[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

合成ルートはどれだけ”良く”できるのか?分子構造からプロセス質量強度を予測する SMART-PMI

[スポンサーリンク]

概要

医薬品をはじめとする有機分子の工業生産では、単に経済的につくるだけでなく、環境への影響に配慮した合成ルートの実現が求められている。このグリーン&サステイナブルケミストリーの観点から、プロセス質量強度(Process Mass Intensity, PMI)はある合成ルートが原料やコスト、持続可能性に与える影響を評価するための重要な指標である。全体あるいは特定のステップの PMI を計算し、最適化することは、世界における製薬業界とくにプロセス化学部門で一般的になってきている。

それでは、合成標的とする化合物を合成するときに、合成ルートはどれだけ”良く”できるのだろうか?Merck (MSD) の Sherer らは、2022年に標的の分子構造のみからPMIを予測するSMART-PMI(in-Silico MSD Aspirational Research Tool)を開発した[1]。この方法では、2次元の化学構造のみを用いて、分子の複雑さ(Complexity)と分子量(MW)から PMI の予測値を得ることができる。

SMART-PMI = (0.13 x MW) + (177 x Complexity) – 252

SMART PMI を予測するために使用するそれぞれの係数などは、MSDの内部で得られた過去のPMIデータを Complexity と MW によって再現するような機械学習モデルによって算出している。また、分子の複雑さ Complexity は著者らが以前開発した方法[2]によって算出している(算出するための code は GitHubで公開されている[3])。

使い方

プロセス化学の立場からは、SMART-PMI は構造のみから予測されるため、メディシナルの経路ででてきた悪い(大きな) PMI をプロセス化学の工夫でどこまで良く(小さく)すべきか、という指標として使うことができる。例えば実際の PMI をSMART-PMI で割った値が 1 付近(0.9~1.1) であれば、これまでに開発したプロセスと同程度の最適化ができたということで「成功(Successful)」と評価できる。同様にして [実際のPMI]/[SMART-PMI] = 0.5~0.9 は「世界標準(Exceptional)」、 0.5 未満まで下げることができたら「熱望的(Aspirational)」と評価できる。メディシナルなど分子設計の立場からは、複数の候補化合物を選択可能な場合は、SMART-PMI の小さい方を選んだ方が製造プロセスにおけるリスクを回避しやすいとも考えられる。

実例

Gefapixant (MK-7264)[1]
計算した complexity = 2.4 (citrateは除く);MW = 353 (citrateは除く)
SMART-PMI = 218(citrateは除く) + 20(citrate) = 238 (citrate 含む)
PMI Successful = 216–259; PMI Exceptional = 129–215; PMI Aspirational = <129

実際の臨床試験用プロセスの PMI = 366 … SMART-PMI (238)より大きく、従来の技術や考え方をつかって改善できる余地があると評価できる。
2020年に公開された実際の工業プロセスの PMI = 88[1](原著論文[4]中では78と記載) … Aspirational のレベルまで下げることができた、優れたルートであると評価できる。

参考文献

  1. Sherer, E. C.; Bagchi, A.; Kosjek, B.; Maloney, K. M.; Peng, Z.; Robaire, S. A.; Sheridan, R. P.; Metwally, E.; Campeau, L.-C. Driving Aspirational Process Mass Intensity Using Simple Structure-Based Prediction. Org. Process Res. Dev. 2022, 26, 1405-1410. DOI: 10.1021/acs.oprd.1c00477
  2. Sheridan, R. P.; Zorn, N.; Sherer, E. C.; Campeau, L.-C.; Chang, C. Z.; Cumming, J.; Maddess, M. L.; Nantermet, P. G.; Sinz, C. J.; O’Shea, P. D. Modeling a Crowdsourced Definition of Molecular Complexity. Journal of Chemical Information and Modeling 2014, 54, 1604-1616. DOI: 10.1021/ci5001778
  3. https://github.com/Merck/compoundcomplexity 利用環境として MOE とPerl が必要。
  4. Ren, H.; Maloney, K. M.; Basu, K.; Di Maso, M. J.; Humphrey, G. R.; Peng, F.; Desmond, R.; Otte, D. A. L.; Alwedi, E.; Liu, W.; et al. Development of a Green and Sustainable Manufacturing Process for Gefapixant Citrate (MK-7264) Part 1: Introduction and Process Overview. Org. Process Res. Dev. 2020, 24, 2445-2452. DOI: 10.1021/acs.oprd.0c00248

関連記事

関連書籍

[amazonjs asin=”4621088157″ locale=”JP” title=”プロセス化学 第2版: 医薬品合成から製造まで”] [amazonjs asin=”4759814922″ locale=”JP” title=”アート オブ プロセスケミストリー: メルク社プロセス研究所での実例”]
Avatar photo

Naka Research Group

投稿者の記事一覧

研究グループで話題となった内容を紹介します

関連記事

  1. 分子の磁石 “化学コンパス” ~渡り鳥の…
  2. 学振申請書を磨き上げるポイント ~自己評価欄 編(後編)~
  3. 原子量に捧げる詩
  4. 結晶格子の柔軟性制御によって水に強い有機半導体をつくる
  5. 第4回CSJ化学フェスタに参加してきました!
  6. 中分子創薬に挑む中外製薬
  7. 第四回 ケムステVシンポ「持続可能社会をつくるバイオプラスチック…
  8. 激レア!?アジドを含む医薬品 〜世界初の抗HIV薬を中心に〜

注目情報

ピックアップ記事

  1. 研究のための取引用語
  2. 【4月開催】第七回 マツモトファインケミカル技術セミナー
  3. Ph.D.化学者が今年のセンター試験(化学)を解いてみた
  4. ロッセン転位 Lossen Rearrangement
  5. α-トコフェロールの立体選択的合成
  6. 触媒でヒドロチオ化反応の位置選択性を制御する
  7. 【読者特典】第92回日本化学会付設展示会を楽しもう!
  8. 米化学大手デュポン、EPAと和解か=新生児への汚染めぐり
  9. 新しい2-エキソメチレン型擬複合糖質を開発 ~触媒的な合成法確立と生物活性分子としての有用性の実証に成功~
  10. ノーベル化学賞 Nobel Prize in Chemistry

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

早稲田大学各務記念材料技術研究所「材研オープンセミナー」

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下材研)では、12月13日(金)に材研オープンセミナーを実施しま…

カーボンナノベルトを結晶溶媒で一直線に整列! – 超分子2層カーボンナノチューブの新しいボトムアップ合成へ –

第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大…

第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授

第67回目の研究者インタビューです! 今回は第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化す…

四置換アルケンのエナンチオ選択的ヒドロホウ素化反応

四置換アルケンの位置選択的かつ立体選択的な触媒的ヒドロホウ素化が報告された。電子豊富なロジウム錯体と…

【12月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスのエステル化、エステル交換触媒としての利用

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

小松 徹 Tohru Komatsu

小松 徹(こまつ とおる、19xx年xx月xx日-)は、日本の化学者である。東京大学大学院薬学系研究…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP