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スポットライトリサーチ

二重芳香族性を示す化合物の合成に成功!

第170回目のスポットライトリサーチは、埼玉大学大学院理工学研究科・古川 俊輔 助教にお願いしました。

古川さんの所属する斎藤研究室では、重元素を含む芳香族化合物とその金属錯体について、構造化学の世界的業績を多数挙げておられます。ケムステ上でも何度か取りあげさせ頂いております(スポットライトリサーチ:4回106回、ジリチオプルンボールの合成 )。

今回の成果は、有機化学の全ての教科書に載っている「芳香族性」という概念に新しい視点を提供する成果であり、実際に「ものを作って確かめる」ことの重要さを教えてくれる研究です。本成果はCommunications Chemistry原著論文およびプレスリリースとして公開されています(冒頭図はプレスリリースより引用)。

“Double aromaticity arising from σ- and π-rings”
Furukawa, S.; Fujita, M.; Kanatomi, Y.; Minoura, M.; Hatanaka, M.; Morokuma, K.; Ishimura, K.; Saito, M.  Communications Chemistry 20181, 60. doi:10.1038/s42004-018-0057-4

研究室を主宰されている斎藤雅一教授から、古川さんについて以下の様な人物評を頂いています。

π芳香族とは異なる軌道の対称性から成るσ芳香族性に興味をもった私は2008年4月に当時の4年生に今回のジカチオン塩を標的する研究テーマを提示しました。当時、彼も古川助教と同じ試薬の組み合わせの反応を検討し、ジカチオン塩の生成を示唆する色の変化を観測していましたが、その同定には至りませんでした。その学生が卒業し、異なる学生に研究を引き継いでもらいましたが、困難な状況が続いておりました。そのような中、2014年8月に当研究室に加わってくれた古川助教にも研究を託したところ、ジカチオン塩の単離・同定に成功してくれました。その後の論文作成に関しても大きな貢献をしてくれました。2006年から研究室を主宰するようになったものの、ずっと一人で研究室を運営してきた私にとって、古川助教の加入は大変大きなものです。毎日同じプロの研究者と会話できる喜び、身近に居る自分と出自の共通点をもちつつも得意分野を異にする研究者との語らいは刺激に満ち溢れています。ある著名な先生から、「君と緻密な古川君とのコンビはなかなかいいものだと思うよ(私は大雑把である、と言われたようなものである)」と指摘を受けたときには、赤面ながらに古川助教の特徴を言い当てていると思いました。今後も古川助教と共に新しい化学を創成していきたいと思っています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

「二重芳香族化合物」を室温で安定な化合物として合成・単離し,その性質を実験・理論の両面から明らかにした研究です。ここでの二重芳香族化合物は,σ軌道とπ軌道からなる二重芳香族性のことで, 1979年にSchleyer教授らによってその理論が提唱されていました。それから約40年,この理論を実験的に検証・解明する化合物が望まれてきました。
今回の研究では,標的分子としてヘキサキス(フェニルセレニル)ベンゼンのジカチオン種を設定しました。この分子,シンプルと言えばシンプルですが,「ヘテロだね」というマニアックさも相俟っています。それはさておき,分子設計のコンセプトとしては,中心のベンゼン環をプラットフォームとし,6個のセレン原子を環状に配置することで,内側のπ環状軌道と外側のσ環状軌道を両立できるようになっています.ここで外側のσ環状軌道は,中性分子では形式的に12電子,これを2電子酸化すると10電子(4n + 2, n = 2)となって,Hückel則的には芳香族性を示してよいはずだ,となるわけです。
実際に,この中性分子を出発原料とし酸化剤を用いて2電子酸化することで,対応するジカチオンを単離することに成功しました。分子構造の決定手法として鍵となる単結晶X線構造解析にも成功し,得られたジカチオンが芳香族化合物に特徴的な平均化された分子構造をもつことがわかりました。この「幾何学的」な特徴に加え,環状非局在電子による環電流効果や安定化エネルギーといった「磁気的」および「エネルギー的」な観点から,この化学種がσ+π二重芳香族化合物だと結論付けました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

炭素13Cの同位体でエンリッチしたベンゼンを出発原料として,目的化合物を合成しなおしたことです。上の二重芳香族化合物の絵を見てもらうと分かるように,もし外側のσ-ringが芳香族性を発現すれば,内側にあるベンゼン環の炭素核は環電流効果で遮蔽空間に位置することになって,NMRで高磁場シフトするはずです。これをなんとか実験的に観測したい。ところがここで問題となったのは,13C NMRで置換基としてぶら下がっているフェニルセレニル基のベンゼン環と中心ベンゼン環の区別が難しいということでした。そんなわけで,「中心のベンゼン環の炭素だけ13Cにする」という単純な考えに帰着しました。
実際にベンゼン-13Cを1グラム購入したのですが,これが結構高価なのと次の納期が数ヶ月後ということで,合成(通算で3段階)に失敗が許されない背水の陣的状況に追い込まれました。「これは下手こいたら終わる…」ということで,第1ステップのベンゼンのヘキサブロモ化を普通のベンゼンを使って(地味に)5回練習し,毎回同じ収量・収率で合成できるまで確認しました。いざベンゼン-13Cを使っての検討ではかなり殺気立って実験していたので,周りのメンバーは若干ひいていたかもしれません。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究の話とは全然関係ないのですが,この論文を書いていて終盤に差し掛かった時期に突如入院することになり,2ヶ月ほど前線を退きました。宣告された病名は「痔ろう」です.痔ろうは“The king of ぢ”と呼ばれるほどで,その症状はかなり厄介。根治するためには手術が必須です。私の場合,「複雑型」というさらに厄介な発症の仕方をしていたため,治療には患部をまるごと切除する「くりぬき法」を強いられました。それだけならまだ良かったのですが,不運にもオペの際に麻酔の効きがすこぶる悪く,施術中には病院中に響き渡る悲鳴とともに,三途の川を垣間見ることになりました。この試練を乗り越える過程で,精神と肉体を乖離するスキルを身につけられたような気がしています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私にとって化学は1つの柱であることは間違いないのですが,もう1つ2つ別の柱を立てたうえで化学と向き合っていきたいと考えています。最近までは,「化学者たるもの化学一筋」という思いでかなりの時間を化学(だけ)に費やしてきました。ここでの「化学」は,知識や研究内容だけの話ではなくて,自分が身を置いてきた環境,組織,考え方そのものの意味です。そんな生活の中で,情けないことに「どこか自分という人間が膠着してきたな…」と感じるようになりました。そんなモヤモヤをなんとかしたいと足掻いていたところ,「unlearning」という言葉と出会いました。Unlearningは,「いったん学習したことを意図的に忘れ,学び直すこと」という意味で使われ,個人・組織が不確実な環境の中で継続的にイノベーションを実現していくために不可欠な要素とされています。つまり,自分にとってのいろんな意味での“化学”を知らない人の体で化学を見てみるということです。とはいえ,いきなりは取っ掛かりがなさすぎで何をすれば良いか分からなかったので,とにかく化学者じゃない人にたくさん会って,積極的にインプットを変えてみました。まだまだ自分が身を置いている化学を完全に客観視できているとは決して言えませんが,価値観や行動規範がアップデートされて,確実に新たな一歩を踏み出せたなと思っています。今後は,既存の枠組みにとらわれず,多角的な視点から新しい枠組みの科学を展開していけたらと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

これは完全に私の私見なのですが,もっといろんなタイプの化学者がいていいと思っています。超マニアな化学をひたすら追求する人,IF高い雑誌にばんばん論文出す人,社会ニーズに直結する化学をする人,化学と他の学問を融合させる人,化学でアートをする人,化学者なんだけどビジネスできる人,化学者なんだけどやたらと社会学者/政治家みたいな人,化学者YouTuber,そしてそんなダイバースな化学者たちを橋かけできる化学者,などなど。特に日本は正攻法タイプが好まれる傾向が強く,人口比が偏っている気がします。次世代のキーワードは「多様性」です。この記事を最後まで読んでくださっている方の中には,「化学も好きなんだけど〇〇も興味あるんだよな」という学生さんもいらっしゃると思います。今取り組んでいる研究を通じて化学という一本の柱を立てたら,自分の興味のある何かと融合させてみるのも楽しいかもしれませんね。

研究者の略歴

古川 俊輔(ふるかわ しゅんすけ)
埼玉大学大学院理工学研究科 物質科学部門

略歴:
2005年3月 法政大学工学部物質化学科卒業
2007年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程修了(川島隆幸 教授)
2008年9月〜2008年10月 University of Calgary, Visiting student (Warren Piers教授)
2010年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程修了(川島隆幸 教授)
2010年4月〜2012年5月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任研究員(中村栄一教授)
2012年5月〜2014年7月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教
2014年8月〜 埼玉大学大学院理工学研究科物質科学部門 助教
2017年6月〜 立教大学理学研究科 客員准教授(兼任)
2018年10月〜 MI-6株式会社 技術顧問(兼任)

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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