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アメリカ企業研究員の生活①:1日の仕事の流れ

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私はアメリカの大学院(化学科・ケミカルバイオロジー専攻)を卒業し、2年半前からボストンにある中規模のバイオテックで働いています。在学時は大学院生活の様子をいろいろ記事に書いてきましたが、これから数回に分けて企業での仕事の様子について綴ろうと思います。

今回は、1日の仕事の流れについて紹介します。アメリカの企業研究員、と言っても会社や部署によって全然様子が違うと思いますが、アメリカでの化学のPhD取得後のキャリアの一例として読んで頂けると幸いです。

1. 勤務時間

勤務時間は、基本的に平日の午前9時から午後5時までです。特に厳しい縛りはなく、ミーティングなど決まった予定がない限り、個人の裁量で10時半に出勤したり、4時半に帰ったりなど自由にしています。勤務時間外にミーティングを入れるのはタブーな雰囲気で、休日は相手を尊重してメールを送ることも控えている人が多いです。

バイオ系だと、数日にわたる実験や細胞の世話(継代)など、勤務時間内に済ませることが難しい場合もありますが、4日間かかる実験は月曜日に始める、継代は月・木曜日に行うなど、できるだけ土日を避けるように実験を行なっています。

2. 1日のスケジュール

図1. 一週間のスケジュールの例。黄色は在宅・赤は会社にて。太字は定期ミーティング。

私の仕事のスケジュールは、おおまかに図1のような流れです。私は、朝少し家でデスクワークをしてから会社に行くことが多いです。メールのチェックや前日のデータのまとめ、その日の実験の手順の書き出し、その日やることのリストアップ(図2)などを、その時間に行なっています。基本的には大学での研究でやることと同じですが、企業では他の研究員と共同でプロジェクトを進めることが多いため、データをすぐに共有できるようにまとめておかなければなりません。優先度の高いプロジェクトは複数の研究員が共同で取り組んでおり、自分の実験結果をもとに別の研究員が翌日の実験を行う、ということもあるので、実験が終わればすぐにパワポに条件・結果をまとめるようにしています。

図2. Post-itに書いた一日のやることリスト。

3. ミーティング

企業の仕事では、大学院と比べてかなり多くのミーティングがあります。毎週の上司との個別ミーティング、グループミーティング、他のグループとの合同ミーティング、プロジェクトの主要メンバーによるミーティング、といった定期的なものに加え、委託企業から進捗報告を受けたり、同僚と実験データについて議論したりなど、不定期なものもあります。勤務時間の30%くらいはミーティングに割いていると言えます。

主要メンバーによるプロジェクトミーティングでは、優先順位の高いプロジェクトについて、先週からの進捗報告や次に行うべきタスクの整理・分担を行います(図3)。締め切りの近いプロジェクトなどは複数人で実験を進めるので、例えばタンパク質サンプルを準備する人(タンパク質の発現・精製・純度の評価)、そのタンパク質の結合能評価を行う人、活性評価を行う人、というように役割分担がなされ、「今週このタンパク質が準備できるから評価を行ってほしい」「結合能評価でこのタンパク質が良い結合能を示したので新たにこういうタンパク質を作ってほしい」というように情報や意見を交換し、皆で素早くプロジェクトを進めていきます。

ミーティングは、学生時代の研究室でのミーティングのように、スライドを使ってじっくりデータを議論する形式だけでなく、口頭で各議題について簡単に進捗を述べる形式のミーティングも多いので、重要な情報をしっかり聞き取るのが大事です。

図3. 毎週のプロジェクトミーティングの議題例。

4. プロジェクトの進め方

私が働いているのは新薬開発を行う部署の一つで、10人ほどのメンバーのそれぞれが2~3個のメインプロジェクトを持っています。自分がメインで担当するプロジェクトでは、数ヶ月〜数年掛かりのプロジェクトの全体を統括することになるので、幅広い実験を経験することが出来ます。進め方は、基本的に上司とディスカッションしながら自分の裁量で実験を行うという形なので、学生時代の研究の進め方と似ています。一方で、優先度の高いプロジェクトは複数人で取り組むこともあり、特に締め切り間近になると自分のプロジェクトを差し置いて他のメンバーのプロジェクトを手伝ったり、逆に手伝ってもらったりすることもよくあります。筆頭著者となる論文を書くことが目標となるアカデミックの研究とは異なり、あくまでチーム・会社全体としての成果を出すことが目標なので、他のプロジェクトを手伝うことへの垣根が低くなっています。

また、実験は自分で行うだけでなく、委託機関(CRO; Contract Research Organizationに社内で出来ない実験を行ってもらうこともよくあります。10人程度のチームでは、取り組めるプロジェクトの数や実験手法が限られてしまうので、他の企業をうまく使いながらプロジェクトを進めていきます。委託する内容は、サンプルを送って測定を行ってもらう程度の単純なものや、1年掛かりのプロジェクトをまるごと外注するものなど様々です。委託企業を利用する場合は、実験内容の打ち合わせに始まり、進捗報告、実験結果とその後の方針についての議論など、適宜メールやオンラインミーティングで相手の企業とやりとりしながらプロジェクトを進めます。

研究テーマの決め方について、大枠は、所属する部署によって決まっています。例えば私の部署は、ガンや自己免疫疾患のための抗体薬の開発を主に行なっており、標的となるタンパク質に対する抗体をスクリーニングすることがプロジェクトの基本となります。具体的な標的タンパク質は、他の部署による市場分析や文献調査などによって選定されることが多いです。会社執行部の意向も重視されるので、取り組んでいたプロジェクトの優先度が下げられ、他のプロジェクトに切り替えなければならないこともあります。一方で、新しい抗体のスクリーニング法や抗体の形状デザインなど、自分の部署の基盤技術に関しては自分たちに権限があるので、部署のメンバーが案を出し合ってプロジェクトを進めることができます。

5. おわりに

今回は、アメリカ企業研究員の生活について、1日の仕事の流れに焦点を当てて記事を書きました。企業での研究は、大学での研究と比べると共同作業が多く、チームワークが大事です。他のプロジェクトの進捗にも気を配ったり、自分の役割を常に考えながら動いたりなど、周りとコミュニケーションを取りながら仕事をする大変さはありますが、逆にチームで協力してプロジェクトを進める楽しさもあります。

ミーティングが多いので、必要なミーティングのみに参加して自分にあまり関係ないミーティングには出ない(またはオンラインで参加して適当に聞き流す)、というのも重要です。そんなことして大丈夫なの?と思う人もいるかもしれませんが、あくまで効率重視なので、大事なミーティングには出てしっかり情報を交換し、不要なミーティングには出ずに時間を有効に使うことが寧ろ推奨されています。

次回は、入社してから1〜2年目の経験について記事を書こうと思います。

次回に続く

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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