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スポットライトリサーチ

細胞同士の相互作用を1細胞解析するための光反応性表面を開発

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第441回のスポットライトリサーチは、東京大学工学系研究科 化学生命工学専攻 岡本研究室の小阪 高広 (こさか たかひろ)さんにお願いしました。

岡本研究室では生物有機化学を専門としており、有機合成を駆使した新しい機能性バイオポリマーのデザインと合成や有機分子を使った生体内での選択的な可視化に取り組んでいます。本プレスリリースの研究成果は、細胞同士の相互作用を1細胞ずつ観察するための新しい材料を開発したという内容です。研究背景として幅広い生命システムでは、異種細胞間での接触を介した相互作用が個々の細胞の性質を制御しており、細胞の相互作用を1細胞ごとに解析することで、疾病やその治療に関わる未知の情報を明らかにできると期待されています。そのため膨大な数の異種細胞の1細胞ペアを調製して、網羅的に相互作用を観察する技術が研究されていて、具体的にはMEMS技術を用いて調製した細孔やマイクロ液滴の中に異種細胞のペアを一つずつ閉じ込めて、その相互作用を観察した研究が報告されています。しかしながら解析できる細胞の種類に制限があり、また微細空間に閉じ込めた状態で解析することによる影響も懸念されています。 そこで本研究グループでは、光反応性の材料を用いて異種細胞の 1 細胞ペアを大量に並べ、一般的な細胞観察用培養皿と同じ平面基材上で、その相互作用を観察する技術を開発しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、Supplementary Coverにも採択されました。またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Bioorthogonal Photoreactive Surfaces for Single-Cell Analysis of Intercellular Communications

Takahiro Kosaka, Satoshi Yamaguchi, Shin Izuta, Shinya Yamahira, Yoshikazu Shibasaki, Hiroaki Tateno and Akimitsu Okamoto

J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 39, 17980–17988
DOI: doi.org/10.1021/jacs.2c07321

直接指導されている山口 哲志准教授より小阪さんについてコメントを頂戴いたしました!

本研究では、細胞間相互作用を1細胞定量解析するための光反応性培養基板を開発して貰いました。細胞間相互作用に伴う形態変化を顕微鏡で観察し、その不均一性を調べるために、スライドガラス上に数千個以上の異種細胞のペアを正確に集積して並べる技術の開発を目指しました。この目標を達成するには、1細胞レベルの高解像度で異種細胞を光配置できる高精度の表面が必要です。小阪君は、学部4年生からこの難度の高い基材開発に粘り強く取り組み、材料開発から基材への修飾条件の確立、細胞捕捉機能の検証、がん免疫研究への応用、と全てを一人でやり切ってくれました。修飾条件の確立のために手作りの装置を作ったり、膨大な1細胞観察画像を分類するために機械学習を独学で勉強したり、その行動力と実行力にいつも感心させられます。本論文は、様々な条件で何度も同じ実験をコツコツと繰り返し、休日返上で実験データを着実に積み上げた小阪君の5年間の日々の努力の成果であり、他機関と共同で応用技術を特許出願するなど、これからも幅広い応用が期待されます。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

多種類の細胞を任意の位置に配置できる基板を作製し、免疫細胞とがん細胞の相互作用を1細胞レベルで観察しました。

再生医療やがん免疫療法では、細胞間の相互作用が重要となります。また、細胞の不均一性やそこから生まれる現象を明らかにするためには1細胞レベルでの相互作用の解析が必要です。しかし、これまでに報告されている技術では単一細胞サイズの微細な穴などに細胞を閉じ込める必要があり、適用できる細胞の性質や大きさに制限がありました。そこで、通常の平面培養器材の指定した位置に細胞と付着する分子を修飾して任意の細胞を捕捉し、細胞を一つずつ隣接させて相互作用を観察することを考えました。

光による制御は時空間的に高い解像度を持ち、1細胞レベルで複数種の細胞を配置するのに適しています。本研究では、光照射領域に分子を修飾するためにジベンゾシクロオクチン(DBCO)前駆体を利用しています。この分子は350 nm付近の紫外光でDBCOへと変換され、アジド基を持つ分子と生体直交的に反応するようになることが報告されていました。細胞を狙った位置のみに配置するため、基板へのタンパク質や細胞の吸着を抑制するポリエチレングリコール(PEG)を介してDBCO前駆体をガラス基板に修飾することを考え、図に示すような光反応性分子を設計しました。光反応性分子を修飾した基板に対して紫外光を照射し、細胞と結合する分子をアジド化して作用させることで、播種した細胞は光照射領域のみに精度良く捕捉されました。

この技術では光応答性の分子と細胞に結合する分子が分かれており、後者については細胞に合わせて適切なものを選択できます。今回発表した論文では、PEG脂質、抗体、レクチンをそれぞれアジド化して用いることで、汎用的、あるいは選択的に細胞を捕捉することができています。

この技術を用いて免疫細胞であるNK細胞と白血病細胞であるK562細胞を一つずつ隣接させて並べ、K562細胞が傷害される過程を観察することができました。K562細胞の形態が変化する様子が2種類に分類でき、アポトーシス様の細胞死とネクローシス様の細胞死で膜損傷のタイミングや強度が異なることを確認しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

設計した分子をガラス基板に修飾する際の条件を見つけるのに苦労しました。溶媒・温度・濃度などの検討ではうまくいく条件が見つからず、修士課程の1年を費やしてしまいました。研究がなかなか進まず苦しい期間でしたが、実験結果に見られた細かい特徴から、「分子が気液界面に集積しているのではないか」という仮説を発想したことがブレイクスルーにつながりました。仮説の検証のために簡単な装置を自作するなど、当時の自分としては持てる限りの道具と知恵を使って検証した印象があります。その結果、仮設の妥当性を示すことができ、最適な修飾条件を見つけるためのヒントを得ることができました。上手くいかない時こそ結果を些細な部分までよく見ることや、突飛な仮説でも検証してみることの大切さを実感した経験となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

表面の分子の状態を推定すること、例えば表面上のある官能基が細胞のアクセスできる位置に存在しているのか、あるいはPEG鎖の層の中に隠れているのか、はたまた修飾に失敗して表面に存在しないのか、そのあたりの見極めが難しかったポイントです。さらにこの技術では分子が多段階に修飾される構成になっており、どの段階がうまくいっていないのかが分からないことも難しさを増す要因になっていました。結局1段階目の設計した分子を修飾する反応がうまくいく条件を確立でき、それを足掛かりに次の段階を検証することができるようになりました。詳細は先に述べたとおりですが、偶然得られた結果から1段階目の分子修飾における鍵となる現象に気付けた点では幸運に助けられたのかもしれません。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私の研究分野では既知の機能性分子を組み合わせて新規化合物を作ることが多いため、全く新しい反応を開発したりすることはあまりないかもしれません。しかし、分子設計から実装に至るすべての段階で、分子の特性やその場の状態に思いを馳せることはとても重要だと思っています。これからも目の前の現象を見逃さない注意力と状態を想像するための知識を高める努力を惜しまず、化学を使ってまだ世の中にないものを生み出してみたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

お読みいただきありがとうございました。研究を開始してから5年半かかりましたが、周りの方々の支えや幸運にも恵まれてこのような成果を発表することができたことをうれしく思います。引き続き健康に気を付けて精進していこうと思います。最後に、素晴らしい研究環境と様々な示唆を与えてくださった岡本晃充教授、直接ご指導いただいた山口哲志准教授、先達として様々な助言をいただいた山平真也博士にこの場を借りて深く感謝を申し上げます。また、このような研究紹介の場を与えてくださったChem-stationのスタッフの方々にも厚く御礼申し上げ、結びとさせていただきます。

研究者の略歴

名前: 小阪 高広 (こさか たかひろ)

所属: 東京大学工学系研究科 化学生命工学専攻 岡本研究室

研究テーマ: 光反応性分子を用いた細胞捕捉技術の開発と応用

略歴:

2014年 3月 島根県立出雲高等学校 卒業

2018年 3月 東京大学工学部 化学生命工学科 卒業

2020年 3月 東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 修士課程 修了

2020年 4月―現在 東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程

2020年 4月―現在 日本学術振興会特別研究員 DC1

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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