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化学者のつぶやき

ハットする間にエピメリ化!Pleurotinの形式合成

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天然物Pleurotinの形式合成が報告された。可視光による光エノール化/Diels–Alder反応、続くエピメリ化により複雑炭素骨格を一挙に構築することで、大幅な短工程化(2613工程)に成功した。

Pleurotinの合成

Pleurotin(1)は担子菌であるpleurotus griseusから単離された天然物であり、グラム陽性菌に対する抗菌活性に加えて、エールリッヒ腹水癌、L-1210リンパ性白血病に対し抗腫瘍活性を示す[1]。さらに、1はチオレドキシン-チオレダクターゼ系(酸化還元タンパク質)の不可逆的阻害剤である。チオレドキシンは抗酸化成分であり、癌細胞内の低酸素誘導因子であるHIF-1aの濃度を低下させる。これにより、低酸素状態における癌細胞の転写を阻害するため、1は抗がん剤のリード化合物として期待できる[2]

1は高度に縮環された化合物で、四置換trans-ヒドリンダン骨格と8つの不斉炭素を有するため、その合成は困難であり、合成例はHartらの一例(1988年)のみである[3]。彼らはジアステレオ選択的なラジカル環化反応を鍵反応として、26工程で1の全合成を達成した(図1A)。

今回、本論文著者であるSorensenらは、より短工程での1の合成を目指した(図1B)。まず、市販化合物から6工程で調製した2のベンゾシクロブテンをキノジメタンへ変換し、続く分子内Diels–Alder反応によって4へ誘導することを試みた。これが実現すれば、一挙に1の主骨格の構築する強力な一手となるが、所望の4は得られずに合成経路の変更を余儀なくされた。そこで、著者らは分子間Diels–Alder反応により炭素骨格を形成し、オキセパンは合成終盤に形成する経路を設計した(図1C)。つまり、エノン5とアリールアルデヒド6の光エノール化/Diels–Alder反応により四環式化合物7を合成できる。その際、ヒトリンダン環結合部の水素原子は1の非天然配置となることが問題であるが、エピメリ化できれば、所望の立体配置を有する炭素骨格8へ誘導できると考えた。

図1. (A) HartらによるPleurotin(1)の全合成 (B) Sorensen らの初期検討 (C) Sorensen らの合成戦略

 

A Concise Synthesis of Pleurotin Enabled by a Nontraditional CH Epimerization

Hoskin, J. F.; Sorensen, E. J. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 14042–14046.

DOI: 10.1021/jacs.2c06504

論文著者の紹介

研究者:Eric J. Sorensen

研究者の経歴:

1985–1989 B.Sc., Syracuse University, USA (Prof. Roger Carl Hahn)

1990–1995 Ph.D., University of California, San Diego, UCSD, USA (Prof. K. C. Nicolaou)

1995–1997 Postdoc, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, USA (Prof. S. J. Danishefsky)

1997–2002 Assistant Professor and Associate Professor, The Scripps Research Institute, USA

2003–                             Professor, Princeton University, USA

研究内容:複雑天然物の合成研究、脱水素触媒反応の開発

論文の概要

図2に1の合成経路を示す。まず、Sorensenらは市販のインダノン9を5工程でエノン10へ変換した。次に、Gaoらの報告に倣い、光照射下(365 nm)、10にアリールアルデヒド、Ti(OiPr)4を加えることで、11を得ることに成功した[4]。光照射によってアリールアルデヒドがo-キノジメタンへと異性化し、10とのチタン触媒の架橋効果による立体特異的Diels–Alder反応によりendo11を与えた。続いて光触媒存在下、11に光照射(450 nm)することで、1,5-HAT(エピメリ化)が進行し、所望のトランスヒドリンダン8を与えた(残念ながらジアステレオ選択性は1.1:1)。ここで、著者らは8からg-ラクトン環の形成ができれば、12となり1の全合成は間近となる。しかし、ファン・ロイゼン試薬、硫黄イリド、シアノ化剤などを用いて増炭反応を試したが、いずれも所望の12への誘導は叶わなかった。12への誘導が困難であったために、Hartらの合成中間体13を合成し、1の形式全合成とした。以上、光エノール化/Diels–Alder反応に続く、1,5-HATによるエピメリ化を鍵反応として、8工程でHartらが報告した中間体15を合成し、1の形式合成を達成した(計13工程)。

図2 Pleurotinの合成経路

 

参考文献

  1. (a)Robbins, W. J.; Kavanagh, F.; Hervey, A. Antibiotic Substances from Basidiomycetes: I. Pleurotus Griseus. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 1947, 33, 171–176. DOI: 10.1073/pnas.33.6.171 (b) Hart, D. J.; Huang, H. C.; Krishnamurthy, R.; Schwartz, T. Free-Radical Cyclizations: Application to the Total Synthesis of dl-Pleurotin and dl-Dihydropleurotin Acid. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 7507–7519. DOI: 10.1021/ja00201a035
  2. (a) Arnér, E. S. J.; Holmgren, A. Physiological Functions of Thioredoxin and Thioredoxin Reductase: Thioredoxin and Thioredoxin Reductase. J. Biochem. 2000, 267, 6102–6109. DOI: 10.1046/j.1432-1327.2000.01701 (b) Wipf, P.; Lynch, S. M.; Birmingham, A.; Tamayo, G.; Jiménez, A.; Campos, N.; Powis, G. Natural product based inhibitors of the thioredoxin thioredoxin reductase system. Org. Biomol. Chem. 2004, 2, 1651−1658. DOI:10.1039/B402431A (c) Hong, S.-S.; Lee, H.; Kim, K. W. HIF-1α: a Valid Therapeutic Target for Tumor Therapy. Cancer Res. Treat. 2004, 36, 343–353. DOI: 10.4143/crt.2004.36.6.343
  3. (a)Hart, D. J.; Huang, H. C. Preparation of the cde-Ring System of Pleurotin and Geogenine via a Stereoselective Free Radical Cyclization. Tetrahedron Lett. 1985, 26, 3749−3752. DOI: org/10.1016/S0040-4039(00)89241-2 (b) Hart, D. J.; Huang, H. C. Total Synthesis of (±)-Pleurotin and (±)-Dihydropleurotin Acid. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 1634−1635. DOI: 10.1021/ja00213a053
  4. Hou, M.; Xu, M.; Yang, B.; He, H.; Gao, S. Exo-Selective and Enantioselective Photoenolization/Diels–Alder Reaction. Lett. 2021, 23, 7487−7491. DOI: 10.1021/acs.orglett.1c02719

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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