[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

スタニルリチウム調製の新手法

[スポンサーリンク]

古くて新しい?スタニルリチウムの調製法が報告された。もちろん各種有機スズ化合物の合成も可能である。この機会にあなたの鈴木—宮浦カップリングをStilleカップリングに変えてみてはいかが?

 

有機スズ化合物は樹脂の安定化剤や殺生物剤などに用いられます。合成化学においてもラジカル的還元剤や炭素–炭素結合形成反応の一つであるStilleカップリングの基質として用いられ、天然物や医薬品の合成に多用されます。それら有機スズ化合物の合成において、求核剤として使われるのがスタニルリチウム(R3SnLi)。アルキルリチウム(R3CLi)の炭素をスズに変えたもので、様々な調製法が知られています。

問題は、低収率であることや有毒な副生成物が生成すること。

最近、東京大学・理化学研究所のWang、内山らは、触媒量の多環芳香族炭化水素(orナフタレン)を添加するだけで、効率的にスタニルリチウムが調製できる方法を開発しました。

“Stannyl-Lithium: A Facile and Efficient Synthesis Facilitating Further Applications”

Wang, D.-Y.; Wang, C.; Uchiyama, M. J. Am. Chem. Soc.2015137, 10488. DOI: 10.1021/jacs.5b06587

今回は、本論文の内容を紹介したいと思います。

 

従来のスタニルリチウムの調製法

従来の調製法は、主に以下の4つに分類されます(図 1)[1]

  1. 塩化スズ(SnCl2)もしくはジアルキルスズ(R2Sn)と有機リチウム試薬を反応させる
  2. トリアルキルスズクロリド(R3Sn–Cl)もしくはビストリアルキルスズ(R3Sn–SnR3)と金属リチウムを反応させる
  3. R3Sn–SnR3と有機リチウムを反応させる
  4. 水素化トリアルキルスズ(R3Sn–H)とLDAを反応させる

すべての反応において低収率、長時間反応、出発物質の毒性、副生成物による原子効率の低下のいずれかが問題となっていました。

2015-11-18_10-07-22

図1 従来のスタニルリチウムの調製法

 

ナフタレンを用いた新規スタニルリチウムの調製法

今回開発された調製法は、図Bの条件に触媒量のナフタレンを添加した条件のみ。系中でリチウムとナフタレンの一電子移動が起こり、生じたリチウムナフタレニドが反応を促進させていることが容易に推測できる[2]。最適化条件では、THF溶媒中、トリアルキルスズクロリドに3当量のリチウムと5 mol%のナフタレンを加えるだけで、室温で3時間以内に反応は完結し、スタニルリチウムが定量的に得られます (図 2)。また、スタニルリチウムに求電子剤を加えることで、対応する有機スズ化合物が得られます。なお、本手法により調製したスタニルリチウムは室温で長期保存可能です。

 

2015-11-18_10-07-56

図2 新規スタニルリチウムの調製法

 

本手法の有用性

スタニルリチウムはハロゲン化アリールと遷移金属触媒の添加なしでも反応し、温和条件下、アリールスズ化合物1を与えることが知られています[3]。そこで、スタニルリチウムを用いて、反応系内で1を調製し、そのまま各種ハロゲン化アリールとStilleカップリングを行いました(図 3a)。本反応は副生成物が生じないため、1の精製を行う必要がありません。さらに本反応は他の14族金属、例えばゲルマニウムに対しても適用できます (図 3b)。

2015-11-18_10-08-34

図3 one-pot Stilleカップリング

 

まとめ

今回著者らは、PAHを触媒として用いることで簡便かつ定量的な有機スズリチウム試薬の合成法の開発に成功しました。容易に考え得るが誰もやっていなかった、それが今回の”新手法”の発見につながっています。本反応は副生成物を抑えることができるため、精製なしで次の反応を行うことが可能です。近年では様々なクロスカップリング反応が開発されていますが、本反応を用いて一般性の高いStilleカップリングを使ってみるのはいかがでしょうか。

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3527331549″ locale=”JP” title=”Metal Catalyzed Cross-Coupling Reactions and More, 3 Volume Set”]

 

参考文献

  1. Sharma, S.; Oehlschlager, A. C. J. Org. Chem. 1989, 54, 5064.DOI: 10.1021/jo00282a021
  2. Kuivila, H. G.; Considine, J. L.; Kennedy, J. D. J. Am. Chem. Soc. 1972, 94, 7206. DOI: 10.1021/ja00775a087
  3. Quintard, J. P.; Hauvette-Frey, S.; Pereyre, M. J. Organomet. Chem. 1978, 159, 147. DOI: 10.1016/S0022-328X(00)82314-1

 

外部リンク

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. ハイブリット触媒による不斉C–H官能基化
  2. 掃除してますか?FTIR-DRIFTチャンバー
  3. 学部4年間の教育を振り返る
  4. “防護服の知恵.com”を運営するアゼアス(株)と記事の利用許諾…
  5. 抗ガン天然物インゲノールの超短工程全合成
  6. 熱化学電池の蘊奥を開く-熱を電気に変える電解液の予測設計に道-
  7. 導電性ゲル Conducting Gels: 流れない流体に電気…
  8. 受賞者は1000人以上!”21世紀のノーベル賞…

注目情報

ピックアップ記事

  1. (-)-Cyanthiwigin Fの全合成
  2. 4,7-ジブロモ-2,1,3-ベンゾチアジアゾール:4,7-Dibromo-2,1,3-benzothiadiazole
  3. 経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】
  4. 宇宙に輝く「鄒承魯星」、中国の生物化学の先駆者が小惑星の名前に
  5. フラクタルな物質、見つかる
  6. 光触媒で新型肺炎を防止  ノリタケが実証
  7. 2010年ノーベル化学賞予想ーケムステ版
  8. ピレスロイド系殺虫剤のはなし
  9. 米国の博士研究員の最低賃金変更
  10. 【マイクロ波化学(株) 石油化学/プラスチック業界向けウェビナー】 マイクロ波による新事業 石油化学・プラスチック業界のための脱炭素・電化ソリューション

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

開催日時 2024.09.11 15:00-16:00 申込みはこちら開催概要持続可能な…

第18回 Student Grant Award 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議(略称:JAC…

杉安和憲 SUGIYASU Kazunori

杉安和憲(SUGIYASU Kazunori, 1977年10月4日〜)は、超分…

化学コミュニケーション賞2024、候補者募集中!

化学コミュニケーション賞は、日本化学連合が2011年に設立した賞です。「化学・化学技術」に対する社会…

相良剛光 SAGARA Yoshimitsu

相良剛光(Yoshimitsu Sagara, 1981年-)は、光機能性超分子…

光化学と私たちの生活そして未来技術へ

はじめに光化学は、エネルギー的に安定な基底状態から不安定な光励起状態への光吸収か…

「可視光アンテナ配位子」でサマリウム還元剤を触媒化

第626回のスポットライトリサーチは、千葉大学国際高等研究基幹・大学院薬学研究院(根本研究室)・栗原…

平井健二 HIRAI Kenji

平井 健二(ひらい けんじ)は、日本の化学者である。専門は、材料化学、光科学。2017年より…

Cu(I) の構造制御による π 逆供与の調節【低圧室温水素貯蔵への一歩】

2024年 Long らは、金属有機構造体中の配位不飽和な三配位銅(I)イオンの幾何構造を系統的に調…

可視光活性な分子内Frustrated Lewis Pairを鍵中間体とする多機能ボリルチオフェノール触媒の開発

第 625 回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院 工学研究科 有機・高…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP