[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ベンゼン一つで緑色発光分子をつくる

 

構造式C6H6で表されるベンゼンは最も単純な芳香族炭化水素であり、有機化学を語る上では欠かせない分子です。これまで様々な有機電子材料や蛍光プローブが合成・開発されてきましたが、そのほぼ全てがベンゼンを基本骨格として構築されてきたと言っても過言ではありません。一般的に有機分子で優れた蛍光機能を発現させるには、蛍光機能性に乏しいベンゼンを何個も繋ぎ合わせる、いわゆる多環芳香族化合物(拡張π共役系分子)を合成することが主流です。これに対して、今回山形大学の片桐准教授らは、純粋な化学修飾を施すことで、1つのベンゼンを緑色強蛍光性分子に改良することに成功したので紹介したいと思います。

“Single Benzene Green Fluorophore: Solid-State Emissive, Water-Soluble, and Solvent- and pH-Independent Fluorescence with Large Stokes Shifts”

Beppu, T.; Tomiguchi, K.; Masuhara, A.; Pu, Y. J.; Katagiri, H. Angew. Chem. Int. Ed.2015, Early View. DOI:10.1002/anie.201502365

 

緑色蛍光性ベンゼン

今回の報告以前にベンゼン誘導体(オレフィンを含む)でフルカラーを実現する化合物は報告されていました。[1]また著者らは、1つのアミノ基、2つのスルホニル基を有するベンゼン誘導体の青色蛍光分子2,6-BArSAsを報告しています(図1左) [2]。2,6-BArSAsは、①分子内水素結合の形成による分子の固定化と②アミノ基とスルホニル基によるpush-pull systemの構築による発光を示す分子です。著者らはこの知見を活かし、アミノ基とスルホニル基の位置および組み合わせを変えることで長波長領域の蛍光を示す低分子量化合物BMeS-p-Aを開発しました。BMeS-p-Aは、市販の試薬から4工程で合成可能である(図1右)。各反応後の精製操作も濾過と再結晶のみであり、グラムスケールでの合成に成功しています。

 

図1

図1

 

BMeS-p-Aの光物性評価

溶媒依存性

 BMeS-p-Aは、THFやメタノール、DMSOなどの有機溶媒、さらには水に対しても可溶です。いずれの溶媒においても500 nm前後の最大蛍光波長を示しており、溶媒に依存することなく、緑色蛍光を示すことが明らかとなりました (図 2a)。また、いずれの溶媒中においても大きなストークスシフトが観測されました。特に水溶媒中でのストークスシフトは140 nmであり、同じ緑色蛍光を示す多環芳香族化合物フルオレセインと比較すると6倍以上の値を示しました。例えば、生体イメージングにおいて、プローブ分子が水に可溶であることかつ大きなストークスシフトをもつことが必要条件とされますが、本論文で報告したBMeS-p-Aはこの二つの条件の両方を満たしていることが示されました。

pH依存性

 BMeS-p-AのpH依存性を評価したところ、広範囲(pH 2.8 ~ 9.6)で、吸光係数、蛍光量子収率がほぼ一定の値でした(図 2b)。生体内では様々な環境が存在し、局所的なpH変化が生じます。そのため、蛍光を用いて生命現象を追跡・観測する際に、プローブ分子の蛍光強度が広範囲なpH変化に対して安定であることが要求されます。つまりBMeS-p-Aの蛍光強度は、溶媒のみならずpHに対しても安定であり、実用的な分子であるといえます。

2015-06-02_13-15-01

図2

DFT計算による考察

次にBMeS-p-Aの光物性を解明する為に、DFT計算を行いました。最適化構造を算出した結果、水溶液中では、BMeS-p-Aの2つのスルホニル基がアンチ配座をとっていることが示された。以下に基底状態と励起状態のそれぞれの構造(図 3)及びそれぞれの構造特性をまとめた(テーブル 1)。

2015-06-02_13-15-46

図3

2015-06-02_13-16-39

テーブル1

 

基底状態と励起状態の最安定化構造の違いは分子のアミノ基の混成軌道の変化にあることが示されました。これが原因で、励起状態における振動緩和による構造変化が大きくなり、比較的大きいストークスシフトを示したと言えます。またBMeS-p-AのHOMOはジアミノベンゼン上に局在化しているのに対し、LUMOはジスルホニルベンゼン上に局在化していることが明らかとなりました(図 4)。すなわち、分子全体がドナーアクセプター性になっていることが計算からも示唆されています。計算から見積もられた励起波長と蛍光波長はそれぞれ357 nm、500 nmであり、実測値と非常に良い相関が得られました。また、BMeS-p-Aの吸収帯及び発光帯が溶媒に依存しないことについては、基底状態と励起状態の双極子モーメントの差がほぼゼロとなるために生じていると述べています。

2015-06-02_13-17-27

図4

最後にBMeS-p-Aの実用性を検討する為に、光安定性の評価を行いました。光照射に伴う蛍光強度の時間変化を観測したところ、BMeS-p-Aは緑色蛍光分子フルオレセインやBODIPYと比較しても高い光安定性を有していることがわかりました(図 5)。

2015-06-02_13-18-07

図5

 

まとめ

今回著者らは、分子内水素結合とpush-pull systemを1つのベンゼンに取り入れることで水に可溶かつ様々な環境において高い蛍光量子収率を示す緑色発光分子(BMeS-p-A)の合成に成功しました。基本的な光物性評価に加え、計算化学によりその物性を明らかにしました。光耐久性に関しては、既存の緑色蛍光分子と知られるフルオレセインやBODIPYより高いことが分かりました。今後、こうしたpush-pull systemの分子デザインを有効に活用することで、本論文で紹介したような小蛍光プローブが開発されることに期待したいと思います。

 

参考文献

  1. Shimizu, M.; Takeda,Y.; Higashi, M.; Hiyama, TAngew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 3653. DOI: 10.1002/anie.200900963
  2. Beppu, T.; Kawata, S.; Aizawa, N.; Pu, Y.-J.; Katagiri, H. ChemPlusChem 2014, 79, 536. DOI: 10.1002/cplu.201300428

 

関連書籍

The following two tabs change content below.
bona
愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。
bona

最新記事 by bona (全て見る)

関連記事

  1. 開催間近!ケムステも出るサイエンスアゴラ2013
  2. YADOKARI-XG 2009
  3. 論文の自己剽窃は推奨されるべき?
  4. 地球外生命体を化学する
  5. 有機レドックスフロー電池 (ORFB)の新展開:オリゴマー活物質…
  6. ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト始動!
  7. JSRとはどんな会社?-2
  8. Baird芳香族性、初のエネルギー論

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 日本化学会第85回春季年会
  2. 光レドックス触媒と有機分子触媒の協同作用
  3. 05年:石油化学は好調、化工全体では利益縮小
  4. 固体高分子電解質の基礎、材料技術と実用化【終了】
  5. 硫黄配位子に安定化されたカルボンの合成
  6. Merck 新しい不眠症治療薬承認申請へ
  7. スチュアート・ライス Stuart A. Rice
  8. 2009年人気記事ランキング
  9. 【速報】新元素4つの名称が発表:日本発113番元素は「ニホニウム」!
  10. 私が思う化学史上最大の成果-2

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

2018年3月2日:ケムステ主催「化学系学生対象 企業合同説明会」

2月も後半となり、3月1日の就活解禁に向けて、2019年卒業予定の学生のみなさんは、就活モードが本格…

高専シンポジウム in KOBE に参加しました –その 2: 牛の尿で発電!? 卵殻膜を用いた燃料電池–

1 月 27 日に開催された第 23 回 高専シンポジウム in KOBE の参加報告の後編です。前…

化学探偵Mr.キュリー7

昨年3月からついに職業作家となった、化学小説家喜多喜久氏。その代表作である「化学探偵Mr.キュリー」…

き裂を高速で修復する自己治癒材料

第139回目のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) 構造材料研究拠点 長田 俊郎…

新コース開講! 東大発の無料オンライン英語講座!

研究室でのプレゼン、国際学会、海外留学など、国際化する研究環境にいまや英語は欠かせません。Engli…

脱水素型クロスカップリング重合法の開発

第138回目のスポットライトリサーチは、筑波大学 神原・桑原研究室の青木 英晃さん(博士前期課程2年…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP