配信する予定でした。

というわけで全10回ですので、本記事が最終回となります。最終回は、タイトルにあるとおり、ものづくりのコツ、つまり有機合成化学実験のコツです。

筆者も大学4年生から合成化学研究に関わって19年ほど経ちました。これまで学生から大学教員時代も含めて複雑な天然有機化合物を中心に構造が全く異なるものを10種類以上合成しています。

たぶん得意かそうでないかといえば、これでご飯をたべていけているので得意なほうなんだと思います(実験の方は全然やっていないのでいまでは見る影もないですが)。

加えて、これまで数十人の学生を指導してきました。もちろん、この子は実験がうまいな、センスがあるなと感じた学生もいれば、逆にがんばっているのになにか違うと感じる学生もいました。センスがないといえば片付くかもしれませんが、実はセンスがないと思われていた学生でも急に開眼してできるようになることは往々にしてあります。

いまこの記事をみてギクッとしたひとも安心して自分のペース+αで合成研究に勤しんでください。ここでは一般論として、筆者が考える分子レベルのものづくりのコツを伝授したいと思います。

次にやることを常に考えよう

1つの反応をじっくりみている。そんな人もいるかもしれません。そのような学生は好きですが、効率よく実験を行うためには、同時もしくは時間差で複数の合成実験をすることが一般的だと思います。

1つの反応ではあまり差がなくとも、複数の実験を並行してできるひととできないひとでは時間と内容に雲泥の差があります。それが1日単位ならばよいですが、1年となるともう取り返しのつかないほどに実力の差がついてしまいます

苦手なひとは、次の計画を考えていないんですね。得意なひとは、今反応させている結果を予測し、次の一手を複数考えているところです。実際にその結果を得たときに、迅速に次の行動に移ることができます。

関連しない複数の反応をかけていることを想像してみてください。タイムマネージメントはできていますか?どこで反応をかけて、その反応の合間に、ある化合物の後処理や精製を行う。NMRやMSなどの分析をどこにいれるか。複数になると頭で常に考えていないと、どこかで作業が重複してしまいます。ここでも、1つの可能性だけでなく、問題が起きた場合も考慮し、複数の予定を考えておく必要があります。

筆者が学生の頃は、ヘビースモーカーだったので、実験の区切りがつくたびにタバコを吸いにいっていました。その喫煙所の行き帰り、吸っている間に次の手を考えるんですね。それがよいテンポとなり、短時間でも多くの実験を行うことができました。料理しているとき、スポーツしているとき、テンポが乗っているとなんだか楽しくなってきませんか?逆にそれが乗らないと、何事もうまくいきません。タバコは必要ないですが、テンポよくダンスするように実験をすすめられたらとても迅速に研究をすすめることができます。

あとは、夜寝る前やトイレでも、常に実験のことを考えていました。彼女といるときも、ふと思いついたらほとんど話を聞かず、そればかり考えていました。化学か私のどっちをとるの?と聞かれれば自信をもって化学といえました。

そんなの嫌だという人もいるかもしれませんが、人よりもできるようになるためには人より努力しなければ、よっぽどあなたが天才でない限り無理であることは、賢い読者の皆様ならばわかるはずです。スポーツでも普通に楽しんで練習しているだけでオリンピックに出場できることはないですよね。

というわけで、次にやることを常に考える・できる限り分子のことを考えることが、ものづくりのコツです。

俯瞰して化合物をみよう

化合物の反応する部分は官能基ですね(それ以外が反応することもありますが)。

例えば、アルコールを酸化してアルデヒドにしたい場合。その化合物が官能基をもたず、R–OHとして表せる場合は、OH(反応点)だけ見ていれば良いと思います。

しかし、2つ以上の官能基が存在する場合、そんなに単純ではなく、反応させたくない官能基もケアしなければなりません。2つならまだしも、それが5つ、6つそれ以上あるような複雑化合物ならどうでしょう。反応点だけみていては、他の官能基が反応する可能性があります(副反応)。さらにその副反応から骨格転位したり、さらなる反応が進むかもしれません。

苦手なひとは、反応点に顔を近づけすぎて、まわりがみえていないことが多いんですね。

一方で、得意なひとはかなり遠くから化合物をみている、俯瞰してみているひとが多いです。つまり、いろいろな可能性を考えて反応を考えているのです。一度、一歩引いて化合物の全体像を見渡せるようにすると良いと思います。

自分の好きな反応をみつけよう

有機合成化学研究を続けていると、様々な反応を行うことができます。

自分の手で、分子を自在にいじれることが有機合成化学の醍醐味ですが、変換する対象は、それが研究である限り、いままで報告されたことのない化合物もしくは既知の化合物でも報告されていない反応を行うことが多いです。

そんなときうまく進行した反応は、自分の得意技となるわけです。自分の得意技をたくさんもっていると、別の全く違う化合物の合成の際も応用できることが多々あります。一方で、うまくいかなかった反応もうまくいかない理由やその状況をしっかりと学んでいれば、自分の血肉となっていきます。気をつけなければならないのは、自分がうまく行かなかった反応は、次もつかわないことが多いのです。同じ変換を行うならば自分の得意技でまずはやってみるというのが筋でしょう。

ですから、得意技をつくるのは大事なのですが、うまく行かない反応もうまくいくもの(文献既知の反応)で試してみることをおすすめします。するとなんでうまくいかないのか、化合物特有の問題がみえてきます。試薬の問題や自分の操作の問題でなく、化合物のある部分が問題でうまくいかなかったということがわかれば、得意技と並ぶぐらいの裏技になるかもしれません

得意なひとは、この得意技と裏技を集めるのが得意です。必ず、文献で使われる化合物や、変換した化合物を簡単にしたモデル化合物で試して、その反応自体に問題が無いことを確認しています。

一方苦手なひとは、あまりそのような余裕がなく変換したい化合物で試して、反応しなかった、壊れてしまった、で終わりです。その違い1つだったらいいですが、100、1000と経験を積み重ねていくうちに、埋められない差となります。

レシピをみるだけでなく、電子の流れで考えよう

SciFinderなどでうまく検索すれば、そのままでなくとも似たような構造をもつ化合物の望みの変換方法が掲載されている文献は見つかるでしょう。

それを料理のレシピのように再現して反応をかける。だめならば、次。そんな感じの絨毯爆撃法でやっても当たるときは当たります。ただし、完全に思考停止なので頻繁にはおすすめしません。その反応条件で何が起こるかちゃんと理解しているでしょうか。せめて電子の流れ(反応機構)ぐらいかけるようにしたいところです。

そうすると、その反応に使ったもので意味があるもの、ないものがみえてくるかもしれません。もっと言えば、文献に報告がなくとも電子的に等価な反応剤を作用さえれば反応するかもしれません。特にこれが重要で、レシピをコピーしているだけではできない考え方になります。

苦手な人は文献に報告がある条件でないとなかなか反応をかけてくれません。一方で、得意な人は、この反応がいくのならば電子の流れが同じこれを使ってもいくのでは?と反応をやってみます。経験上、それでも望みの化合物はあまり得られないですが、目的と異なる化合物が得られ、それがヒントになったり、新反応開発の一助になったりすることがあります。あまり考えてないなあと思う方。たまには足を止めて、熟考してみてはいかがでしょうか。

とにかく片っ端からいろんな反応をかけてみよう

望みの生成物をつくるのが目的。みなそうですね。そのために適切な反応を選んでいくわけですが、本当に望みの化合物に変換するだけで化合物の性質を理解できるのでしょうか?次もその次の反応も骨格は一緒なので化合物がどんな性質をもっているかを理解することは大変重要です。

そんなときは、酸化でも還元でもアシル化でも、保護でもなんでも片っ端から小スケールでも試せる反応をやってみることです。「そういう試薬をつかうと、○○が反応してしまうから」「酸化条件には耐えられない気がします」

ちゃんと化合物をみて話している分だけましかもしれませんが、実際反応させてみたことはあるんでしょうか?どの酸化条件に耐えられなかった?

これが実験なので、望みでなかった変換反応でも定量的に進行するかもしれません。そして、それをこなすことで生の化合物の特徴を知ることができます。これはデスクで偉そうに指示している先生には絶対にわからない、現場のプレイヤーしかわからない情報です。ただし、その情報を得るためには、目的でない反応をたくさん行う必要があり、比例して時間がかかります。おーこんな反応いくんだ。この反応ではTLCがきれいだなあ。と楽しんで反応させてみてください。危ないこと以外はやっていけないことなどありません(あ、高価な試薬はあまり使わないでください)。

ディスカッションしよう!

よくいうホウレンソウというやつですね。苦手な人は、それも苦手な人が多く、報告会ではじめて全然進んでいないことが表明します。なぜ進んでいないんだといわれ更にディスカッションしづらくなる。一方で、できるひとは先輩や先生から、得られる情報を最大限に吸い取っていきます。吸い取るためにはディスカッションすることです。筆者はいきなりいわれて先生に完勝する自信はありませんでしたが、理論武装し現場の知識をもっていろいろな反応を試していたので、ほとんどの質問に答えることができました。それは意味ないなあと思う助言もありましたが、関係ない助言から、「まてよ、その考えこちらにも使えるんじゃ??」と思ったことはたくさんあります。

そんな経験はなくとも、ディスカッションできないひと=苦手なひと (コミュニケーションの問題を除いて)はほぼ100%間違いないと思います。勇気を出して、聞いてみましょう。

最後に

かなり一般論を述べましたが、いかがでしょうか。何をいっているのかわからないひとは多分苦手な人です。そんなのわかっているよというひとは多分得意な人です。ここに記載したことは有機合成化学実験のみならず、研究、ひいてはすべてのお仕事に関係してくると思います。最初に述べたように、センスだけで語れず、苦手なひとも得意になることはよくあることなので、ここに書いたことを参考にしつつ、がんばってみてください。

というわけで、10回分の有機合成テクニック、これで筆を擱きます。1年間読んでいただいてありがとうございました。

他のコラボレーション記事(全10回)

第一回有機合成に活躍する器具5選
第二回:実験でよくある失敗集30選
第三回使っては・合成してはイケナイ化合物
第四回お前はもう死んでいる:不安定な試薬たち
第五回:もう別れよう:化合物を分離・精製する
第六回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで
第七回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2
第八回第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで3
第九回:研究を加速する最新機器紹介
第十回:ものづくりのコツ

リケラボプロフィール

本記事はリケラボとのコラボレーション記事です。リケラボは理系の知識や技術をもって働くみなさんのキャリアを応援するWEBメディアです。
研究職をはじめとする理系人の生き方・働き方のヒントとなる情報を発信しています。
理想的な働き方を考えるためのエッセンスがいっぱいつまったリケラボで、人・仕事・生き方を一緒に考え、自分の理想の働き方を実現しませんか?

Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. オンライン講演会に参加してみた~学部生の挑戦記録~
  2. 製造業の研究開発、生産現場におけるDX×ノーコード
  3. シュガーとアルカロイドの全合成研究
  4. ベンジル位アセタールを選択的に酸素酸化する不均一系触媒
  5. アジドインドリンを利用した深海細菌産生インドールアルカロイド骨格…
  6. 【PR】Twitter、はじめました
  7. 機械学習用のデータがない?計算機上で集めませんか。データ駆動型イ…
  8. 初めてTOEICを受験してみた~学部生の挑戦記録~

注目情報

ピックアップ記事

  1. 九大発、化学アウトリーチのクラウドファンディング「光化学の面白さを中高生と共有したい!化学の未来をピカリと照らす!」
  2. 内部アルケンのアリル位の選択的官能基化反応
  3. 高選択的な不斉触媒系を機械学習で予測する
  4. 【好評につきリピート開催】マイクロ波プロセスのスケールアップ〜動画で実証設備を紹介!〜 ケミカルリサイクル、乾燥炉、ペプチド固相合成、エステル交換、凍結乾燥など
  5. 多角的英語勉強法~オンライン英会話だけで満足していませんか~
  6. 最近の有機化学注目論文3
  7. 第29回光学活性化合物シンポジウム
  8. N-フルオロ-N’-(クロロメチル)トリエチレンジアミンビス(テトラフルオロボラート):N-Fluoro-N’-(chloromethyl)triethylenediamine Bis(tetrafluoroborate)
  9. ピリジン同士のラジカル-ラジカルカップリング
  10. ナイトレンの求電子性を利用して中員環ラクタムを合成する

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

フィーゼルマン チオフェン合成/Fiesselmann Thiophene Synthesis

概要フィーゼルマン チオフェン合成(Fiesselmann Thiophene Synthesi…

“とび跳ねる水滴”に潜む物理 〜接触時間とエネルギー源で読む撥水・防氷のテク〜

熱したフライパンに落ちた水滴が、玉になってコロコロと走り回り、冷えた面では、結露水が合体した瞬間に跳…

AI時代に研究者がすでに持っている力・これから伸ばしたい力

論文要約や文献検索など、研究現場でもAI活用が日常化する一方、「自分の仕事の先行き」に漠然とした不安…

miHub®を活用した探索的データ解析の実践

開催概要研究開発においてデータ活用が進む中、機械学習モデルの構築や予測解析に…

“ある特効薬”のはなし ~本田宗一郎氏の回想から

Tshozoです。最近実家に戻っては色々と廃棄するなどの店じまいを少しずつ進めているのですが、中…

高分子鎖を束ねた新しい共重合体「束状共重合体」が誕生

第715回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科(植村研究室)に所属されていた亀谷…

2026年「有機溶媒危機」へのアンサー。北大発・メカノクロスが挑む、溶媒に依存しない新たな合成法 = “メカノケミカル有機合成”の社会実装

株式会社メカノクロスは、メカノケミカル有機合成技術の社会実装に挑む北海道大学発の…

“壊れないよう” に作ってきた半導体ポリマーを、あえて “壊れるよう” に作る化学

半導体ポリマーは長いあいだ、「いかに壊れにくく、長持ちさせるか」といったような安定性を競って進歩して…

有機合成化学協会誌2026年7月号:固体高分子電解質・電子ドナー・アクセプター錯体・機械学習法・trichodermamide類・エナンチオ選択的スキップジエン合成法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年7月号がオンラインで公開されています。…

第62回Vシンポ「見えない空気を科学する~センサによる室内環境・臭気の見える化と快適空間デザインの最前線~」を開催します!

こんにちは、Macyです。第62回Vシンポのご案内をさせていただきます。今回は、前回同様…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP