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スポットライトリサーチ

超原子価ヨウ素反応剤を用いたジアミド類の4-イミダゾリジノン誘導化

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第468回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学  合成薬品製造学研究室(伊藤研究室)に所属されていた清水彩加(しみず あやか)さんにお願いしました。

伊藤研究室では、光や分子状酸素、典型元素を利用する新規反応の開発、天然物および生物活性化合物の合成、創薬プロセスの自動化など、グリーンケミストリーを推進させるための研究を行っています。本プレスリリースの成果は、典型元素であるヨウ素の新しい反応性の開拓についてです。ヨウ素が酸化された状態である超原子価ヨウ素は、オクテットを超える価電子を持つため高い反応性を有しており、様々な新規反応の開発に用いられています。本研究グループでは、求電子的なエニチル化剤として、環状超原子価ヨウ素化合物であるエチニルベンズヨードキソロン(EBX反応剤)を開発しています。今回、ペプチド誘導体を含むジアミド類をEBX反応剤と反応させることで、超原子価ヨウ素化合物では前例の無いダブルマイケル付加型の反応が進行することを見出し、立体選択的に4-イミダゾリジノンを構築することに成功しています。

この研究成果は、「Organic Letters」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Synthesis of 4-Imidazolidinones from Diamides and Ethynyl Benziodoxolones via Double Michael-type Addition: Ethynyl Benziodoxolones as Electrophilic Ynol Synthons

Ayaka Shimizu, Atsushi Shibata, Takashi Kano, Yuuichi Kumai, Ryouhei Kawakami, Hiroyoshi Esaki*, Kazuaki Fukushima, Norihiro Tada*, Akichika Itoh*

Org. Lett. 2022, 24, 48, 8859–8863

DOI: 10.1021/acs.orglett.2c03648

研究を指導された伊藤彰近 教授多田教浩 講師から、清水さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

伊藤彰近 先生

清水さんは、学部時代には有機化学を苦手としていたようですが、なぜか第一希望で当研究室に配属されました。研究室ではムードメーカーとして、コンパや研究室旅行で大いに活躍してくれました。勿論、研究面でも、毎日遅い時間まで実験やセミナーの勉強を頑張っていました。他の研究室所有の機器を借りることが多いテーマでしたが、持ち前の高いコミュニケーション力を武器に見事に成果を出してくれました。彼女の人柄でしょうか、所属クラブである弓道部の後輩が現在5人も配属されており、当研究室の一大勢力となっています。心配していた薬剤師国家試験も無事突破し、現在はドラッグストアの本部で働いていますが、これからも研究室で培った科学的視点と人間力を糧に、研究マインドを持った薬剤師として大いに活躍してくれると期待しています。

多田教浩 先生

本研究は、2017年頃から開始していましたが、生成物の精製や構造決定が難しく難航していました。清水さんが3回生の後期に研究室に配属されてから研究を引き継いでもらい、地道な検討を重ねることで生成物の精製条件を確立してくれました。さらに、生成物のエナンチオマー過剰率の決定では、日々HPLCに向き合い検討を重ねてくれました。また、他の研究室の教授室にある旋光計をお借りしていたのですが、なんら躊躇いなく何度も何度も教授室に足を運んでいる姿をみて、コミュニケーション能力の高さや積極性に感銘を受けました。本研究は投稿から掲載まで1年以上を要してしまい、途中で清水さんは卒業してしまいましたが、清水さんを慕う後輩の活躍により掲載に至りました。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

超原子価ヨウ素化合物であるエニチルベンズヨードキソロンをジペプチド誘導体などと反応させることにより、非常に温和な条件で4-イミダゾリジノンを立体選択的に得ることに成功しました。

4-イミダゾリジノンは多くの生物活性天然物に含まれる重要な構造です。また、ペプチドに4-イミダゾリジノン構造を導入することにより、生体内での安定性や膜透過性が向上することも報告されています。このように、4-イミダゾリジノンが非常に有用な構造であることから、これまでに様々な合成法が開発されてきましたが、多くの方法では強酸や高温といった過酷な反応条件や、煩雑な実験操作を必要としています。

本研究では、高い反応性を有するエチニル超原子価ヨウ素反応剤を用いることにより、様々なペプチド誘導体を含むジアミド類を非常に温和な条件で4-イミダゾリジノンに誘導化することができました。合成した4-イミダゾリジノンは、加水分解や薗頭反応、脱保護反応などにより、様々なペプチドアナログに誘導可能です。また、対照実験や理論計算により、本反応が分子間および分子内のダブルマイケル付加型の反応で進行していることを明らかにすることができました。今回の反応では、エチニル超原子価ヨウ素反応剤を“求電子的”なイノールシントンとみなすことができます。今後、さらに複雑な分子を温和な条件で誘導化する方法論の開発が期待できます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

個人的にこの研究において達成できてよかったと感じたところは、アミノ酸単体での4-イミダゾリジノン誘導体以外にも、ジペプチドやトリペプチドといったより複雑なペプチド誘導体へ適用できたという点です。私自身薬学生として、化学以外にも病態・疾患など健康に関する知識を6年間学んできました。その中で、身体の中におけるありふれた存在であるペプチドに、生物活性のある4-イミダゾリジノン構造を導入できたこと、かつそれを非常に温和な条件で作り上げることができたのは、今後薬剤を開発していく上でとても重要なポイントになるのではないかと思います。今後トリペプチドに限らず、ポリペプチドに組み込むことや、プロドラッグ関連で本研究を発展させていければ、昨今の薬剤開発に少しでも協力できるのではないかと考えます。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

このテーマでは、合成した4-イミダゾリジノン誘導体が全て新規化合物であったため、光学活性が保たれているか等をはっきりさせる必要がありました。そこでHPLCを用いて光学活性について詳しく調べました。ペプチドを基質に用いた4-イミダゾリジノン誘導体は過去文献にも例が少なく、当研究室においても似た構造を取り扱うテーマがなかったため、様々な方に知見や助言を頂きつつ試行錯誤を繰り返しました。しかし、研究室にある全てのキラルカラムや、他の研究室のキラルカラムを借りて検討したもののラセミ体を分離する条件を見出すことができませんでした。そこで株式会社ダイセルに相談した所、様々なキラルカラム(CHIRALPAK IG, IJ, IK, and IK-3)を用いて完全にピークを分離してくださり、本反応が立体選択的に進行していることが分かりました。結果として自分自身では解決できませんでしたが、様々な人の協力を得ることで課題を乗り越えることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は現在、薬剤師としてドラッグストアで勤務しております。化学という分野に直接関わることは少なくなりましたが、やはり他の同期と比べ、薬剤の構造という観点から患者様に分かりやすく説明するという能力は秀でているように感じます。化学を学んだ土台を活かし、今後は完成された薬剤を患者様に正しく提供し、患者様に親身に寄り添った薬剤師になれるよう精進して参りたいと思います。また、化学への探求心を絶やすことなく、薬学業界の発展につながるような最新論文には逐一注目しながら、今後活躍していくであろう薬学生に対し出張講義等をしていけたらと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は元々化学が一番苦手な分野でした。研究室に所属したての頃は、右も左も分からずたくさんの方々に多くの迷惑をかける日々を送っていました。しかし、それではダメだと心を入れなおし、日々の実験に加え化学の知識を一から入れなおしました。最終的には、周りの方々の多大な協力のもと論文を発表することもできました。感じたのは、やはり「基礎がしっかりしている人ほど成果を上げられる」ということです。実験等行き詰った時など、一度立ち止まって自身の基礎知識を確認する時間を設けることが、今後成長していけるかどうかのポイントになるのではないかと私は感じます。

最後になりましたが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導賜りました伊藤彰近教授、多田教浩講師、山口英士講師をはじめとし、常日頃より私を支えていただきました合成薬品製造学研究室の皆様、理論計算を行なって頂きました兵庫医科大学の江嵜啓祥講師福島和明教授、HPLC分析を行なって頂きました株式会社ダイセルに厚く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:清水彩加

所属(大学・学部・研究室):岐阜薬科大学 薬学部薬学科 合成薬品製造学研究室

研究テーマ:求電子性イノール等価体であるエチニルベンズヨードキソロンを用いる4-イミダゾリジノンの合成

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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