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日本人化学者インタビュー

第20回「転んだ方がベストと思える人生を」ー藤田 誠教授

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この研究者へのインタビューも第20回を迎えました。第一人者からライジングスターまで幅広い年代の化学者をインタビューしてきましたが、栄えある20回目。今回は東京大学大学院工学研究科応用化学専攻教授である藤田誠先生にインタビューさせていただきました。第11回目の金井求先生からの紹介となります。藤田先生といえばケムステでも先生の研究は何度か取り上げさせていただいていますが(こちらこちらなど)、自己組織化の概念の発見者として世界のトップを独走しています。さらにごく最近その概念から編み出した、結晶スポンジ法という構造決定の方法を覆す可能性のある研究結果を発表されました(ケムステでの解説記事はこちら)。そんな世界のトップサイエンティストである藤田先生はどうして化学者になったのでしょうか?化学研究のお話とは異なる藤田先生の一面から御覧ください。

Q. あなたが化学者になった理由は?

理科好きの少年が、デパート(今なら東急ハンズ)などで、高価な理科実験セットに目を輝かすというのはよくある光景。小学生のころ、父親が「友人が試薬や器具を扱うお店をひらいているので」と、そのお店に私を連れていってくれました。常識的にはまず手に入らない化学薬品や実験器具を小学生のおこずかい程度でわけてもらえたので、以来、何度も一人でかよい、自宅で化学の実験をして遊ぶようになりました。当時はおたくという言葉はありませんでしたが、今ならそれにあたるかも知れません。たぶんこのあたりの経験で運命が決まったと思います。
ところで、その時小学生が覚えたみちのりは、自宅から西武線と丸の内線を乗り継いで「本郷三丁目」という駅で降り、そこからかどを曲がって路地を右に左に…というものでした。当時は近くに東大があるとはつゆ知らず。今にして思えば、父親の友人は東大を出入りする試薬業者だったのですね。
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Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

学生に良く話しをしますが、進路や職業は誰しもが自分で選択する(した)ものと錯覚します。しかし、実際にはそうではなく、例えそう思えても、実はそこに至るまでいろいろな人の影響を受けたり、環境によって振り分けられたりと、外的要因に大きく左右されます。人生は自分で選べる幅は広いようで意外と狭く、それ以外の要因でもっとダイナミックに揺さぶられています。

そんな中で重要なことは、たえず「転んだ方がベスト」と思えること。この信条さえあれば、自分がどの道に転ぼうと、最後は「自分の選んだ道は正しかった」と思えるようになります。私も今の職業(化学者)や職務内容(研究テーマ)に必然的にたどり着いたとはみじんも思っておらず、むしろ針の穴を通すような確率で今の職に流れ着いたと思っています。化学者以外に何になりたいというよりは、もう一度人生の振り出しに戻ったら、自分はどこへ流れて、どこにたどり着くのだろう? そしてそこでどんな仕事をしてどんな生活をしているのだろう? ということにたいへん興味があります。見てみたいです。
しかし、また卒論にはじまって博士論文の苦しみを…などと考えると、次は研究者以外がいいかな…?

Q.概して化学者はどのように世界に貢献する事ができますか?

 

福島での原発事故以来、私でさえ頭の片隅でエネルギーのことを考えるようになりました。おそらくエネルギー問題は化学の力なしには解決できないのではないかと思います。しかし、今から中途半端にエネルギーを研究テーマに取り入れても、誰かの物まねになるか、限りなく不可能に近いことしか試せません。どうしたら良いのでしょう。
今、エネルギー関係の研究には膨大な国の予算が投入されていますが、その行き先のほとんどは既存の技術の改良、あるいは単なるポーズの研究にすぎず、あまり効率が良いとは思えません。エネルギー問題を解決する正解が現れるしくみはおそらく以下の2通りのケースではないでしょうか。

①エネルギー周辺の化学に精通する極めて優れた研究者をほんの一握り選び、その人たちに無尽蔵の研究費と引き換えに真剣に取り組んでもらい、すべてを託す。
②世界中の全化学者(大学院生も含む)が頭のほんの片隅で絶えずエネルギー問題を意識し、何か突拍子もないことを思い立った時に、とりあえずは試してみる。

ー さて、どちらが有効でしょう? ①は研究者一人当たりの期待値は大きいものの少ない数の母集団では積算値を稼げません。一方、②は一人当たりの期待値が限りなくゼロに近いが、その積分値(世界中の研究者の数を掛け合わせた値)は結構あなどれないものがあります。私は両方の仕組みをうまく組み合わせることが重要ではないかと思っています。

さて、①の実行は簡単です。現在も行われている大型プロジェクト選定のしくみで極めて優れた研究者を選りすぐれば良いと思います。これに対して、②のしくみを作り出すのは容易ではありません。ちょっとした思いつきでもその実行に科研費の申請などが必要となるとバリアが高く、頭の片隅の意識はすぐに消えてしまいます。そもそも何の実績もなく唐突にエネルギー研究の提案をしても科研費には採択されません。そこで私の提案ですが、エネルギー研究に国が大きな懸賞金を掛けてみたらどうでしょう。本当に人類のエネルギー問題を解決する発明や発見をしたら、数十億円の賞金を個人(またはグループ)に与える。そこまで行かなくても、エネルギー変換効率○○%を達成したらいくらという具合に決めておく。また、このような研究には、いかなる研究課題の研究費も流用して構わない(研究費の不正使用うんぬんのケチ臭いことは言わない!)ことも決めておく。これは何かひらめいた時に、ちょっと試してみようという大きなモチベーションになるはずです。そもそも新しい原理の発見や着想はお金がかかるものではありません。大学院生でも、あるいは一度は夢を捨てた研究者であっても、一攫千金や起死回生の一発を狙おうとする人は結構現れるのではないでしょうか。

国が大きな懸賞金を掛けてくれたら、ちょっと試してみたいアイデアは私もいろいろあるのですが…。
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Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

夕食というあらたまった場ではなく、歴史上の科学者と軽くすれちがって、ちょっといたずらをしてみたいですね。例えば10代のアインシュタインに「光の速度って一定じゃないかと考えているんだけど、どう思う?」とつぶやいてみる。彼は後にこの言葉をヒントに特殊相対論を完成させるが、「あの人物は誰だったのだろう?」と一生悩むわけですよ。それから、幼少のピタゴラスに「ピタゴラスの定理」を教えてしまう、などというのも楽しいかも。

話は変わりますが、第5回ソルベー会議の集合写真をご存知ですか? ローレンツ議長のもと、マリーキュリー、アインシュタイン、プランク、ハイゼルベルグ、シュレディンガー、等々、近代物理学を築きあげた蒼々たるメンバーが一堂に会した驚くべき集合写真があります。(Wikipediaの「ソルベー会議」で調べてみてください。)この会議の晩餐会に出てみたいですね。

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Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

これは面白い体験談をひとつ。40才近くになって半年間ほとルイパスツール大に客員で滞在した時、ある配位子の合成を思い立って実験をさせていただいた。頭の中で2-3日で済むだろうと思えた簡単な原料の合成が、実際にやってみるとなぜか1週間程度かかった。腕が落ちていた訳ではないのだが、どうも我々は都合の悪い作業にかかる時間(たとえば、NMR測定の順番待ちの時間、100 mLの溶媒の濃縮時間、さらにそこでエバポが突沸した場合に試料の回収に要した時間+しばし落ち込んだ時間、等々)は記憶の中からきれいに消え去り、流れるような作業ですいすいと実験が進んでいたかのごとく、どんどん記憶が美化されるのですね。

学生に「なんでこの合成に1週間もかかるんだ!」とイラついておられる先生、一度ご自身で試されると結構かかることがわかりますよ。

ちなみに、ルイパスツール大でつくった配位子、ちゃんと論文になりました(J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 11014 DOI: 10.1021/ja992391r).

2014-09-14_10-38-52

 

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

半無尽蔵の時間をいただけるという設定ですね。これはぜひ実現したい。さて、その場合、本は何冊あっても読み尽きる。むしろ読むのではなく書いてみたい。私も時間さえあれば小説のひとつぐらい書けますよ。やがて私が息絶えた姿で発見されたとき、その傍らのノートには素晴らしい作品がつづられていた、などというのが夢です。それから、音楽もいくらCDを持参したところですぐに聴き飽きる。楽器をひとつ与えてくれれば毎日それに熱中してみたいです。20−30年後に運良く無事発見された際には「奇跡の無人島ミュージシャン」として、誰の影響も受けていない新しい音楽を披露しますよ。

 

Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

 

次回はぜひ中村栄一先生に格調の高いインタビューを。深い哲学を語っていただけると思います。有機化学以外に分野をシフトしてよろしければ、山下正廣先生はいかがでしょう。いつもおおいなるロマンを語ってくれます。格調は保証できませんが。

 

関連リンク

 

藤田誠教授の略歴

makotofujita2東京大学大学院工学研究科応用化学専攻教授。分子の機能的な集合体を自発的に構築する研究で世界をリードするトップサイエンティスト。1980年千葉大学工学部合成化学科卒業、1982年同大学院修士課程修了後、相模中央化学研究所研究員となる。1987年に東京工業大学工学博士取得後、1988年千葉大学工学部助手に着任、1991年同講師、1994年 同助教授を経て、1997年分子科学研究所助教授。1999年に名古屋大学大学院工学研究科教授を経た後、2002年より現職。2000年日本化学会 学術賞、2001年日本IBM科学賞、2003年名古屋シルバーメダル、2009年文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)、2010年江崎玲於奈賞、2013年日本化学会賞、A.C. Cope Scholar Awardなど受賞多数

 

*本インタビューは2013年4月11日に行いました。

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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